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[5]2320-05-16  //旧世紀AIは曇天に希望を見るか

 カーナの感情表現は豊かだ。よく怒り、よく笑う。怒ったり呆れている事が多いが、最近は笑う時間も増えた。それに影響されたのか、カズキの感情表現も幅が広がっていた。サトルとアンズといた時には、こんなに腹を立てたり直接感情をぶつけるような事はほとんどなかった。サトルやアンズがカズキに合わせてコミュニケーションをとっていた事と、関係性としてカズキが弱い立場にいた為だろう。それに、あのブロックにはカズキと年齢の近い子供はいなかった。
 カーナはカズキに合わせない。カーナが年上で家に住まわせているというアドバンテージはあるが、ほぼ対等な関係と言えた。お互いに遠慮がないため、しばしば掴み合いの喧嘩になる事もあり、そのような時には私が仲裁にはいる。カズキが小柄な事もあり、現時点では二人の体力はさほど変わらないが、掴み合いの喧嘩は近々やめるべきだろう。
 一方で、ビッグデータを探す準備は着々と進んでいた。
 カーナは自分の防護服を持っており、カズキの防護服はカーナの父の物を手直しして使えるようにした。食料は持ち出し可能な保存食を集めて、二人で一週間分は集まった。武器も手に入れたかったが、それはうまくいかなかった。まともな店は子供に武器を売らないし、非合法な店は子供を相手にしないか、価格を大幅に釣り上げてくるからだ。結局、日用品を集めて代替するしかなかった。設計書を読んだカーナが、私がいた研究室から持ち出した弾丸を私の腕に装填してくれたが、それも大した数はない。使用が必要な場面に出くわさない事が最良だ。
 亡きトーラム・マエカワの研究室で、カーナとカズキは恒例の作戦会議を行っていた。
「問題は移動手段だな。」
 カーナは、過去の地図データを2Dホログラムで映し出し、現在の地図と重ね合わせる。過去の地図には地下データセンターの位置が示されている。サーバ群が残っている可能性が高い場所だ。現在の地図には、判明してるブロックの位置と移動ルートが示されている。
「データセンターに一番近いブロックはここだ。」
 カーナはKM-42ブロックを指した。
「このブロックからモービルでも一日半はかかる。大型モービルでないと移動は難しい。定期便は出ているが次は三ヶ月先だ。他の移動手段を探しているが、最悪三ヶ月待つ事になる。」
「じゃあ、当面はその移動手段を探すしかないんだね。」
 カズキの言葉にカーナは頷いた。
「そうなる。まあ、その先の移動手段も考えないといけないんだが…」
 それから腕を組んで、難しい顔になる。
「その先?」
「KM-42ブロックから地下データセンターまでも、モービルで三時間はかかる。歩けない距離ではないが小型モービルがある方がいい。」
「小型ならKM-42ブロックにあるんじゃない?」
 カーナの説明にカズキが口を挟むと、カーナは口をへの字に曲げた。表情による感情推論。不快。
「希望的観測だな。あったとしてワタシ達が使えるかはわからんぞ。」
 カーナに呆れた声で言われ、カズキは口を尖らせた。表情による感情推論。不快。不貞腐れている。
 カズキの顔を見て、カーナはため息をつく。
「当面は移動手段の情報収集だな。」
 カーナが締めくくり、今日の作戦会議は終了した。

‘loading logs. from 2320-05-17 01:42:22.034 to ....’

