25 展示会に行こう
目の前に広がる光景に、ハルキは圧倒されていた。広い空間にいくつもの企業が区画ごとにブースを設けて、それぞれの粋を集めたロボットや機器が展示されている。入り口の正面では人型のロボットが何か楽しげなパフォーマンスをしていた。スーツ姿のサラリーマンから、作業着姿やポロシャツにスラックスのビジネスカジュアルな人まで、たくさんの人が行きかって、各々興味のある展示を眺めている。
「私はこれからセミナー聞いてくるから、しばらく二人でその辺見てて。サイバネのエリアは私も見たいから、後で一緒に行きましょ」
ミドリに言われて、ハルキとフォルクハルトは「おう」と応え、ミドリとは、そこで一旦別れた。
今日はショウゴが開発に関わったロボットが展示されるということで、ハルキ、フォルクハルト、ミドリの三人でロボット・サイバネの展示会に来ていた。ショウゴは自社のブースにいるらしいが、仕事なので一緒には回れないという事だった。
入り口正面のパフォーマンスを眺めたあと、二人は地図を見ながら次はどこに行くか相談を始めた。
「フォルクハルトはどこか見たいのあるか?」
「俺が見たいのはサイバネだからなあ…ロボット側だと工業用のでかいアームはなかなか近くで見れないから興味があるな」
「でかいのは大切だよな。でも、双腕もかっこいいし…あ、Y発動機もブース出してるし、最新の自律走行バイクも面白そうだな」
あれこれ言いながらルートを決める。
道すがら、気になるものがあれば立ち止まり、興味があれば質問をしたりしながら進む。
「「カッコいい…」」
アクロバティックな動きで3点着地を決める、やや無骨な人型ロボットに二人は羨望の眼差しを向けて同時に声を漏らした。災害時向けのロボットで、過酷な環境下でも自由な動作が可能である事をアピールすべく、敢えて雑多に物が置かれた不安定な足場で複雑な動作をこなしていく。その横では狭い場所にも入り込めるムカデ型のロボットも動いていた。
「ロボはロマンだな」
ハルキは拳を握り熱のある瞳で展示を見つめる。フォルクハルトは顎に手を当てて、うんうんと頷いている。
少し離れたブースでは、ファンシーな家具の周りでモフモフのクマのぬいぐるみの様なロボットが、とてとてと歩いていた。
「かわいい…あれ欲しい」
ハルキにねだられて、フォルクハルトは少し困り顔でフッと笑う。
家庭用で家人の見守りや生活のサポートをしてくれるらしい。
「まだ、実証実験中だとよ」
「製品化したら買おう!」
「いくらするんだよ…」
かなり本気で言われて、さすがに呆れ顔になる。
そこへ、セミナーを終えたミドリが帰ってきた。
「どう?楽しんでる?」
「ミドリ!あれ、かわいいよな!欲しいよな!」
ハルキはミドリに同意を求める。ミドリはクマのロボットを見て「あ、かわいいね」とニコニコした。ハルキが楽しそうでなによりだ。
「それじゃ、ショウゴくんのとこ見に行こうか」
ミドリに促され、まだ「あれ欲しい」と言っているハルキを引きずって三人は移動した。
ブースに着くと、こちらに気づいたショウゴが笑顔で手を振ってくる。
「ハルキちゃんとミュラーさんも、ありがとうございます」
ショウゴは展示している介護サポート用の自律ロボットの説明をざっとして、それから「パワードスーツもあるんだよ」と案内してくれた。
「介護用だからハルキちゃんが使ってるのと比べると出力は低いけど、着脱がかなり楽になってるから、普段パワードスーツ使ってる人にちょっと感想聞きたくて」
「へー」
ハルキは興味深そうに示されたパワードスーツを見た。
「ここに足を通して、ズボン履く感じで装着できます」
ハルキは、ショウゴに言われたように装着して「お、これはだいぶ楽だな」と呟いた。
ミドリも興味深そうに見ている。
「特許周りはどうなってるの?場合によっては特許料払って、次のハルキのパワードスーツ入れ替えの時に取り入れてもいいかもね」
「最終的には申請すると思うよ」
フォルクハルトは、三人が盛り上がっているのを眺めながら、なんとなく蚊帳の外にいる気分だった。
ショウゴのブースを離れてサイバネのエリアに移動すると、周囲の目が一気に変わった。明らかにハルキに視線が集まっている。
三人が見ていたブースの展示スタッフの1人がハルキに声をかける。
「すみません。今使われているのは何処のメーカーの物ですか?」
ハルキはキョトンとして少し考えてからミドリの方を見た。ミドリはフフンと笑みを作ると誇らしげに胸を張った。
「彼女のサイバネは私が作りました。完全オーダーメイドです。」
「通りで!見たことが無いタイプだと思ったんですよ!」
展示スタッフが興奮気味になる。ミドリは得意げに語る。
「これは日常生活用軽量タイプですが、戦闘用重量タイプへの換装も可能です」
展示スタッフは「おぉ!」と驚嘆し、ミドリに戦闘用サイバネのホログラムを見せてもらっている。周囲の技術者も、その興味からジワジワと集まってくる。
フォルクハルトは、なんだかソワソワした。ハルキが注目されている。自分も初めて見た時にその造形の美しさに興奮したので気持ちはよくわかる。サイバネを生業としている技術者が注目するのは当然だ。そしておそらく、彼らは自分よりも純粋にその技術に感動しているだけなのだ。
技術者の一人が「制御パネルは何処にあるんですか?」と聞いてきた。
「パネルはこの辺に」
と、ハルキは腹部を見せるために服をまくりあげようとした。フォルクハルトが慌ててその手を掴んで止める。
「見せる必要はないんじゃないか?」
ハルキは驚いてフォルクハルトを見たあと、顔を少し歪ませて「痛い」と言った。思ったより強く掴んでしまったらしい。
「あ、すまん…」
フォルクハルトは手を離す。
聞いてきた技術者も腹部だとは思っていなかったため困惑していた。
「彼女は一般人なのでほどほどに…さ、皆さんのブースを見せてください」
ミドリが少し大きな声で言うと、集まっていた人はそれぞれ持ち場に戻っていった。
ミドリはフォルクハルトの肩を軽く叩いて「Good job」と伝えると、こちらを見ずに近くのブースに入っていった。
次の日、オフィスで展示会の話をしているとトミタロウが騒ぎだした。
「なんで誘ってくれないんですかぁ!!!」
「え、興味ないかと思ったから…」
「行きたかったのか?」
ミドリとハルキに問われて、トミタロウは一瞬口籠る。
「…そんなに興味はないですけど、仲間はずれみたいじゃないですかぁ!!」
悲しい声で叫ぶトミタロウをミドリとハルキが「ごめんごめん」「今度は誘うから」と慰める。
フォルクハルトはそれを見ながら、なんとなく腹の奥のあたりにモヤモヤしたものを感じていたが、それがなんなのかよくわからずにいた。