37 三十七度五分
37度5分。体温計の示す数字に、これは微妙なラインだが休んだ方がいいなと思う。朝起きた瞬間から怪しいとは思っていたが、数値で示されると仕方がない。
「じゃあ、俺も休む」
フォルクハルトが馬鹿げた事を言い出し、ハルキは眉をひそめた。
「一人で大丈夫だから仕事に行け。一人暮らしの時は全部自分でやっていたし、このくらいの熱なら動ける。」
「だが…食事の用意とか…」
フォルクハルトは心配そうにハルキを見つめて、家を出る事を拒んだ。
「過保護。サボるな。出勤しろ。」
ハルキに追い出され、フォルクハルトは仕方なくオフィスへ向かった。
「もう帰りたい」
「今来たところですよ」
オフィスにたどり着いたものの、フォルクハルトは終始そわそわしていた。トミタロウは、冷たい目でフォルクハルトを見ながらため息をついた。
「チームリーダーがそんなんじゃ、ミーティングにならないでしょう」
「仕事はどうにでもなる。何ら問題ない。トミーはいつも通りで大丈夫だ。」
早口で言うフォルクハルトに、トミタロウは「本当ですかぁ?」と聞いたが、「問題ない」としか返答はなかった。
『D10地区に小型アルゴス1体。至急対応お願いします。通報があった座標を送ります。
住民退避完了次第、再度連絡します。』
通報と同時にフォルクハルトは素早く動きKアミドの残数確認をするとトミタロウと出撃した。フォルクハルトは現地でターゲットを確認すると、手早くアンプルを装填して狙いを定める。
パシュ
「クリア!オフィスに戻る!」
トミタロウの心配を他所に、いつもより速く正確に対応が済んだ。
『D1地区に中型アルゴス2体。至急対応お願いします。通報があった座標を送ります。
住民退避完了次第、再度連絡します。』
通報と同時にフォルクハルトは素早く動きKアミドの残数確認をするとトミタロウと出撃した。現地でターゲットを確認すると、手早くアンプルを装填して狙いを定める。
パシュ
トミタロウから次の銃を受け取る。
パシュ
パシュパシュ
「クリア!オフィスに戻る!」
『D5地区に小型アルゴス2体、大型アルゴス1体。至急対応お願いします。通報があった座標を送ります。
住民退避完了次第、再度連絡します。』
「今日多いですね」
トミタロウがぼやいたが、フォルクハルトはそれには反応せず通報と同時に素早く動きKアミドの残数確認をするとトミタロウと出撃した。現地でターゲットを確認すると、手早くアンプルを装填して狙いを定める。
パシュ
トミタロウから次の銃を受け取る。
パシュ
「次!」
パシュパシュ
正確無比な射撃で迅速にアルゴスに対処する。
パシュパシュ
「クリア!オフィスに戻る!」
最後はややオーバーキルだったようにも思ったが、トミタロウは空アンプルを回収してフォルクハルトを追いかけてオフィスに戻った。
「早く帰りたい!終業時刻はまだか!」
「ちょっと落ち着いてください。まだ半分あります。」
トミタロウがフォルクハルトをなだめようとしたが、ほとんど効果は無かった。
報告書を二人で分担して書いていると、トミタロウの端末に着信があった。見るとハルキからのメッセージだった。
「フォルクハルトはちゃんと仕事してるか?」と書かれていたので「落ち着きがないですが、対処はいつもより速いぐらいです」と返した。
少ししてフォルクハルトにも何かメッセージの着信があった。メッセージを見たフォルクハルトは少しムッとした顔をしたが、ある程度の落ち着きを取り戻したようだった。
「ハルキさんからですか?」
トミタロウが聞くとフォルクハルトは頷いた。
「熱は下がってきているから、落ち着いて仕事しろ。だそうだ。」
「そうですか…」
トミタロウは相槌を打って報告書の作成に戻る。
「さっきのトミーの着信…ハルキじゃないのか?」
フォルクハルトの問いかけにトミタロウはドキリとした。その通りなのだが、そのまま伝えた方がよいのか、それとも誤魔化すべきか。
「あーえーと…まあ、そうですね」
変に誤魔化すとバレた時が余計に面倒だと判断して正直に答える。
「トミーに先に送ったのか…」
フォルクハルトが少し悲しげにボソリと言った。
(めんどくせーッ!!!)
