15 僕のお父さん

ハルキはぼんやりとしていた。始業からまだ30分も経っていないが、なんとなく全てが上の空だ。
「ハルキ…おい…ハルキ!…聞いてるか?」
フォルクハルトが声をかけたが反応がない。
フォルクハルトは舌打ちし、ため息を吐いた。そして、ハルキの耳元に口を寄せる。
「勤務中にそんな状態になるなら、もう二度とやらんぞ」
「!」
ボソっと言われた声にハルキはハッとして、ようやくフォルクハルトを見た。
「それは…嫌だ…」
「なら、ちゃんと働け」
言われて「はい」と返事をした、その時、インターホンが鳴った。
このオフィスは、来客があるような場所ではないため、インターホンが鳴る事はほとんどない。フォルクハルト、ハルキ、トミタロウの三人はお互いに怪訝な顔を見合わせた。
とはいえ、鳴ったからには出ないわけにもいかない。
トミタロウは、オフィス入り口に向かい、ドアを開けた。
そこには見たことの無い赤毛の少年が立っていた。年のころは13か14ぐらいだろうか。目の色や顔立ちからすると欧米系だろうか。どことなく目元がフォルクハルトに似ている気がした。
「どちら様でしょうか」
トミタロウの問いを無視して、少年は叫んだ。
「やっと見つけた!父さん!」
トミタロウの視線はフォルクハルトに向かった。外国語だったので、ハルキは少年が何を言ったのか理解できなかった。
「父さん?人違いだろう。俺に子供はいない」
フォルクハルトは冷静に返したが、少年の興奮はおさまらず、喚き立てる。
「そんな事ない!探偵に頼んで探してもらったんだ!遺伝子検査をさせろ!」
「それは構わないが…職場には来るな。連絡先を教えておく」
少年はフォルクハルトの髪などの細胞を採取して、連絡先を持って帰っていった。
「え、なんだったんだ、今の子」
ハルキに聞かれてフォルクハルトは正直に答えた。
「よくわからんが、俺の事を父親だと思い込んでいるらしい。遺伝子検査がしたかったようなので渡した。」
トミタロウはあまりの事に呆然としていた。
(修羅場???)

後日。少年から結果が出たと報告があり、家に来ると言うので、フォルクハルトとハルキは家で待っていた。インターホンが鳴り、先にやって来たのはミドリとトミタロウだった。
ハルキは「助っ人を呼んでおいたぞ」と言っていたが、フォルクハルトは訪れた二人を疑いの目で見ていた。
「ミュラーの事は信じてないし、これをきっかけに二人が別れるといいと思って来た」
「特になんの力にもなれないと思いますが、面白そうだから来ました」
「おい、ハルキ。お前の呼んだ助っ人は助けにならないどころか敵対勢力だぞ」
二人の発言にハルキは気まずい顔をした。
「ミ…ミドリは私の事が大切なだけだから…」
「なんのフォローにもなってないが?」
四人でダイニングテーブルを囲んでお茶を飲み、お菓子を食べて待っていると、例の少年がやって来た。待ち構えていた大人四人に囲まれて少年は所在なさそうにしていたが、意を決して検査結果をテーブルに叩きつける。
「親子関係にある可能性98%という結果が出た!父さんに間違いない!」
ハルキとトミタロウは端末の同時翻訳機能で少年の言っている事を聞いていた。
「ば…バカな…アルベルトの息子だというのか」
フォルクハルトが驚愕する。
初めて聞く名前にフォルクハルト以外の全員が怪訝な顔をする。
「アルベルトて誰」
「双子の兄だ」
ハルキの問いにフォルクハルトが答える。
「何その取ってつけたような言い訳」
ミドリが軽蔑の眼差しを向ける。
「本当だ!本当に一卵性の双子の兄がいるんだ!」
「何か証明するものありますか?」
トミタロウも軽蔑の眼差しをフォルクハルトに向けている。
「本国の役所のデータを見ればわかる。ちょっと待て、ほら」
端末に電子データを表示して見せる。
「偽造じゃないの?」
ミドリはフォルクハルトの言を全く信じる気がないらしい。
「長年一緒に働いてきた同僚を何故そこまで疑う?」
「偽造はなさそうですね」
トミタロウが電子データ偽造のチェックをして疑いを晴らす。
フォルクハルトは電子データを、少年に示し説明する。
「この通り、俺には双子の兄がいる。おそらく、君は兄の子だろう」
「で、でも、双子の兄がいたとしても、あなたが僕の父でない証明にはならない!」
「確かに」
ミドリはうんうんと頷く。
「何故そこまで俺を疑う?!俺はハルキ以外とは子供が出来るような事はしていない!」
ハルキとトミタロウが顔を覆う。
「どうした二人とも」
それは詰まるところ、ハルキとはそういうことをしたと公言したのと同じだった。
「わかってはいたけど、聞きたくなかったです。」
「はずかしい…」
ミドリは「アホ」とだけ呟いた。
フォルクハルトは気を取り直して、少年に向き合う。
「…君はいくつだ?」
「13です」
「君の母親は、君が生まれるまでに日本に来た事があるか?」
「ないです」
フォルクハルトは安堵した。
「それなら証明できる。俺は14年前から日本に来て以来、日本を出ていない。渡航歴を確認すれば証明できる」
渡航歴のデータを参照して少年に見せる。
「そんな…じゃあ、僕の父さんは…」
「おそらく、俺の兄のアルベルトだ。探偵がどこかで勘違いしたんだろう」
「その人はどこに?」
「わからん。俺は日本に来る前に家族とは絶縁している。正直、生きているかどうかも知らん」
少年はショックを受けたようだった。
「そんな…母はもう長くないんです。せめて死ぬ前に父に会えればと思ったのに…」
「すまないが、どうすることもできん」
フォルクハルトは少しだけ少年を不憫に思った。
「あなたが父のフリをする事はできませんか?」
「無理だ。俺に演技の才能はない。仮に演技ができたとしても、あいつがどんな形で君の母親に接していたかは、皆目見当もつかん」
「…せっかく、ここまで来たのに…」
相当長い旅路だっただろうとは想像できた。
「君の母親は、父親に会いたがっているのか?」
「…本人が会いたいと言ったわけではありません。でも、きっと会いたいだろうと思って…」
少年の言葉を聞いてフォルクハルトはため息をついた。
「やめておけ。本人が望んでいないなら、そういう事はするな」
不意に、それまで黙って話を聞いていたハルキが口を開いた。
「よくわからないが、多分…君が側にいてあげる方がいいんじゃないか?」
翻訳された内容を聞いて、少年は静かに頷き、去っていった。

少年を見送ったあと、四人はまたダイニングテーブルを囲んで話していた。
「双子の兄なんていたんだな」
「どんな人なんですか?」
ハルキとトミタロウに聞かれて、フォルクハルトは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「快楽主義のクソ野郎だ。二度と関わりたくない」
「ミュラーよりクソな事なんてある?」
ミドリの発言にフォルクハルトは呆然とする。
「カワトの中で俺はそんなにクソな認識なのか?」
「まあまあ…」
ハルキは宥めようとした。
「ハルキもトミーも否定しないところを見ると、お前らもそう思っているということか?」
ハルキとトミタロウは無言で二人で目を見合わせる。
「…おい」
「ご、ご飯にしよう!」
「あ、いいですね!」
ハルキとトミタロウは、その場を濁して話題を変えるべく、どこにご飯を食べに行くか話し始めた。

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