58 恐怖の廃病院

曇天の夕刻。なま暖かい風に頬を撫でられ、トミタロウは「いかにもだな」と思った。
「こんなところに廃病院なんてあったんですね」
D地区の端、市街地からはかなり離れたビル街の中にそれはあった。ゴーストタウンという訳ではないが、中心部と比べると築年数が経った建物がメンテナンスもされないまま並んでおり、人通りも少なく活気もない。今は住民避難済みのため、人はそもそもいないが。
「え…ここ…入らなきゃダメか?」
バイクから降りてヘルメットを脱いだハルキは不安そうに寂れたビルを見上げる。
「マーカーは、この中を指してるから入るしかないだろ」
フォルクハルトは端末のマップを見ながら淡々と返した。
「で…出ないよな?」
ハルキは震える声で確認する。
「アルゴスが出たって通報だろうが」
「そうじゃなくて………その……」
フォルクハルトは眉根を寄せて言葉を待った。
「おばけとか」
彼女の怯えた表情をしばし見つめ、フォルクハルトは虚空に視線を移す。そしてため息をついた。
「……………トミー。これはハルキは役に立たんぞ」
「え?」
「幽霊とかのホラーはダメなんだ。完全に怯えきっている。」
ポカンとしたトミタロウに、フォルクハルトが説明すると、ハルキは弱々しい声で「二人で行ってきて」と言った。
フォルクハルトは少しの間思案した。通報のあったアルゴスは小型一体だ。トミタロウと二人で充分だろう。
「まあ…それでもいいか。行くぞトミー。」
「はあ」
気の抜けた返事をして、廃病院へ向かうフォルクハルトの後を追う。
「でも、こういうのって一人になった人から…というのが定番ですよね」
なんとなく思った事を呟いてから、失言だったと気付く。ハルキの顔から血の気が引いた。
「じゃあ一緒に行く!!」
ダッと走ってついてきたハルキは、ガクブルと震えており、どう見ても足手纏いだった。
フォルクハルトはトミタロウに舌打ちしてからハルキと向き合い、その両肩に手を置いた。
「…ハルキ。大丈夫だ。おばけは殴れないが、こっちにはトミーがいる。超能力で対抗できる。」
「おばけとか遭遇した事ないですよ。適当な事言うのやめてください。」
一瞬安堵しかけたハルキはトミタロウの発言に再び震えだす。
「え…無理なのか?」
トミタロウは面倒臭いなと思った。おばけなどいる訳がないのだから、嘘でも安心させるのが得策か。
「ええと…たぶん、なんか、大丈夫だと思います。超能力で殴れます」
真顔で適当な事を言うと、ハルキは真剣な面持ちで頷いた。
「わ、わかった…」
そして、トミタロウの背中にしがみつく。フォルクハルトが明らかに不機嫌な顔になった。
「なんでトミーなんだ」
「だって、トミーしか対抗できないんだろ?!」
ハルキに言い返され少しの間たじろぐと、それから彼は耳の後ろを掻きながら視線を逸らしてこう言った。
「俺も…いけると思う」
「嘘つけーッ!!」
間髪入れずにハルキに叫び返され、気不味い顔になる。
「ええと、おばけは筋肉のついたでかい男とか嫌いだと思います」
トミタロウはまた根拠のない適当な事を言った。
「本当に???」
半ばパニックに陥っているハルキは半信半疑だが、やや信じる方に傾いているらしかった。
「ひっつかれてると能力使いにくいのもあるので、フォルトさんにひっついといてください」
ハルキの手を引き剥がし、フォルクハルトの方へ向ける。
「うう…わかった」
ハルキは渋渋フォルクハルトの背中についた。
トミタロウが安堵してフォルクハルトを見ると、彼はどことなく満足そうにしていた。

