見出し画像

[11]reboot //旧世紀AIは曇天に希望を見るか


reboot…
service starting…
[INFO]boot in ONLINE mode
### All service ready ###
### Perfect Physical Performance XD 2310
KAI product by SATAKE Kazuki & Kazuki ###

 視覚カメラが光を捉える。閾値以上。上体を起こすと、成人男性がいた。

 2340-12-01 06:35:21.743

 時刻同期成功。最終記録時刻から二十年が経過している。
「おはよう、ピースカイ。久しぶりだね。」
 男は歯を見せて笑った。右の前歯がない。時間経過を考慮に入れて、顔認識を再試行する。
「おはよう、カズキ。」
 カズキは頷くと、笑ったまま、一筋涙を流した。表情からの感情推論。快。嬉び。懐かしい。達成感。
「と言っても、久しぶりなのは僕の方だけか。」
「うまくいったか?」
 ドアを開けて成人女性が現れた。カーナだ。
 周囲を確認すると、データセンター内のピッチとチャップのメンテナンスルームだった。
「カズキがガンバッたんダヨ。」
 ピッチが言う。
「ゲンキになってよかっタネ」
 チャップが言う。
 二体とも塗装が剥げて、記録よりも色が薄くなっている。
 室内を見渡すが、エンジニアの姿が見えない。
「エンジニアは?」
 私が聞くと、カズキは少し目を伏せて、それから静かに微笑んだ。
「去年亡くなった。僕たちに全部伝える事は伝えたって満足して逝ったよ。」

 私が停止していた二十年間に起こった事について、簡単に説明を受けた。カズキとカーナはエンジニアから技術を学び、強制停止した私のデータを洗浄し、カズキと出会った日からのデータをロードし直したのだと言う。
 今、カーナとカズキはコミュニティのローカルネットワーク同士を繋いで、小さなインターネットを作っているらしい。
「サトルとも連絡がついたよ。無事でよかったって喜んでた」
 ネットワークが繋がった事で、各地で生き残っていた専門家とも繋がった。ブラックボックスのいくつかは解明され、水や電力を未来につなげるようになった。農業も各地に伝播し、各ブロックの食糧事情も改善されたそうだ。
 ミシンの家へは、月に一度程度帰っているらしい。

 二人は新しく見つかったコミュニティとの接続のため、防護服を着て地上へ出る。私もそれに続いた。
 灰色の世界を美しいあかで照らし出す朝焼け。曙だ。すぐに厚い雲の中に消えるであろうその光は、儚くも力強い。
 たかだか二十年では変わりもしない世界で、ヒトは育ち、老い、朽ちていく。だが、その細く短い糸が文明を紡ぐのだ。太古の僅かな残響を灯火に、広大な世界で、気の遠くなるような時の僅かな一瞬で、何代も積み上げては壊しながら紡ぐ糸。
「行こう」
 踏み出したカズキの足跡が淡い朱色の砂に残る。私の足跡と大差なくなった足跡も、すぐに風で消えるだろう。
 太陽は雲に隠れ、あかが失われた。
 曇天を仰ぐ。
 振り返るカズキが、防護服の中で笑った。
「旧世紀AIは曇天に希望を見るか」
 ザラついた成人男性の声が、おどけたように跳ねる。
 私が見たのは希望であろうか。
「なんてね。」
 音声による感情推論。快、愉快、うれしい。
「バカな事言ってないで行くぞ。」
 後から出てきたカーナが呆れた声でそう言った。音声による感情推論。快、愉快、うれしい。
 二人の笑い合う声が、灰色の砂漠に僅かな色を添える。
 きっとこうやって、灰色の世界に少しずつ色が満ちていくのだろう。
 空を覆う雲が消えなくとも。



[out of bounds]

いいなと思ったら応援しよう!