20 冨太郎のお見合い

ここ最近は着ていなかった、仕立ての良いオーダースーツに袖を通し、髪をセットして鏡を見る。眉も整えたし、髭も綺麗に剃れている。改まった場は久しぶりなので、少し緊張する。
そろそろ時間だ。
「冨太郎さん。そろそろ行きますよ」
「はい」
母に呼ばれて部屋を出ると、父と母が待っていた。
母は、僕の顔を見て、スーツと靴、ぐるりと回って背面も不備がないか最終チェックした。
「参りましょう」
母は留袖、父は自分と同じようなスーツだった。
今日はお見合いだ。ホテルの個室での会食となる。
相手はK重工重役のお嬢さんで二つ年下。
山﨑沙耶子さん。趣味はバイオリンとピアノ、バレエとお菓子作り。職業はブライダルコーディネーター。釣り書きの内容を頭の中で繰り返す。相手にどう思われるはともかくとして、失礼のないように。
結婚したいのかと問われたら、正直まだよくわからない。母がしきりに見合いを進めるので承諾したが、やはりイメージが湧かない。学生の頃に付き合っていた彼女と続いていれば、今頃は結婚していたのかもしれないとは思う。とはいえ、他に好きな人ができたと言われて泣く泣く別れたので、そんな事は考えるだけ無駄である。職場に新婚夫婦がいるが、あれは特殊過ぎてまったく参考にならない。河戸夫婦は祥悟さんの特殊能力で成り立っているようにしか見えず、あれも正直参考にならない。
部屋に入ると相手方はすでに着席していた。沙耶子さんは艶やかな振袖姿で、いかにも深窓の令嬢という雰囲気で静かに微笑んだ。普段目にしているのが、筋肉バカとハイスペック鬼神であるため、よそゆきとはいえ物静かな女性をこの世のものとは思えない気分だった。
軽く挨拶を済ませて着席する。上手くやれているのかいまいち自信がない。
「素敵なお召し物ですね」
「ありがとうございます」
などと当たり障りのない話をする。親同士は道中どうだったかや、天気、経済の話でアイスブレイクといったところだろうか。適当に愛想笑いを浮かべて、少し話に入りながら沙耶子さんの様子を伺うと、彼女も似たように黙って微笑んでいた。
「沙耶子さんはピアノがご趣味と伺いました。冨太郎も学生の頃はピアノを習っていたんですよ。ねえ?」
母が無理に話を僕に振ろうとする。
「はい。あまり熱心に練習をしていなかったので手遊び程度ですが…」
自嘲気味に笑うと沙耶子さんが話に入ってきた。
「どのような曲がお好きですか?」
鈴を転がすような声とは、こう言う声かもしれない。澄んだ美しい声だ。
「そうですね…ドビュッシーのピアノ曲はどれも素晴らしいと思います」
沙耶子さんは「まあ!」と感嘆の声を上げる。
「私もドビュッシーは大好きです。繊細な調べの中に力強さもあって、少し夢の中のような不思議な心地よさがありますよね」
これは好感触かもしれない。
「同感です。特にどの曲がお好きですか?」
沙耶子さんは、口元に手を当てて少し考え込んだ。一つ一つの仕草が洗練されている。
「どれか選ぶとなると迷いますね…でもやはりベルガマスク組曲の月の光でしょうか」
「名曲ですね。僕も好きな曲です。」
前菜が運ばれてくる。フォルトさんがいたら幸せそうな顔で喜んで食べるだろうなと思う。同時に、それを幸せそうに見ている遥希さんの事も思い出す。遥希さんなら「ちまちま持って来ないで、まとめて運んできてくれたらいいのにな」などと言い出してフォルトさんに呆れられそうだ。
そのうち、話題は仕事の話になった。沙耶子さんの話は華やかで、さすが人々の幸せな瞬間に立ち会える職業だと思えた。結婚式の打ち合わせで喧嘩になるカップルも多いという話には、なるほどそういうこともあるのかと思った。そういえば、あの新婚夫婦は式も披露宴もしなかったが河戸夫妻はどんな式だったのだろう。聞いたら写真くらいは見せてくれるだろうか。対してこちらは日々拳銃をぶっ放してアルゴスをぶち殺している殺伐とした仕事で機密事項も多いため、あまり話せる事がない。「安全な暮らしを守るための活動」などと濁すしかない。
「どうして危険なお仕事を選ばれたのですか?」
まあ、当然そんな話になる。僕の経歴なら、他にもっと「良い」職につく事もできただろうという話だ。
「僕はサイキックなので、どうせならその力を活かせる仕事がいいと思いまして」
「サイキック」という言葉を出した瞬間に場の空気が変わった。
相手方の家族が困惑している。母を見ると気まずい顔をして顔を伏せていた。
(ああ…またか…)
「母さん、僕がサイキックだという事を伏せたんですか?お相手に失礼になるから、伝えるようにお願いしましたよね?」
「ごめんなさい…うっかり忘れていました」
何が「うっかり」だ。それを出すと釣り書きの時点で断られるだろうと伏せたくせに。結局、この人が一番、僕がサイキックである事を受け入れられていないのだ。最初に伏せたところで、嫌がる人はバレた段階で破談にするに決まっている。そうなれば、双方時間と労力の無駄だ。それなら、最初から開示して、受け入れられる人とだけ話を進めた方がよい。
冨太郎は急に面倒臭くなってしまった。
「物を触れずに動かしたり出来るだけで、人の心が読めたりはしないので安心してください。それから、こちらの不手際ですので、この件無かったことにしていただいて構いません」
職場の人達は、皆すんなり受け入れてくれた。元々知っていたとか、それ込みで採用したとか、そういう話はもちろんある。それでも、受け入れる準備のある人達は今のような反応はしない。
「失礼します」
冨太郎は立ち上がり退席した。謝罪は母がすれば良い。伝えるように言ったのに敢えて伏せたのは母だ。
後日、当然だが、この件は相手方からお断りされた。

翠さんに結婚式の写真を見せてもらうと、とんでもない写真が出てきた。
「なんでケーキ入刀をロボットアームがやってるんですか?」
新郎新婦はロボットのコントローラを二人で持ってる。
「なんでって、この日のために二人で共同して作ったケーキ入刀アームよ」
遥希さんもドレス姿で写っている。
「懐かしいな。翠の結婚式じゃないか。」
横から遥希さんも入ってきた。
「ねー。遥希が「来ていく服がないから行かない」とか言い出した時はどうしようかと思ったもん」
「結局、翠に手配してもらったんだったな。」
「そうよ。デザインをアシンメトリーにする事で遥希に似合うようにデザイナーと考えたんだから。自分のウェディングドレスより手間かけたわよ。」
「なんだそれは」
フォルトさんも入ってきて写真を覗き込む。
「ミュラー、よく見なさい。遥希のドレス姿よ」
フォルトさんは「ふーん」といってしばらく見ていたが特になんの感想も言わなかった。
「ウェディングドレス姿見たいとか思わない?」
翠さんに言われてフォルトさんは少し考えたあと「ハルキが着たいならな」と答えた。
「えーでも、その時はフォルクハルトはパンイチだぞ」
「意味がわからん。何を言ってるんだお前は」
遥希さんの言っている意味は僕にも全くわからなかったが、この和やかな雰囲気は好きだなと思った。

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