39 男子会を開催します
ハルキとミドリが二人で一泊2日の旅行に行った。
「せっかくだし、男同士で夜通し話そうよ。お寿司を用意して待ってるね。」とショウゴに誘われてフォルクハルトとトミタロウはカワト家にやってきた。カワト夫婦の部屋は、これといった特徴のない普通のマンションの三階にあった。
「いらっしゃい。まあ、あがって」
ショウゴに促されて入ると、適度に生活感のある小綺麗にされていた部屋が迎えてくれた。
「もうちょっとしたらお寿司届くから、リビングでくつろいでてね」
フォルクハルトとトミタロウは言われるまま、リビングで何をするでもなく部屋の中を眺めていた。壁際に置かれた大きなモニタの周りにはゲーム機が幾つか接続されており、コントローラもその辺りに転がっていた。
「ショウゴさん最近どんなゲームやってます?」
トミタロウに聞かれて、お茶を運んできたショウゴが「あー」と少し考える。
「最近仕事忙しかったから新しいのは手をつけてないかな」
「フォルトさんは?」
「C社の新作を始めたところだな」
トミタロウに話を振られてフォルクハルトが答えるとショウゴが「へえ」と感嘆の声を漏らす。
「ミュラーさん、やっぱりガンアクション上手いの?僕C社のアクション難しすぎて出来ないんだよねえ…反射神経とか動体視力悪いし」
「上手いというほどではないが、実戦よりは当たりやすいからな。実戦ではあり得ない動きをするから、そこは慣れだが」
フォルクハルトの返答にショウゴは「実戦してる人は違うなあ…」と笑った。
「ハルキさんはゲームしないんですか?」
トミタロウに聞かれてフォルクハルトはハルキは今何をしてるだろうかと質問と関係のない事を考えた。
「ハルキはコントローラを使うゲームはしないな。前に一度一緒にやってみたが、ボタン操作が覚えられないとかステータスが多すぎるとか言って直ぐに投げ出した。」
ショウゴとトミタロウは「ハルキちゃんらしいね」「ですね」と笑っていた。
「あ、ハルキさんといえば…」
とトミタロウが何かを思い出したような素ぶりを見せて、ショウゴに目配せする。ショウゴは頷いた。
「フォルトさん、結婚した時は補助金や控除目的だったはずですが、最近の様子を見ていると明らかにそんなドライな関係には見えないんですよね。」
「今は、どう思ってるの?」
二人に問い詰められて、フォルクハルトはこの会の真の目的に気づいて立ち上がった。
「帰る!」
インターホンが鳴る。
「おっと、丁度寿司が届いた!食べましょう食べましょう!」
ショウゴはバタバタと玄関に向かうと寿司を受け取ってリビングに戻ってきた。フォルクハルトは、寿司を見て座り直す。
「あとミドリちゃんが、いい日本酒みんなで飲んでって言ってたから飲もうね」
続いて冷蔵庫からよく冷えた日本酒の瓶を出してくる。
フォルクハルトは勧められるまま寿司を食べて酒を飲んだ。寿司は旨いし、日本酒もよく合う。とても幸せな気分になる。
(しまった…)
ある程度食べたところで、ようやくフォルクハルトは逃げる機会を失った事に気づいた。
「フォルトさん、いい加減食べ物で釣られてる事に気づいた方がいいですよ?」
トミタロウは缶のカクテルを飲みながら、憐憫の表情を浮かべていた。
「釣られている………?」
「ずっとハルキさんからもやられてますよね?」
言われて愕然とする。
「…………あれは、そういう事だったのか…」
「え?本気で気づいてない事なんてあります?」
トミタロウは呆れ顔になる。
「いや、俺に好意を持っていて飯に誘っていたという事は理解したんだが…飯で釣っていた???」
「プールの時だって飯に釣られて来たじやないですか」
「いや、あれは、お前が…」
フォルクハルトはそこでハッとした。
「お前もグルだったのか!!」
「いや、まあ、あの件に関してはそうなんですけど」
トミタロウは少し気まずそうに目を逸らした。
「だが、あれは本当に何がしたかったんだ???」