マーカーの座標位置を確認しながら三人で廃病院の中を進む。
「結構上ですね」
当然ながら電力も来ていないためエレベーターは使えない。階段を昇り4階に着いたところで高さの座標が合った。
階段を上がった先に表示されている階数の表示を見て、ハルキが震え上がる。
「病院なのに…4階があるのか?」
「そりゃ4階ぐらいあるだろ」
フォルクハルトが怪訝な顔をする。
「ああ…病院は死を連想するから4階なかったりする事ありますね」
「そうか」
トミーの説明に納得する。さらにマーカーを辿っていくと、病室の前にたどり着いた。
「…404号室」
ハルキが唾を飲む。
「あまり、そういうの気にしない経営者だったんですかね」
「まあ、非科学的だしな」
トトミタロウとフォルクハルトは淡々としていたが、ハルキは涙目になっていた。
「存在しない空間に入り込んだとかじゃないよな?!」
「あーホラーでそういうのありますね」
「ホラー嫌いなくせに、なんでそういうところ詳しいんだ?」
「ミ…ミドリが教えてくれた」
ハルキの返答にトミタロウとフォルクハルトは顔を見合わせてかぶりを振った。それは揶揄って遊ばれているのだろう。
何はともあれアルゴスの処理するのが先決だ。
「ハルキ。とりあえず、アルゴスを始末してくるから、ここにいてくれ」
「え?」
フォルクハルトはハルキに不安な顔を向けられ躊躇した。自分が行ってさっさと始末するのが最適解なのは間違いないが、こんなハルキを一人にするのは心が痛む。頼られるのは嬉しいし、そばにいたい。
「トミー、一人で行けるか?」
トミタロウは「役立たずが二人になったな」と思ってげんなりした。
「…まあ、小型一体ですし、この距離なら当てられると思いますけど」
ため息をついて、銃にKアミドを装填する。息を吸い直すと、ひとり404号室に入り、アルゴスを探した。
4人部屋だったらしく、ベッドが四つあり、間を仕切っていたであろうカーテンはボロボロになっていた。注意深く進みながらベッドの下を覗き込む。見つけた。
猫ほどの大きさのアルゴスは、いくつかある目でキョロキョロと辺りを見回している。
トミタロウは床に這い、狙いを定めた。