トミタロウは心の中で叫んだ。30過ぎの既に結婚している人間が、何故メッセージの着信タイミングなど気にするのか。付き合いたての高校生でもあるまいに。面倒だが、変なところで波風は立てたくない。
「僕、まだ新人なんで、サポート一人で大丈夫か心配だったんじゃないですかね?」
トミタロウは適当にフォローを入れた。
「そうか……そうだな」
フォルクハルトは納得して、報告書の作成に戻った。
その後、通報がもう一件あったが、それも手早く済ませて、フォルクハルトは終業までにさっさと報告書を書き上げた。
家に帰るとハルキは寝ていた。額に手を当てると熱は引いている様だった。
台所を見ると、おかゆのレトルトパックを食べた形跡があった。
(こんなんで足りるのか?)
フォルクハルトは少し考えて、おかゆと湯豆腐を作り始めた。正直、米をべちょべちょにしただけの食べ物の何がよいのかはわからないが、ハルキは調子が悪い時に好んで食べるので作り方はマスターしている。自分の食事は別で適当に用意しよう。
食事ができたので起こしに行くと、ハルキはまだ寝ていた。もう少し寝かせてやるかと思っていると、ハルキの口から寝言が溢れた。
「トミー…すご…」
ふふと笑っている。
(…またトミタロウか)
フォルクハルトは少しイラッとしてハルキをゆすった。
「おい、ハルキ、起きろ。飯だ」
「んあ?あ、おかえりフォルクハルト」
ふにゃっとした笑顔にキュンとなる。
「粥と湯豆腐を作ったが、食べられるか?」
「食べる。ありがとう。」
夢の内容が気になったが、ハルキに微笑まれてフォルクハルトは何も言えなくなった。
ダイニングでハルキは「おいしい」と言ってニコニコしながらお粥と湯豆腐を食べた。食欲はあるようなのでホッとする。
「まだ食べれそうなら何か作るか?」
「大丈夫」
和やかな雰囲気なので、今なら聞いても大丈夫だろうかと、フォルクハルトは恐る恐る口を開く。
「その…トミーとは何もないよな?」
「?何もって?」
ハルキは何のことを言ってるのかわからない様子だった。
「寝言でトミタロウを呼んでいた」
所在なさそうに言うフォルクハルトに目を瞬いて、ハルキは「ああ!」と声を上げた。
「さっきの夢か。」
フォルクハルトが黙って頷く。
「トミタロウがメカになっててさ。ロケットパンチとか膝からミサイル発射したりできるようになってたんだよ」
「は?」
あまりにも荒唐無稽な話にフォルクハルトは眉根を寄せた。
「で、フォルクハルトと二人で「すごい!」て言ってた」
ハルキの馬鹿みたいな夢の内容に、フォルクハルトは安堵して胸を撫で下ろした。
「…そうか…」
ハルキはそこでフォルクハルトが何が言いたかったのかに気づいた。
「え?もしかして、それで私とトミーが不倫してると疑ったのか?」
「い、いや…不倫までは…」
ハルキはケラケラ笑い出した。
「ないない!トミーはない!私より弱いし、あの筋肉量じゃな」
「…トミーが筋肉増えてハルキより強くなったらどうなんだ?」
真剣に聞いてくるフォルクハルトにハルキはキョトンとして、それから少し考える。
「んー?いやあ、それでもないな」
「そうか…」
「そもそも、トミーの方が嫌がるだろ」
「それは…わからんだろ…」
フォルクハルトが真剣な顔をしているのがおかしくて、ハルキはまた笑った。
「心配症だなあ。安心しろ、私が愛してるのはフォルクハルトだけだ。」
ハルキがそう言うのなら、そうなのだろう。フォルクハルトは呼吸を整えて、気持ちを落ち着けた。
「…俺の夢は見るか?」
「見るぞ」
「どんな夢だ?」
ハルキは「んー?」と少し考えて「だいたいご飯食べてるな」と答えた。
「…そうか」
フォルクハルトはメカになるよりはマシかと思う。
「そういうフォルクハルトは、私の夢を見るのか?」
「まあ…見るが」
「どんな夢だ?」
ハルキに聞かれてフォルクハルトは最近見た夢を思い出す。
「ちょっと…言えない」
口籠るフォルクハルトにハルキは「ははーん」と言ってから、テーブルにペタリと体をつけてフォルクハルトを下から見上げる。
「さてはエッチな夢だな」
フォルクハルトは唾を飲む。
「それも言えないという事は、アブノーマルなやつだ」
ハルキはニヤリとした。
フォルクハルトは椅子にもたれて腕を組み、虚空を見る。
「どんな夢で気持ちよくなったのかな?」
ハルキは意地悪な質問をしてきたが、「腕十字を極められて、ハルキがパンツを履いてない事に気づいた夢」とはとても言えなかった。