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66 仲間に入れて

 ハルキが戦闘用サイバネへの換装とパワードスーツの着用を終えてメンテルームを出ると、オフィスのドアが開く音がした。
「ちーっス」
 軽く挨拶をして入ってきたのは知った顔の男だった。トミタロウよりは身長も体つきも一回り大きく、声も大きい。
 ハルキは少し考えてから思い出す。
「あ、今日からこっちだったか。」
「おう!よろしくな!」
 マツダは、ハルキの呟きに愛想よく笑顔で応えた。
「お久しぶりです。カイバラさんの方は新しい人が来られたんでしたっけ?」
 トミタロウが聞くと、マツダは頷く。
「中途採用のタカギさんな。」
 マツダがボディバッグをロッカーに入れたのを確認し、フォルクハルトが全員に声をかけた。
「今更自己紹介するまでもないが、編成の事もあるからミーティングするぞ。」

 メンテルームにいたミドリも呼んで、テーブルを全員で囲むと、フォルクハルトはミーティングを始めた。
「以前も伝えた通り、今日からマツダがこのチームに異動になった。」
「マツダ ケンサキです。よろしくお願いしまーす。」
 フォルクハルトの説明に、マツダは軽く自己紹介をする。とはいっても、トミタロウ以外は、以前に同じチームで働いた事がある旧知の仲で、トミタロウも飲み会等でそれなりに会話はしている。
「基本的に、トミーはマツダのサポート、ハルキは俺のサポートの体制でいく。マツダは拳銃を二丁使うから装填数が多いが、トミーの手際なら問題ないだろう。」
「はい」
 トミタロウが頷くと、マツダは「よろしくな」とトミタロウに笑いかけた。
「他は今まで通りだ。以上だが、何か質問はあるか?」
 フォルクハルトが念のため確認すると、マツダが手を挙げた。
「はい!ワタナベ君のことを、俺もトミーって呼んでいいですか?」
 全員がキョトンとしてマツダを見た。
「はあ」
 トミタロウは、やや唖然としながら間の抜けた声で頷いた。そもそも、前にカワト宅で集まった時にトミーと呼ばれていた気がする。
「俺のこともケンちゃんでいいぜ!」
 嬉しそうにそう言ったマツダに、トミタロウは「これが言いたかっただけだな」と納得して、手のひらを彼に向け拒否を示した。
「そこはマツダさんでいいです。」
「なんでだよ!ハルキ!ハルキもケンちゃんて呼んでいいぜ!」
「いや、マツダでいい。」
 ハルキもトミタロウと同様に淡々と返す。
「なんでだ!俺もあだ名で呼んだりする仲間に入れてくれよ!」
 フォルクハルトがその様子をポカンと眺めていると、マツダは急に彼の方を向いた。
「おい、ミュラー!ミュラー………はマツダでいいか」
「なんでだ」
 自分だけ違う対応をされ、フォルクハルトは眉根を寄せた。
「いや、お前にケンちゃんて呼ばれるのヤダ。でもせっかくだし、フォルトって呼んでいい?」
「まあ、それは構わんが…」
 なんだか釈然としないが、了承する。
「ケンサキよりマツダのが言いやすいし、ケンって感じでもないし、この歳でケンちゃんは恥ずかしいわ」
 ミドリはマツダに妙な要求をされる前に牽制した。
「そんなあ…ミドリちゃんまで…」
 肩を落としたマツダがそう言うと、ミドリはテーブルを叩いてマツダを睨み下ろした。
「誰がミドリちゃんだコラ。女友達とショウゴくん以外には許可してねぇぞ」
 ドスの効いた声にマツダは「ひっ」と小さく悲鳴をあげ、すぐさまテーブルに両手と額をつけた。
「すンませんした!調子乗りました!!」
「調子に乗りすぎだぞ、ケンちゃん」
 フォルクハルトが言うとマツダはムクリと顔を上げる。
「お前はケンちゃんて言うなっ!背筋が寒くなる!」
 何故かマツダに怒られて、フォルクハルトは顔をしかめ「理不尽だな」と、ぼやいた。
 不意にトミタロウが「あ」と声を上げる。何事かと全員がトミタロウの方を向いた。
 トミタロウは神妙な顔をしていた。
「そういえば『ケンちゃんなんてきらいだよ』て歌ありませんでした?」
 トミタロウ以外の全員が怪訝な表情になる。マツダはやや不安気だ。
「何それ、なんの話?え?俺嫌われてンの?」
 どうでもよくなってきたハルキは、頬杖をついてトミタロウに問いかける。
「聞いた事ないな。最近の歌か?」
「いや、なんかすごく昔の歌なんですけど、もう遊んでやんないみたいな歌詞で…」
 神妙な面持ちで話を続けるトミタロウに、マツダは尚の事不安になった。