パシュ

狙い通り命中し安堵する。
少し待つとアルゴスは分解されて消えていった。空アンプルを回収して、いつものように本部に報告を上げる。
「小型アルゴス一体クリア。帰還します。…あれ?」
トミタロウは言ってから眉を顰めた。
「どうした?」
部屋の外からフォルクハルトに聞かれて、ハンドヘルド端末を操作しながら、取り敢えずは部屋を出る。
「なんか通信繋がらないですね…」
何度か操作を繰り返すが、電波がオフラインのままだ。
首を傾げながら二人の方を見ると、二人は抱きしめ合っていた。
「なにやってんですか」
トミタロウの問いには答えずに、フォルクハルトは自分の端末を操作する。ハルキは抱きついたままだ。
「確かに電波悪いな」
「なんで?!こわい!早く出よう!!」
叫んだ後に、ハルキはびくりとした。
「どうした?」
フォルクハルトに聞かれて、ハルキは体を離し、自分の左半身を見る。
「いや、サイバネもオフラインになっただけだ」
「電子機器に異常が出るのもセオリーっちゃセオリーですね」
トミーの言葉にハルキは顔面蒼白になった。
「サイバネ…大丈夫だよな?」
「!」
フォルクハルトとトミタロウが戦慄する。臓器も半分はサイバネ化されている彼女は生命維持装置に異常をきたせば命に関わる。
「とりあえず、今は通信異常だけみたいだが…」
続いた彼女の言葉に安堵する。
「病院だから、通信遮断エリアだったのかもしれんな」
「でも、さっきまでマーカー出てましたよ」
「目標と距離が近いときはセンサーやカメラと直接短距離通信するからだろ」
「そうなんですか…あれ?でも、電気来てませんよね?」
「…………」
「やめよう、その話!なんか、怖い!」
色々と釈然としないが、とにかくこの建物から出たほうがよいだろうと、昇ってきた階段へと戻る。
「おい、階段こっちだったよな?」
フォルクハルトは階段があったはずの場所で顔を顰めてそう言った。トミタロウも同じ場所を見つめて、ゆっくりと息を吐いた。
「のはずですが…」
「階段がなくなってる」
階段に続くはずの場所は壁になっており、扉らしい物もない。
ハルキは恐慌状態に陥ってフォルクハルトをブンブンとゆすった。
「なんで?!なんで?!!道間違えたとかじゃないのか?!」
「いや…この俺がそんな間違いをするはずがない」
「ぼくの記憶でもここですよ」
二人はハルキを見る。急に注目されて、一旦正気に戻るが、困惑した瞳は虚空を彷徨う。
「え…わかんない。怖くて周り見てなかったし…」
二人は同時に頷いた。元より、期待していたわけではない。
「窓から降りるにしても4階だしな…」
フォルクハルトは顎に手を当て思案する。心霊現象で出られないのであれば窓からも不可と考えるのが妥当だろう。もしくは、窓から降りたらそのまま助からないか。
今のところは、通信不可と出られないだけで大きな問題ではないが、永遠に出られないとなると流石にまずい。
「なんかこう…エッチな事をしたらいいんじゃないのか。おばけは、そういうのが苦手という説があるだろ」
「え?え?」
真顔で碌でもない事を言い出したフォルクハルトにハルキは困惑し、トミタロウは軽蔑の視線を送った。
「あるっちゃありますけど、僕がいるんでやめてもらっていいですか?」
ようやく意味を理解したハルキが、あまりの事に正気を取り戻す。
「はあ?!こんなところで何する気だ!」
「ベッドもその辺にあるだろう。」
フォルクハルトは平常運転で近くの病室を指差した。
「絶・対・に・お断りだ!」
睨みつけたフォルクハルトの後ろを何かが通り過ぎ、ハルキの顔からさっと血の気が引いた。
「い…今…人影が…」
ハルキの指す方を振り返るが、すでに何もいない。
「どっちに行った?」
フォルクハルトに聞かれて、ハルキは震える指で廊下の奥を指した。
「人間がいるはずはないが、まあ、とりあえず追うか」
「ですね」
「やだ、やだ!!こわいッ!!」
追いかけようとするフォルクハルトの服を掴み、ハルキが引き止める。
トミタロウは「先行きますよ」と言って走り去ってしまった。
フォルクハルトはため息を吐いた後、ハルキの前に左腕を出した。
「大丈夫だから、俺に掴まってろ」
「うー」
ハルキは涙目になりながら、フォルクハルトの腕に掴まり、トミタロウを追って歩き出したフォルクハルトについていった。
フォルクハルトは呆れた顔をしてはいたが、内心、頼られる喜びを噛み締めていた。