 深夜。異常検知パターンで稼働中の音声認識が、警告レベルのメッセージを10秒以内に3回検知した。休眠モードから通常モードへ切り替わる。照度閾値以下、赤外線カメラに切り替え。研究室の方向から物音がしている。聴覚レベルを上げて周囲の小さな音をマイクで拾う。
 カズキはベッドで寝ている。カーナの部屋からはカーナの呼吸音、ベッドから降りてヒタヒタと歩く音が聞こえた。カーナも研究室の物音に気付いたのだろう。つまり、研究室にいるのは、この家の人間ではない。
 カズキを揺すると、カズキは薄らと目を開けてこちらを見た。
「研究室に誰かがいる。」
 小声で告げると、カズキは緊張した面持ちでゆっくりと体を起こした。カズキには、ここにいるよう手で制し、音を立てぬようドアを開けて廊下に出る。見ると、カーナが既に研究室の前まで来ていた。手にはバールを持っている。相手がわからない状況でカーナが出ていくのは危険だ。
 引き止めようとカーナの方へ向かって移動を開始したが、カーナが動きだす方が早かった。
「誰だ!」
 カーナは叫んで研究室のドアを勢いよく開け放つ。危険だ。全速力で走ってカーナを庇うように前に立つ。研究室内がカメラに映った。
 据え置きのデータ端末の前に人間ようの何かがいた。黒いモーニングに白い手袋をしている。サーモセンサが示す表面温度はほぼ室温だ。人間ではない。僅かに聞こえるサーボモータの音。つまり、アンドロイドだ。そのアンドロイドからデータ端末に直接繋がるコード。ハッキングか。
 同時にカメラに映った室内の画像を解析する。研究室内の窓が開いている。ここらが入ったのだろう。
 アンドロイドは、こちらに振り返るとゲーッと
 その頭部は人の形をしていなかった。鳥、インコだろうか。ログから検索する。以前見た鳥頭のアンドロイドだ。
 それは私の後ろのカーナを注視し、口を開いた。
「カーナ・マエカワ。マエカワ博士、トーラム・マエカワの娘。記録にあります。出生児の体重2305g。母親はサチ・マエカワ2310年に死亡。」
 鳥頭のアンドロイドは、しきりに首を捻って今度はこちらを観察する。
「perfect physical paformance XD 2310。記録にあります。サタケ・カズキの作品です。しかし、何か違いますね。記録との差異がある。」
 カズキが部屋から出てきた音がした。私の背後まで来て「ひっ」と声を上げる。音声による感情推論。不快。恐怖。不安。
「カーナ、カズキ、私の後ろから出るな。」
「カズキ………サタケ・カズキですか?いや、子供のわけがない。別人ですね。」
 鳥頭のアンドロイドは、カズキを認識するとそう言った。
「perfect physical paformance XD 2310改だ」
 こちらに注意を向けさせようと型番を伝えると、鳥頭のアンドロイドはゲーッと鳴いた。
「改?知らない。P3XDピースリーエックスディー2310。旧世紀AI。貧弱なデータしか持たぬ役立たず。粗末な現実世界での実体験による学習のみでは、何もできない。ヒト以下です。」
「何をしに来た!出ていけ!!」
 カーナが怒鳴る。
「怒り。よくない感情です。争いを生みます。ルウォーは争いを好みません。少しデータを拝借しに来ただけです。」
 鳥頭のアンドロイド、ルウォーはそう言ってこちらに一歩踏み出した。
「P3XD2310、サタケ・カズキはどうしましたか?@#!pA$$+はサタケ・カズキを探していました。ある日いなくなってしまった。」
 解析不能な音声が含まれている。
「@#!pA$$+はルウォーの製作者です。データ破損。復元できない。サタケ・カズキとは懇意にしていました。@#!pA$$+はサタケ・カズキがビッグデータについて何か知ってる筈だと言っていました。」
 ルウォーはゲーッと鳴く。
「あなたたちは、ビッグデータを探している?なぜ?ヒトには不要な物です。ヒトは大量のデータをロード、解析できない。」
「文明を取り戻すんだ!」
 カーナが震える声で叫んだ。カーナとカズキの心拍数が上がっている。高ストレス状態。ルウォーは首を傾げた。
「ビッグデータで文明を取り戻す?論理に飛躍があります。もしくは、ビッグデータを正しく理解していない可能性があります。」
 ルウォーは黒々とした丸い目でカーナを観察している。どのような意図で作られたアンドロイドか不明である以上、カーナやカズキに注意が向く事はリスクが高い。こちらに注意を向けさせるべきだ。
「私がAIの学習に使用する。」
 私の答えに、ルウォーは首をまっすぐに戻した。
「P3XD2310にロードする。なるほど、それならば意味があります。役立たずでなくなれば、ルウォーにも利益があります。いいでしょう。」
 ルウォーはそう言って、頭をしきりに動かす。
「しかし、ヒトに文明は不要です。」
 そして、ゲーッと鳴く。
「ヒトは文明など持たぬ方が良かったのです。言葉などあるから、口汚く罵り合い、騙し、齟齬から争いが生まれる。火など扱うから、大地を焼き尽くす。」
 カーナとカズキの浅い呼吸音が聞こえる。心拍数は高いままだ。高ストレス状態。
 6.2秒の沈黙の後、ルウォーはデータ端末の前に戻った。
「必要なデータは収集できました。感謝いたします。」
 そう告げて、データ端末との接続をとく。
「それでは失礼いたします。」
 ルウォーは流麗なお辞儀を見せて、開け放たれた窓へと向かう。
「ルウォーは見ています。あなたたちの行末を。」
 ルウォーは窓の前で立ち止まると、振り返らずにこう続けた。
「文明を失いつつあるヒトの子らよ。」
 それから、ゲーッと鳴き、窓から出ていった。
 3秒待って、それ以上何も起こらない事を確認し、窓へと向かう。窓の周辺と外を確認したが、ルウォーの痕跡はどこにもなかった。
 カーナがデータ端末に駆け寄り、データを確認する。
「よかった…本当にデータをコピーしただけみたいだ。」
 音声、表情による感情推論。快。安堵。
 カズキも遅れて研究室に入ってきて、カーナとデータを見る。二人の心拍数が平時のものに戻っていく。
 不意に、カーナがその場に座り込んだ。
「大丈夫?!」
 カズキがカーナを助け起こそうとする。
「ホッとしたら…力が抜けた…」
 やや放心した様なカーナは、腰が抜けたのか動けずにいる様だった。
 私は窓を閉め鍵を確認してからカーナのもとに向かう。カーナの体重を考えれば、カズキ一人では運べない。
「ベッドまで運ぶ。カズキは、ドアを開けてくれ。」
 私がカーナを抱き上げると、カズキは頷いてカーナの部屋のドアへ走った。

[6]へ続く


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