「ハルキさんがフォルトさんの胸板見たいって言ったのが発端ですね」
「俺の胸板が見たい???」
フォルクハルトは怪訝な顔をした。でもそういえば、あの頃やたら見せろと言われていた気もする。意味がわからないから断ったが。
「まあ、ちょっと僕もその辺はよくわかんないですけど」
「それで、あんな反則みたいな方法で脱がせたのか…」
項垂れるフォルクハルトにトミタロウは「今日だって食べ物に釣られて来たでしょ」と言った。
何も言い返せないフォルクハルトにショウゴが酒を注いだ。
「ささ、飲んで飲んで。」
寿司も片付いて枝豆を摘む頃には、酒が回り始めた事もあり、フォルクハルトも観念して話し始めた。
「はっきりと何かおかしいと思い始めたのは風邪を引いたあとぐらいからだが…」
「ああ、あの付き合いたての中学生みたいになってた時ですね。側から見ても、あれはおかしかったです」
トミタロウの辛辣な発言にフォルクハルトはどんよりした。
「………そうだったのか…」
「ミドリさんなんて「きっも」って言ってましたよ」
「なあ、なんでカワトは、俺に対してそんなに厳しいんだ?」
ショウゴが話を聞きながら笑っている。笑上戸なのかもしれない。
「でも鎌倉の別荘行った時は、もう既になんかおかしかったですよね?」
「え?」
特に気にしていなかった頃の話を持ち出され、フォルクハルトは眉根を寄せる。
「え?じゃないんですよ。ハルキさんに手を握られたら報告書は俺が書くとか言い出してたじゃないですか」
「あれは…俺がやった方が早いし、ハルキもやりたくないなら、いいかって…」
「それが甘やかしてるって話でしたよね?」
トミタロウに言われてみると、確かにそんな話だったように思う。フォルクハルトは少し考えてから、こう言った。
「ハルキはちょっと押しが強い所があるとは思う。」
「フォルトさんがハルキさんからの押しに弱すぎるだけです」
「好きな子からグイグイ来られたら負けちゃうよねー」
黙って聞いていたショウゴも話に入ってくる。ショウゴはビールをかなり飲んだらしく、いつもよりホワホワした調子で話してくる。
「あの時は別に好きとかそういうのでは…」
「脅された訳でもないでしょ?押し負けたあと、嫌な気分になってる?」
反論しようとしたフォルクハルトの言葉を遮ってショウゴが問いかける。
「嫌な気分では…ない」
「それ、惚れてる仕草だよー」
ショウゴはケタケタと笑う。
「惚れてる…?」
「でもさあ、たぶん割と最初からうっすら好きだったよね?」
困惑しているフォルクハルトの気持ちを他所にに、ショウゴは身を乗り出してきた。
「好き…と言われると何か違う気はするが、嫌いではなかったし、同僚として好意的には見ていたが」
うだうだと話すフォルクハルトにショウゴは「えー?」と少し悪い笑みを浮かべる。
「初っ端からハルキちゃんの体めちゃくちゃ褒めてたってミドリちゃんが言ってたけど?」
トミタロウは明らかに軽蔑した顔でフォルクハルトを見た。
「言い方に語弊がありすぎる。あれはサイバネとサイバネとの調和の取れた身体を褒めたのであって…待て、もしかしてカワトはそういう理解をしたから俺を嫌っていたのか?」
「あはは!そうそう!!」
ようやく理解したらしいフォルクハルトを尻目に、ショウゴは笑い転げる。ひとしきり笑ったあと、欠伸をして、缶ビールに口をつけた。
「でもまあ、少なくとも見た目は好みだったわけでしょ?」
「いや、だから…」
まだ何か言いたそうなフォルクハルトを手で制し、ショウゴが語り始める。
「言いたい事はわかります。ミドリちゃんの造るサイバネは本当に美しいの一言に尽きる。僕も彼女の作るものには感動するし、彼女自身の事も尊敬してます。」
トミタロウは戦慄した。
(すごい…ナチュラルに惚気が始まった)
「でもね。それでハルキちゃんに一緒に住もうって言われてもOK出さないよ。ミュラーさんもハルキちゃんの中身がミドリちゃんだったら承諾してないでしょ」