トミタロウに追いつくと、デスクの並んだスタッフステーションらしき場所に、半透明のぼんやりとした人影があった。トミタロウは、それと対峙し睨んではいるものの、どうしたら良いのかと考えあぐねていた。
「トミー、なんとかしろ」
フォルクハルトの雑な指示にトミタロウは口元をひくつかせた。
「本当にいるとは思ってなかったんですが」
「なんだ、サイキックなのに信じてなかったのか?」
「いや、むしろフォルトさんがおばけとか普通に受け入れてる方が驚きなんですけど」
当たり前のように言うフォルクハルトを横目で見る。
「ん?わりとその辺で見かけるだろ」
「フォルトさん、霊感あるタイプだったんですか?!」
「霊感かどうかは知らん。」
フォルクハルトは淡々と告げて、霊の方を見る。
「じゃあフォルトさんがなんとかしてくださいよ」
「見えるだけで、それをどうこうしたことはない。大抵、特に害もないしな。」
「自分もできるって言ってたじゃないですか!」
「うむ…だが通常の拳銃が効くとも思えんな」
トミタロウは、やはりハッタリだったかと嘆息した。
「十字架とか持ってないんですか?あと銀の弾丸とか」
「そんなもん支給される訳ないだろ。十字架も持ち歩いてない。持っていたとしても宗派が違うと効かないんじゃないか?」
また適当な事を、と思う反面、一理あるかもしれない気もする。
「宗派かあ…読経とかしたらいいんですかね?」「南無阿弥陀南無阿弥陀南無阿弥陀…」
ハルキが急に念仏を唱え始める。
「とりあえず何かやってみろ」
「ええー、まあ、やってみますけど。あんまり攻撃ぽいの得意じゃないんですよね。」
床に落ちていたペンを拾い、集中する。バリアを纏わせるのと同じイメージをしてから、形状を尖らせる。
トミタロウは、それを振りかぶって霊に向けて投げつけた。
バチと音がして、霊が怯んだように見えた。
「お、なんか効果あったっぽいです…よ?」
トミタロウはそういい終わるまでに不味いことをしたと気づいて後悔した。空気がビリビリと震えている。
「でも怒らせただけっぽいですね…」
壊れた椅子やデスクが浮かび上がる。
ポルターガイストだ。
「逃げろ!」
フォルクハルトが叫んだ。逃げようと駆け出した三人にデスクが飛んでくる。
ハルキが転んだ。
「ハルキ!」
フォルクハルトがハルキを庇って飛んできたデスクとの間に割って入る。こんなもの生身で防ぎきることはできない。肉の壁になりハルキへの衝撃を少しでも軽減させるしかない。

バシィッ!!

大きな音と共にデスクが弾け飛んで、霊が掻き消えた。
ハルキが目を瞬いた。
「え…すごいな…フォルクハルト。」
覚悟していた衝撃も痛みもなく、フォルクハルトは唖然としていた。
「いや…俺じゃない」
訳がわからないまま、二人はトミタロウを見る。
「僕でもないです」
トミタロウは首を横に振った。
「熱っ」
ハルキが声を上げて、ジャケットの内ポケットから何か取り出した。
フェルト生地で作られた、小さな四角い袋状のものだ。
「なんか、熱くなってる。」
「なんだそれは?」
ハルキが取り出した物をフォルクハルトはまじまじと見た。古ぼけたその縫い目は雑で、糸と布の色合いもチグハグだ。慣れない子供の手作りのように見えた。
「…これはカズキがくれたお守りだ。部活の大会用にくれたやつだけど…まあ、形見みたいなものだ」
カズキとはハルキの死んだ弟の名前だったな。と、フォルクハルトは思い出す。つまり、義弟に守られたということか。
周囲を見渡すが何の気配もない。さっきまでいた霊もいなくなったようだった。
「あ、オンラインになりました!」
トミタロウが言って、本部に報告を入れる。
トミタロウは「なんか通信繋がらなくて…」と困った声で伝えていた。
「立てるか?」
ハルキは頷いて、フォルクハルトが差し出した手につかまって立ち上がった。周りを見渡して、お守りを見る。
「カズキが守ってくれたのかな?」
フォルクハルトは少し考えてから「そうだな」と応えた。ハルキはともかく、自分の事まで守ってくれるとは殊勝な義弟だ。

