13 愛しのサイバネティクス-ハルキside

着替えを持って風呂に入ろうとしたとき、ソファでネットニュースを眺めていたフォルクハルトが不意に声をかけてきた。
「そういえば風呂ってどうしてるんだ?」
「なんだ今更。完全防水だから普通だが?」
答えてから、ふと思いついてニヤリとする。
「一緒に入るか?」
フォルクハルトは数秒固まった。喉仏が動いた気がする。
「…いや、それはやめておこう」
「なんだ、洗ってくれないのか?」
少しからかってみると、フォルクハルトは何か難しい顔をして少し考え込んだようだった。検討の余地はあるらしい。
「やてめおこう…」
ハルキは「つまらないな」と思いながら一人で風呂に入った。

風呂を上がりTシャツとショートパンツを着てリビングに戻ると、フォルクハルトが真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「どうかしたか?」
「その…少しサイバネ部分を見せてもらってもいいだろうか?」
あまりの真剣さに気圧される。
「あ、ああ…構わないが…」
言って、フォルクハルトの右に座り、左腕を差し出した。フォルクハルトはハルキの左腕を手に取りじっと見つめた。指先、手のひら、手首の関節、前腕。
「あんまりじっくり見られると恥ずかしいな」
言ってみたが、フォルクハルトは既に聞いていないようだった。
肘関節、上腕。
急にフォルクハルトにTシャツの袖を捲られ、ハルキは「ひゃっ」と声を出した。
ハッとしたフォルクハルトが手を離して体を引く。
「すまない!夢中になりすぎた!」
心臓がバクバクしている。自分が出した声に恥ずかしくなり、フォルクハルトの顔を見られない。
「だ…大丈夫だ。べ、別にサイバネくらい二人の時じゃなくても見せてやるのに…」
あのまま声を出さなければ、もっと他の部分まで見られたのだろうかと思うと、少しゾクゾクした。
「でもカワトが嫌がるだろ」
「ミドリが?」
思わぬ名前が出てきて、フォルクハルトの方を見ると、彼は目を伏せていた。
「カワトには、嫌われてるからな」
「そうなのか?」
「最初の方に彼女の造るサイバネの素晴らしさに感銘を受けたと伝えたら、何故かものすごく怪訝な顔をされて、それから何か嫌われている気がする。自分が造った物を褒められたら一般的には喜ばれると思うんだが」
「ふーん」
ミドリの話題になったこともあり、少し気持ちが落ち着いてきた。
「あ、そうだ。ついでだから腕の外し方を教えておく」
「?」
フォルクハルトは眉根を寄せる。
「一応、寝る前に外さないといけないんだが、酒を飲んで寝てしまうとそのままになったりしてミドリにバレて怒られるので、そう言う時は腕を外して欲しい。運ぶ時も外したほうが運びやすい。」
「…わかった」
自分で袖を捲り上げて肩と腋を見せる。
「まず、鎖骨と肩の付け根、それから腋に取り外し用のボタンがあるから、そこを同時に押す。ここだ。」
自分で押して見せて、フォルクハルトが頷いたのを確認する。
「それから、肩のうしろ肩甲骨と繋がってるあたりに指を差し込んで前に引く。こんな感じだ。」
一度外してみせて、付け直す。
「やってみてくれ。わかるか?ここだ」
フォルクハルトの手の上に自分の手を添えてボタンの場所を教える。手が大きいので、サイバネ部分とはいえ若干胸に当たる感覚があり、びくりとする。
「すまん…大丈夫か?その…この辺りの感覚はどうなってるんだ?」
「いや、いい。怪我や異常があった時に気付けるように触覚はあるが、気にしなくていい」
緊張しているのだろうか、フォルクハルトの手は少し強張っているように感じた。
「ミドリ以外に外してもらうのは、なんだか恥ずかしいな…」
肩口の隙間にフォルクハルトの指が入り込む。
普段触れられることのない場所に触れる温かな感触に、妙な浮遊感を覚える。

ガチっと音がして腕が外れた。
「なるほど…わかった…」

フォルクハルトは、少しの間外れたアームを見つめたあと、ハルキに返すと「風呂に入ってくる」と言って立ち上がった。
少しして、シャワーの音が聞こえ始めた。フォルクハルトの風呂は、いつもよりだいぶ長かったような気がした。

