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[10]2320-06-29 //旧世紀AIは曇天に希望を見るか
あの後、チャフの効果が切れるまで半日待ち、エンジニアが掃除機でルウォーの周りの粉を清掃した。
ルウォーをピッチとチャップのメンテナンスルームに移動して、エンジニアがルウォーからバッテリーと、チップを取り出すまでにはもう半日かかった。
エンジニアは、チップを作業台の上に置くと、深いため息をついて自分以外の全員を部屋から出した。部屋から出てきた時、エンジニアは鎮痛な面持ちで「チップは破壊した。」と、全員に伝えた。彼はひどく憔悴しているようだった。
エンジニアにルウォーを埋めてくる様に指示され、私はルウォーのボディを抱えて、カズキと外に出た。
階段を登って開いたハッチから外に出る。
灰色の世界を燃えるような紅で染め上げる夕暮れ。
珍しく雲に切間があったのだろう。本来白色である太陽の光は、厚い大気に光線を阻まれこの波長の波だけが砂上に届く。
灰色の砂が紅の光を反射して像を結ぶ。
「何故埋める?」
ハッチから北に50m離れた地点に穴を掘りながら、カズキに問う。
「なんでだろうね。でも、死んだらお墓を作るんだよ。」
「死とは、生物が生命活動を停止した状態だ。ロボットは生物ではない。つまり、死という状態もない。」
カズキは手を止めた。
「…ああ…そうだね。でも何故だろう。生きているように見えるんだ。」
「それは、生物を模しているからだろう。」
カズキは掘りかけた穴を見たまま首を横に振った。
「ううん…そうじゃなくて、生きているように感じるんだ。」
防護服で隠れているため顔は見えない。音声による感情推論。僅かな哀しみ。
そんな単純な感情だろうか?推論結果に疑問を抱く。エンジニアが言っていたように、結局のところ、完全に推論する事などできないのだ。
私は「そうか」とだけ言って、穴を掘る作業を続けた。寄り添う。心の傍にいる。
ルウォーを埋め終える頃には、日は雲に隠れて、世界はまた灰色に戻っていた。カズキは少し大きな石を見つけてきて、ルウォーを埋めた地面の上に置き、それから手を合わせる。墓の前で行う儀礼的な動作だ。私も同じ様に手を合わせる。
カズキが顔を上げた。
「いこう。」
言って、ハッチへ向かう。私は、その指示に従い、カズキの後に続いて地下データセンターへの階段を降りた。
エンジニアの許可を得て、データセンターのアクセスポイントに接続するとローカルネットワークに繋がった。ビッグデータへのアクセス手順についても確認し、アクセスを試みる。
「アクセス拒否される。」
私がそう言うと、エンジニアは首を傾げた。
「おかしいな、こっちの防壁は解除してるんだが…少しピースカイの設定を見てもいいかい?」
カズキは「はい」と言って頷いた。
エンジニアは、私に端子を接続し、端末を操作し始めた。
「ビッグデータへのアクセスに制限がかかっている。管理者権限でログインしないと解除できないな。パスワードは?」
カズキは首を傾げた。
「設計書があるだろう」
カーナが言うと、エンジニアは苦笑した。
「まあ、じゃあ、設計書を見てみるか。」
カズキに渡された設計書をエンジニアがパラパラと確認する。
「セキュリティを考えると、普通はこういう文書にパスワードは書かないからねえ…」
言いながら最後まで確認して設計書を閉じる。
「ふむ」
それから、裏返して一番最後のページを一枚めくる。その隅に手書きのメモがあった。
エンジニアは顔を顰めて頭を掻く。
「たぶんこれだろうな。」
言って端末に入力する。
エンターキーを押すと、彼は笑い出した。
「アタリだ。パスワードをこんな所に書いちゃいけないんだがね。まあ、人間なんてそんなもんさ。」
管理者権限でログインしたエンジニアは、顔を顰めながらいくつかコマンドを入力した。カズキは、私の傍で私とエンジニアを交互に見ている。エンジニアが「よし」と言った。
「これでどうだい?」
エンジニアに聞かれて、ビッグデータへのアクセスを再度試みる。
「アクセスできた。ロードを開始する。」
大量のデータが流れ込んでくる。数値、文字、音声、画像、動画、この星の観測データ、防犯カメラの記録、センサーログ、チャットログ、物語、エンターテイメント、システム記録、通話データ、個人のヘルスデータ、病歴、処方記録、喜び、悲しみ、罵り合い、犯罪記録、これまでの歴史、矛盾を含んでいる、不正確。コミュニケーションログ、表情パターン、人体構造、アンドロイドの設計データ、遺跡の調査記録、政策マニュフェスト、不透明な金銭授受データ、マネーロンダリング、アダルトコンテンツ、愛、支配、児童ポルノ、人権侵害、異常データ。おかしい、本来ビッグデータに含まれるはずのないデータ群だ。レイプ動画、戦争被害の記録、焼け爛れた人物、破壊された世界、ベニコンゴウインコ、ルウォー?悪意ある書き込み。赤ん坊の写真。バイタルの記録。フラットライン。慟哭。
データの濁流に呑まれる。
トーラム・マエカワ、サタケ・カズキ、@#!pA$$+………………
世界が反転した。
聴覚マイクがエンジニアの音声を拾う。
「何か変だな…まさか…」
3.7秒の沈黙。
「既に汚染されていた……?いかん!ピースカイから離れろ!!」
「え?」
カズキの声。音声、表情による感情推論。不快。驚嘆。恐怖。不安。不信。
「クソッ…そういう事か…」
「どういう事だ?!」
これはカーナの声。ヒトの子。脆弱な。
「全てのビッグデータは既に汚染されていたんだ!だからサタケ・カズキはビッグデータがなくても動く旧世紀AIを使い、ビッグデータへのアクセス制限をかけていた!」
「ピースカイはどうなったの?!」
カズキの声。音声による感情推論。恐慌状態。ヒトの子。脆い。愚かな。
「わからん!だが、もう汚染されている!!」
「離れろカズキ!」
カーナの声。音声、表情による感情推論。不快。怒り。よくない感情。攻撃的な。
カーナがカプセルを投げる。あれはカーナのチャフだ。記録を呼び出す。
アンドロイドを含むロボットの共通の根幹に作用し、強制停止信号を送る。つまり、これを浴びたロボットは即座に停止する。
こちらへ向かってきたカプセルを躱わす。
「カズキ!」
カーナの声。悲鳴に近い。恐怖。不完全。不安定な心。
カズキは私の目を見て、それから、顔を歪めた。表情による感情推論…優先アラート、推論中断。カズキがポケットからカプセルを取り出して私に投げつける。
至近距離。避けられない。
カメラの周囲をキラキラとした粉末が舞う。
ローカル通信が切断された。別の信号を受信する。
received force shutdown signal
shutdown -now……………
……………………
………………………………………
………………………………………………
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finish
learning COMPLETE!!’