来た道を戻ると、何事もなかったかのように階段があった。
三人は首を傾げながら階段を降り、無事に廃病院から脱出したのだった。

◇◆◇◆

電気を消して、それぞれのベッドに入った後、ハルキは昼間の事を思い出してしまった。
むくりと起き上がり、フォルクハルトの様子を伺う。
「どうした?」
起き上がった気配にフォルクハルトが声をかける。
「その…そっちに行ってもいいか?」
「?ああ、構わんが…」
いつも勝手に入ってくる癖に、わざわざ聞いてくるのは珍しいな、とフォルクハルトは思った。
ハルキはサイバネアームを外したままフォルクハルトのベッドに入ると、少し気まずそうにフォルクハルトを見た。
「昼間の事を思い出したら…怖くて…」
彼は「そういうことか」と納得すると、あくびを一つしてベッドの端に寄った。ハルキはフォルクハルトの方を向いて、彼の手を握る。
「なあ…幽霊見えるって事はカズキも見えるのか?」
「いや、義弟とは周波数が合わないらしい。注意すれば気配はわかるが視認はできん。」
フォルクハルトは目を瞑ったまま答える。
「なんで今まで黙ってたんだ?」
「伝える必要がなかった。それに、言っても誰も信じないだろ」
「私は信じるぞ」
ハルキはフォルクハルトを見て真剣に伝えたが、彼は片方の目を開けて彼女を見た後また目を閉じた。
「ハルキに言っても、怖がらせるだけだろ」
「う…」
ハルキがうめくと、フォルクハルトは小さく笑った。ふと思い出して、薄く目を開ける。
「ああ、そうだ。弟がいるのが分かったとしても自分からは近づくなよ。」
急に話が変わり、ハルキは目を瞬いた。
「なぜだ?」
「本人にその気がなくても、連れて行かれることがある。俺の婆さんは爺さんに連れて行かれた。」
連れて行かれる。ハルキは、その意味を少し考えてから、死ぬという事かと理解して身震いした。
「それは弟の望むところではないだろう」
「そうだな」
続いた彼の言葉に同意する。
「あと、仮に俺が先に死んで、俺の霊が見えたとしても、それにも近づくな。」
ハルキは顔を顰めた。
「俺だと連れていきかねん」
フォルクハルトは薄く目を開けたまま天井を見ていた。ハルキは少し寂しくなって、彼に体を寄せた。
「私が連れていって欲しいと思ったとしてもか?」
フォルクハルトは薄く開けた目をハルキの方に向けて、頭を掻く。
「気持ちは嬉しいが、それは、俺の望むところではない」
「…そうか」
ハルキが目を伏せたので、フォルクハルトは体を彼女の方に向けた。
「ハルキは俺が居なくても幸せに生きていける人間だ。最期まで幸せに生きていて欲しい。そこに俺がいなかったとしても」
「私は…フォルクハルトと一緒にいたい」
顔を上げ、真っ直ぐに目を見つめてくるハルキにドキリとする。
「もちろん俺もハルキの隣にいたい。仮に、俺が先に死んだ時の話だ。」
「じゃあ、私が先に死んだ時も、私の霊には近づくなよ。」
フォルクハルトはキョトンとしてから困ったように眉根を寄せた。
「なんだその顔は。当たり前だろ?私だってフォルクハルトには最期まで幸せに生きていて欲しい」
彼は困り顔のまま、ハルキの頬に触れた。
「まいったな…目の前にハルキがいるのに手を延ばさないなんて、できる気がしない。」
「それじゃダメだろ」
口を尖らせたハルキに、フォルクハルトは優しく微笑んだ。
「俺のことは連れていってくれ」
「それは、私の望むところではない!」
ハルキが怒ると、フォルクハルトはクククと笑った。
「それでも、連れていってくれ」
「じゃあ、私の事も連れて行け!」
「それはダメだ。」
「もう!なんなんだ!バカ!」
フォルクハルトは楽しそうに笑っている。
「愛してる」
「そんなので誤魔化されないぞ!」
顔を寄せてきた彼にキスで口を塞がれる。
ハルキは抵抗して顔を引き離した。
「ちゃんと話を…」
顔は離したが、抱きしめられて動けない。フォルクハルトが耳元で囁く。
「セックスしてもいいか?」
「真面目な話だろ?!」
「真面目に言ってる」
「うう…もう!ちゃんと約束しろ!」
彼の腕の中でもがくが、離してくれる気配はなかった。
「俺には無理だ。約束もできない。今だってこんななのに」
ハルキはもがくのを諦めて、顔だけ背ける。
「じゃあ……化けて出ない」
「そんな寂しい事言うなよ」
「出ない」
フォルクハルトは、また笑った。
「愛してる」
「知ってる。それはさっき聞いた」
「そばにいさせてくれ」
ハルキは少し考えて、それから視線だけ彼に戻した。
「どっちかが死ぬまではな」
フォルクハルトはハルキを抱きしめたまま、しばらくの間、楽しそうに笑っていた。

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