「それはまあ…そうだな…」
続いたショウゴの話にフォルクハルトは同意を示す。
「だから、結婚する時には少なくともルームシェアできるくらいには好意的に見てたってことでしょ?」
「はあ…」
「もうそれで十分じゃない?見た目も好みで、ルームシェアできるくらい信頼もあるし好意的に見ている。僕だってミドリちゃんの事最初から恋愛とか性愛の対象として見てた訳じゃないし。」
「はあ…」
フォルクハルトは相槌を打つことしかできなかった。
「親愛も恋愛も性愛も、綺麗にわかれて独立してるものじゃないし、混ざり合ってグラデーションがあるのが人間関係だし、変に明確に定義して、型にはめようとしなくていいと思うけどなあ」
フォルクハルトは、ショウゴの言っている事を理解はできたが、どうにもわからない感覚で聞いていた。
さらに時間が経ち、トミタロウの呂律は怪しくなりフォルクハルトも酔いが回ってきた。
「最近ハルキが可愛すぎると思っているんだが、これは俺だけなのか?」
「そうですね。フォルトさんまで惚気始めるのやめてくらさい」
ショウゴはケタケタ笑っている。
「そうか…良かった」
フォルクハルトは安心した。
「いいんだ」
「他の奴も可愛いと思っていたら不安過ぎるだろ」
「ちょっとよくわからないですね」
トミタロウは怪訝な顔でフォルクハルトを見る。
「そもそも年上は趣味じゃないから、ハルキさんをそういうふうに見た事ないれす」
「将棋崩しの時にお前がハルキの声でいやらしい想像をしていた事は覚えているからな」
フォルクハルトは真剣な表情でそう言った。
「それは早く忘れてくらさい。だいたい、あの時僕だけがいやらしい事考えてたみたいになってますけど、平静を装っただけで絶対フォルトさんもやらしい感じになってましたよね」
トミタロウに言われて、フォルクハルトは黙った。視線を左右に振ってから酒を飲む。
「……………その事はお互い忘れる事にしよう」
ショウゴはケタケタ笑っていた。
ツマミもなくなり、そのうちにトミタロウは酔い潰れて寝てしまった。ショウゴがフォルクハルトの隣に寄ってくる。
「一個どうしても確認したいんだけど」
「はあ」
「サイバネ接合部はさ、ハルキちゃんのじゃなくてもドキドキするの?」
「…………」
フォルクハルトは「カワトが全部話しているな」と思った。
「あの部位に接合部がある人は中々いないから想像しにくいかもしれないけど。…例えば太腿とか肩だと、いるでしょ?」
言われてフォルクハルトは考えてみた。生体補完が主流になってきているため、サイバネ補完者に遭遇する事は少ない。とはいえ、スポーツ選手にもいるし、街中でも見かける事はある。
「……言われてみると、それは特に何とも思わないな…」
「じゃあ、AVとかは?ジャンルとしてはあるよね。サイバネ系」
確かにそれは存在するし、一時どんなものかと見た事もある。
「………あれは、何かしっくりこなくて」
フォルクハルトの反応にショウゴは一人うんうんと頷いた。そして缶ビールを飲み干す。
「それってさ、サイバネ接合部じゃなくて、やっぱりハルキちゃんにドキドキしてるんじゃない?」
長い沈黙があった。
フォルクハルトは何かを考えていた訳ではなかった。言語は特に頭の中に出てこない。言語化できない感情が何かを探り当てた感覚があり、
フォルクハルトは「あ」と声を漏らした。
「素直に認めた方がいいと思うなあ」
ショウゴに言われ、フォルクハルトは顔を覆った。
補足説明
AV…Adult Virtual Entertaimentの略。成人向け仮想体験没入型エンターテイメント。当初はAVEと略していたが、従来のAdult Videoが下火となりAVEが主流となったため、一般的にAVと言った場合、AVEの事を示すようになった。
3Dモデルは自分好みにカスタマイズ可能。専用機器と接続する事により、よりリアルな体験を楽しめる。