33 一緒に映画を観てほしい

「ホラー映画観るから一緒に観てほしい」
休日のある日、ハルキが真剣な面持ちで、比較的どうでも良さそうなお願いをしてきた。
「ホラーは苦手なんじゃなかったのか?」
フォルクハルトは怪訝な顔でハルキを見た。
「うん。好きな俳優が出るから観たいのだが、怖いから一緒に観てほしい」
ハルキがリビングのテレビに映し出した和製ホラーのタイトル画面はB級の気配がした。フォルクハルトは「ふーん」と言って、特に今日はやる事もないのでその依頼を承諾した。

二人でソファに腰掛けて、菓子をつまみながら映画を観る。主演と思われる男優は、服を着ていてもわかるほどしっかりと鍛えられた筋肉がついていた。ハルキが好きそうな筋肉ではある。
「こいつだろ」
フォルクハルトが言うと、ハルキは力強く頷いた。
「うん!かっこいい…」
ハルキの惚れ惚れとした表情に、フォルクハルトは少しムッとした。
「この映画の為にトレーニングをして筋肉量を増やしたんだ」
が、続いたハルキの言葉にちょっと意味がわからなくなり、不快感はどこかへ消えた。
「これ、パニック系じゃなくて和製ホラーだよな?」
パニック系ならゾンビやサメと闘うためフィジカルが必要になるのはわかるが、幽霊相手の和製ホラーに筋肉量を増やす意味がわからない。和製ホラー風パニックホラーで何か筋肉が必要な場面があるのだろうか。
スタジオのセットやカメラワークから、やはりB級だなと思う。B級はB級の良さがあるので、それは構わない。ホラーは恋愛や人間ドラマが主軸の映画と違って、人間の内心を推測する必要がないので見やすくはある。
幽霊の描写も雑で、フォルクハルトは「これはコメディなのでは?」と甚だ疑問に思ったが、ハルキには怖いらしく、何度もフォルクハルトの腕にしがみついていた。頼られている感じは嬉しくはある。
「これ、怖いか?」と聞くと「幽霊は殴れないから怖い」と彼女は神妙な面持ちで言った。そんな彼女のことは可愛いと思ったが、同時に物理的に殴れる物は怖くないという発想はどうなのかとも思う。
主演俳優は、幽霊の呪いの謎を解き明かすべく、危険な崖を越え、川を渡り、吊り橋が崩れ危機一髪のところをなんとかフックロープで乗り切った。なるほど、このための筋肉だった訳だ。アクションはなかなか見応えがあった。フォルクハルトは納得はしたが「和製ホラーとは?」と首を傾げた。ハルキはしきりに「かっこいい…」と呟いており、フォルクハルトは少し不機嫌になっていた。
謎の祠に辿り着いた辺りで、少しホラー感を取り戻す。次に何が起こるのかとビクついているハルキの耳にフォルクハルトはフッと息を吹きかけた。
「ひゃう!」
ハルキはビクリとして変な声を上げた。
「なんだ!脅かすな!」
少し涙目で怒ってくるハルキにフォルクハルトはそっぽを向いて呟く。
「ハルキにかっこいいとか言われたことない」
「え?なんだ、俳優に妬いてるのか?あーまあ、仕事中は言えないしな。でも、いつも思ってはいるぞ」
フォルクハルトはそっぽを向いたまま「ふーん」と言った。
「言われたいのか?」
「別に…」
ハルキは、やや不貞腐れたフォルクハルトを面白がってニヤリとした。
「正直にお姉さんに言ってごらん?」
「同い年だろ。なんなら俺の方が2ヶ月早く産まれてる」
「そうだが…フォルクハルトは、なんか弟ぽいんだよなあ」
フォルクハルトは少し何か考えてから「まあ、姉は二人いるが」と言った。
「初耳だが?!」
「言ってないからな」
驚いているハルキにそっけなく返したが、ハルキは何か納得したらしく「あーやっぱりかあ、そんな気がしてた」と言った。
そんなくだらない話をしているうちに、主演俳優は謎の祠で謎の札を手にいれて「これで彼女を助けられる」と物語はクライマックスへ向かっていった。