翌日、メンテルーム。いつものように、メンテナンスの待ち時間にハルキとミドリは雑談をしていた。
「…て、言われたんだが、そうなのか?」
フォルクハルトがミドリから嫌われてると言っていた話だ。
「あーあれね。いや、サイバネに対する温度感が異常だなって思って…。」
「え…褒められるの嫌だったのか?」
「ハルキから褒められるのは使ってる本人だし嬉しいよ。ハルキに喜んでもらうために造ってるんだし。でもあいつは、あいつ本人が使うわけじゃないじゃん。」
ハルキが相槌を打つのも待たず、ミドリは喋り続ける。
「それを使いもしないでベタ褒めしてくるのもなんか気持ち悪いし、私の造ったサイバネっていうのは私からするとハルキの身体という認識なのね。」
ハルキが頷く。
「つまり、親友の身体をベタ褒めしてくる男っていう最低に気持ち悪い感じになるのよ」
「あーなるほど」
ここで話が終わるのかと思いきや、ミドリはさらに話し続けた。
「で、それなのに一回ハルキの腕壊して帰ってきたでしょ?ふっつーになんの感慨もなく「すまん。それが最適解だった」とか言って。おかしくない?あんだけ素晴らしいとか言ってるしかも相方の腕を壊すってどういう事?てなるじゃん。普通に怖いわよ」
なかなか根の深い恨みがあるらしい。
「そんでもって、ハルキのサイバネを舐めるように見回してサイバネと人体の接合部分に発情するんでしょ。もう、ヤバさしかないじゃん。ホント、あんな男やめた方がいい。今からでも別れなよ」
ハルキは、また始まったなと思い、話題を変える事にした。
「あーそういえば、フォルクハルトが夜に一人で部屋にこもって何かやってる時あるんだが、なんだと思う?部屋は入ったらダメって言われてて、いない時も鍵かけてるんだが」
ミドリは怪訝な顔をして、少しだけ考えたあと、こう言った。
「エロい事でもしてるんじゃない?」
「そ…そうかな…あんまりそんな感じもしないが…」
とりあえず、話題を変える事には成功した。

おまけ サイバネの感覚

「サイバネ部分の感覚ってどのくらいあるんだ?生体と同じなのか?」
フォルクハルトの問いにハルキは少し考えてから答えた。
「ほぼ同じくらいかな。ある程度調整してもらう事もできるが」
フォルクハルトは「ふーん」と言ってから、こう続けた。
「手で触るのと舐められるぐらいの違いはわかるわけだ」
「まあ…わかるが…舐め?舐める???」
「いや、今のは例えであって別に舐めるわけでは…」
ハルキは異様なモノを見る目でフォルクハルトを見た。
「例えとして出てくる時点で舐めたいとか思ってるんじゃないのか?」
フォルクハルトは耳の後ろを掻いて目を逸らす。
「そんなことは…ない」
「嘘つけ!」
ハルキに怒られ、慌てるフォルクハルト。
「いや、これは、知的好奇心であって、そういうアレでは…」
「知的好奇心と言えば何でも許されると思っているのか!それなら、その辺のサイバネの部品でも舐めておけ!」
「いや、触覚のレスポンスを知りたいというのもあるので生体と繋がってないと…」
「それなら、別にお前が舐める必要はないなぁ?」
「…」
そういう意味で言ったわけでは無かったが、何を言っても仕方なさそうなので、フォルクハルトは黙った。それが尚更ハルキを怒らせる。
「ミドリに言いつけてやる」
「やめろ!本気で殺されかねん!」

翌日。ハルキに引き摺られてメンテルームに連れてこられたフォルクハルトに、ミドリは静かに提案した。
「ミュラーが自分でサイバネつけて試せばいいじゃん。つけてあげるよ。いくらでもな」
「腕を切断したりするのはやめてほしい」
「誰が健康体を切り刻むような事するのよ。拡張タイプがあるでしょ」
フォルクハルトがキョトンとしていると、ミドリは棚の中から、なんらかの機械を取り出してきた。
「一番やりやすい指を増やすやつ。装着するからちょっと待ってね」
テキパキとフォルクハルトに装着する。
ものの数分でセットアップが完了した。
「操作覚えるまでがちょっと大変だけど、触覚の感じ方を確認するだけならすぐできるでしょ」
フォルクハルトは、増えた指を反対の手で触ってみる。ほぼ生体と遜色ないインプット。
「舐めてもいいわよ。あとで消毒するから」
言われて舐めてみると、濡れた感じや舌の触れる感覚も普段の指と同じよう感じた。
「これは指だから触覚も繊細になっているのか?」
「基本的に生体と同等の感覚になるように調整する。元の感覚と近い方が本人にも馴染みやすいし」
ミドリの回答に感心すると同時に、そうすると、やはりハルキはあの時普通に触られた感触があったのでは?と少し気になった。
「まあ、ハルキの体を舐めまわしたいという欲望は叶えられないけどね」
「俺はそんな事は一言も言ってないんだが?」
どうして、そういう話にしたがるのか。理解に苦しむ。
「というか、サイバネ好きなのになんで拡張タイプに思い至らないのかが不思議だわ」
「…そういわれると、そうだな。拡張タイプはあまりチェックしていなかった」
「…」
ミドリを見ると、彼女は何故かフォルクハルトの事を蔑むような目で見ていた。

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