「なあトミー、なんでそんな話始めた?」
 トミタロウはさらに話し続ける。
「確か僕が小学生の頃、給食の時間に放送委員が流して、全校のケンちゃんがイジられた結果、放送禁止になった事件があってですね」
「そんなローカルな話題知るわけないだろ。」
 傍観していたフォルクハルトも、さすがにツッコミをいれる。
「なんで放送委員はそんな歌流したんだ?」
「それは謎なんですけどねぇ…」
 話を掘り下げようとするハルキに、トミタロウは真面目な顔で考え込んだ。
「今、その話題をしてるお前らの方が謎だよ。なあ、もしかしてマジで俺の事嫌いなの?」
 不安そうなマツダの問いかけに、全員が彼の方を向いた。
「そんな事はない」
「ないです」
「むしろ好きな部類よ」
 ハルキ、トミタロウ、ミドリが順に否定する。
「よかった…て、今フォルトだけ黙ったよな?」
「まあ…ほどほどに…」
 マツダは安堵して胸を撫で下ろす。
「ほどほどに嫌いだ」
「ええっ?!」
 続いたフォルクハルトの言葉に悲鳴をあげる。
「だってうるさいし」
「ハルキだってうるさいだろ?!」
 淡々と言うフォルクハルトにマツダが抗議する。ハルキが「なんだと?!」と言ったが、二人はそれには取り合わなかった。
「ハルキはかわいいからいいが、マツダはかわいくない。」
「男女差別?!」
「そんな事はない、ミニスカのうるさい女も嫌いだ。」
 平然と否定するフォルクハルトに、マツダは呆れ顔になる。
「ローズな?いい加減名前覚えような?」
「…」
 何も言わないフォルクハルトを見て、マツダはを「絶対覚える気ないな」と思った。
「フォルクハルト、職場の同僚に面と向かって嫌いとか言うのやめような。」
「善処する」
 一方で、ハルキの忠告には素直に頷く。
「ところで、その理屈だと、私以外のうるさいヤツは嫌いって事か?」
「そうだ」
 フォルクハルトはハルキの問いに深く頷いた。
「どゆこと?」
 マツダが怪訝な顔でフォルクハルトに問う。
「俺はハルキ以外をかわいいと思った事はない。」
 至極真面目な顔で答えるフォルクハルトは放っておいて、今度はトミーに問いかける。
「トミー、ここはいつもこんな感じなのか?」
「概ねこんな感じですね」
 なるほどな、と納得してうんうんと頷いたあと、マツダはハルキの方を向いた。
「そんな事言わずに仲良くしようぜ。なあ、ハルにゃん」
 明らかに嫌そうな顔をしたハルキが何か言う前に、フォルクハルトが立ち上がりマツダに詰め寄った。
「ハルキを俺より親しげに呼ぶとは、余程死にたいと見える。」
 顔は平静を保っているが、右の拳は強く握り込まれており、いつでも放てる体勢だ。
「え!フォルトが怒ンの?!なんなんだよこのチーム!距離感難しすぎるだろ!」
 マツダは慌てて退避するが、フォルクハルトの怒りは収まらない。ハルキが慌てて「ステイステイ」とフォルクハルトを宥めると、彼は舌打ちして渋々拳を収めた。ミドリはケタケタと笑い、トミタロウは冷めた目でマツダを見ていた。
「職場なんだからビジネスライクな付き合いでいいんですよ」
 トミタロウの至極真っ当な意見に、マツダは寂しげな表情を浮かべた。「それはそうだけど、せっかくだし仲良くやりたいじゃん?」と思ったものの、トミタロウの半ば呆れた様な乾いた空気を覆せる様子もない。
「ビジネスです」
 トミタロウに念を押されてマツダは小さく呟いた。
「Oh…so cool…」
 マツダの小さな呟きは、オフィスの空気に溶けて消えた。

「そういえば、マツダはなんでハルキ呼びなんだ?」
 フォルクハルトがふと気になってハルキに聞くと、彼女はキョトンとして答えた。
「え、同期だし。大体の人にはハルキでいいって言ってるぞ」
 彼女の答えに、フォルクハルトは少し考える。自分が出会った時には、そんな事を言われた記憶はない。しかも、ファーストネームを呼び捨てにされたと何故か腹を立てていたという話だった。
「なら俺の時だけなんでムカついてたんだ?」
「ハルキでいいって言う前にハルキって呼んだから」
 フォルクハルトは、彼女の答えに「…そうか」とだけ呟いて、なんとなく寂しい気持ちになった。


マツダ ケンサキ(左上)

マツダ ケンサキ
松田 剣先

ハルキと同期だが、年齢は2つ上。
身長176cm
誕生日4月7日

あだ名はマツケンでも良かったなと思ったが、別の人が頭を過ぎるのでボツ。


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