ハルキは、フォルクハルトがどうも映画に飽きてきたようだと気づいた。腰に回した(ハルキが怖いからとフォルクハルトの腕を自分の後ろに回した)手でハルキの太腿をずっと撫で回している。確かに映画は中弛みしているし、面白くないのだろうなとは思った。外に出る気がなかったのでお互い部屋着のままで、ハルキは寝る時に着ているショートパンツだ。つまり、生の太腿を撫で回されている。
「フォルクハルト最近さあ…」
「なんだ?」
「触り方が、なんかいやらしくなったよな」
「え?????」
触っていた手が止まる。
「いや、別にいいんだが…」
「そ…え?」
フォルクハルトは目を白黒させて、信じられないといった顔をしていた。
「あ、自覚なかったのか?意識してやってるのかと思ってた」
ハルキに言われて、フォルクハルトはぶるぶると首を振り、恐る恐る聞いた。
「な…何が違うんだ?」
ハルキは顎に手を当て考える。
「うーん?前はスッと触ってたけど、最近はねっとりしてるというか、入念に余す事なく触ろうみたいな貪欲さを感じる」
というか、そもそも当初はこちらから頼まない限りほとんど触って来なかった。
「で、でも、その…ハルキこそ、最近妙に色気のある反応してるだろ…」
どう考えても苦し紛れの言い逃れにしか聞こえない事を言うフォルクハルトに、ハルキは呆れた顔をした。
「逆だ逆。フォルクハルトが、そういう触り方するからだ」
「俺のせいか???」
問われて、ハルキは口を尖らせて少し恥ずかしそうに目を逸らした。
「だって、なんかいやらしい触り方してくるなって思ったら、いやらしい気分になるだろ」
フォルクハルトは、太腿を触っていた手を離してソファに置いた。
そうこうしているうちに、映画は進み、ヒロインの呪い(?)が解けて助かったらしく、何故かはわからないがベッドシーンが始まった。
幽霊はまだ消滅していないし、おそらく危険な状況はまだ脱していない。
「こいつら、よくこの状況でこんなことできるな」
フォルクハルトは呆れた様子でそう言った。
「まあ、それは…そうだな」
ハルキも同意する。
ベッドシーンは妙に濃厚で、フォルクハルトは「さっきのアクションといい、この監督、和製ホラーじゃない映画を作った方がいいな」と思った。本当に何故和製ホラーを撮ったのか理解できないレベルで和製ホラーに向いていない。ハードボイルドアクション映画でも撮った方がいい。その方が絶対に面白い映画が撮れると思う。何故かベッドシーンはやたらと長かったが、先ほどの中弛みとは打って変わって飽きずに見られた。
「こんなの見せられたら、俺もやりたくなるんだが」
フォルクハルトは画面を眺めながら、なんとなく思ったまま口に出してしまった。ハルキがビクリとして、フォルクハルトの方を見る。フォルクハルトは画面を眺めているだけだったので、ハルキは安堵した。
「…映画を最後まで見せろ」
「終わったらいいのか?」
画面を眺めたまま聞いてきたフォルクハルトの横顔は、特に何の感情も載っていないように見えたが、その端正な顔立ちに魅せられて、ハルキは何も言えなくなった。

終わり方は最悪だった。概ね全員呪い殺されたし、幽霊は健在で次のターゲットを探して彷徨う事となり、エンドロールが流れ始めた。あれだけ苦労して手に入れた謎の祠の謎の札は一体何だったのか。フォルクハルトは「この監督の和製ホラーは二度と見るまい」と心に誓った。
ハルキは恐怖でフォルクハルトに抱きついたままだ。一方で、この状況は悪くはないので、「ハルキと見るなら かもしれない」とも思った。
何がそんなに怖かったのかは、いまいち分からないが怯えているハルキの頭を撫でる。
「これは、このまま、いやらしい事を初めていいのか?」
「え…」
唐突なフォルクハルトの発言に、ハルキの目が点になる。
「ダメか」
「ダメ…ではないが…」
フォルクハルトは首を傾げる。ハルキは少し戸惑った様子だった。
「フォルクハルトの方から言われると、ちょっと調子狂うな」
「…ならハルキから誘ってくれ」
フォルクハルトに、さも当たり前のように言われて、ハルキはギョッとした。
「この状況から?!自分で始めたんだから、最後まで責任持ってやりきれ!放り投げるな!」
フォルクハルトはしばらく考え込んでから、ハルキの顎を指先で引き上げた。視線が合う。
「いやらしい男でもいいのか?」
顔がいい。淡いグリーンの双眸に見つめられ、何も考えられない。
今まで筋肉の方に気を取られていて、あまり意識した事がなかったが、改めて見ると整った顔をしている。色素の薄い瞳は宝石のようで、鼻筋は通っており、眉目秀麗と言わざるを得ない。ハルキは頷きかけて正気に戻る。
「フォルクハルト…お前、実は顔も良かったんだな…」
「おい、「実は」って何だ。いつもかっこいいと思ってたんじゃなかったのか。」
ムッとして歪ませた顔を見て、「なるほど表情のせいか」と思う。いつも見ているのが、こういう表情だから気づかなかったのだ。なるほど、この顔で愛想が良ければ女性が放っておかない。危うく魅入られるところだった。何が「いやらしい男でもいいのか?」だ口説き文句としては最悪だ。
「いや。それは顔とかじゃなくて、佇まい…的な?」
慌ててフォローしてみたが、遅かった。
「そりゃまあ、俳優様ほどではないからな」
「そうやってすぐ拗ねる」
「拗ねてない」
「そういう所が弟っぽいんだよ」
「ご期待に添えなくて悪かったな。
悪態をつくフォルクハルトにハルキはため息をつく。
「嫌味は一丁前なのに、碌な口説き文句も言えないのか?困った弟だな。」
「気の利いた口説き文句が出てこない事ぐらい、長年の付き合いでわかるだろ。」
ハルキは「それもそうだな」と思う。
「で、困った弟くんはどうしたいんだ?」
フォルクハルトは拗ねた表情のまま少し考えて、ハルキを横目でみた後、仰向けに寝転んでハルキの膝に頭を乗せた。
「入念に、余す事なく触りたい」
ハルキの顔へ手を伸ばし頬に触れる。
顔がいい。ハルキはフォルクハルトの顔を見て、改めてそう思った。熱っぽい瞳で射すくめられると途端に何も考えられなくなる。
「いいか?」
落ち着いた低い声で問いかけられ、この声も好きだなと思う。
「…うん」
ハルキが頷くと、フォルクハルトは寝転がったまま、もぞりとハルキの方に体を向け、その手と顔を服の中に入れる。鼻の頭を腹部に擦り付けられて、ハルキはその後の事はもうよく覚えていない。映画のシーンより熱く濃厚に求められ、堕ちていく感覚に酔いしれて、なすすべなく、その手に絡めとらる心地よさだけが体の奥に残った。


いいなと思ったら応援しよう!