43男子会の合間の話
「はいはい!ミドリさんとの馴れ初めを聞きたいです!」
フォルクハルトがトイレから戻ってくると、トミタロウが元気よく手を上げて発言していた。
「えー別に面白い話はないよ」
ショウゴは渋ったが、トミタロウは引き下がらない。
「今後の参考にしたいです!」
ショウゴは「えー」と言って少し考えたようだったが「参考にもならないと思うけど…」と言ってから、話し始めた。
「学生の時に、僕の入った研究室とミドリちゃんの入った研究室が共同研究してて、一緒に研究する事になったのがきっかけかな」
トミタロウはワクワクした顔でうんうんと頷いて聞いている。
「一緒に研究室に寝泊まりする事も多くて、家に帰る事も少ないし、そのうち賃貸借りてるの馬鹿らしいねって話になったんだよね」
フォルクハルトは興味がないので、日本酒をコップに注ぎ、あたりめの袋を開けた。
「で、賃貸の費用抑える為にルームシェアしようって話になって」
ショウゴの話に、トミタロウが怪訝な顔になる。
「何でそこで、異性と気軽にルームシェアする話になるんですか?」
「まあ聞いてよ。内縁の夫婦って事にしとくと賃貸って二人で借りやすいんだよ」
トミタロウはギョッとして「え…それって…」と呟いた。
「うん。形だけね。内縁の夫婦ですって言って賃貸借りたの。一緒に住んじゃえば家帰ってからも研究の話しやすいし」
大したことでも無いといった風に話すショウゴに、トミタロウは恐ろしいものを見る顔になる。
「で、一緒に住んでみると、案外いいねって事になって、卒業後も同棲を続けてるうちに、何となくそんな関係になったというお話」
話はそれで終わりらしかった。大事な部分をはぐらかされたな、と思い、トミタロウは質問する。
「なんとなくとは?」
ショウゴは、顎に手を当てて目を瞑り「んー」と言ったあとにこう答えた。
「あー…酒の勢い?」
トミタロウは脱力した。
「本当に何の参考にもならなかったです」
「でしょ?」
ショウゴはアハハと笑う。
だが、トミタロウは、ここで引き下がったのでは面白く無いと、次の問いを投げかける。
「ちなみにプロポーズとかは?」
フォルクハルトは、トミタロウはこんな話の何が面白いのだろう、と思いながらあたりめを食べて酒を飲んでいた。ミドリの用意してくれた日本酒は香りも良くスッキリと飲みやすかった。
「あれプロポーズって言っていいのかな…話したらミドリちゃん怒るかも…」
ショウゴの反応にトミタロウは期待を募らせた。あのミドリが恥ずかしがるような内容なのかもしれない。
「えーせっかくだし教えて下さいよ。ミドリさんには聞いたこと黙っときますから」
ニヤニヤしているトミタロウにショウゴは別に面白い話でもないんだけどなと思ったが「うーん。じゃあ、まあ、いいか」と言った。
トミタロウはわくわくと身を乗り出す。
「ミドリちゃんがサイバネ技師の資格試験の受験票用意してる時にね。」
「?」
想像の斜め上をいくシチュエーションだな。と、トミタロウは思った。
「苗字を変えるなら今だけど、どう?って聞いてきたんだよ」
「それは…」
「ミドリちゃん旧姓がタナカなんだけど、名前の一意性が低すぎるから結婚するなら相手の苗字に変えるんだって、前から言ってたんだよね。で、あーそう言う事?と思って」
トミタロウが怪訝な顔をしているのを見て、ショウゴはアハハと笑って、言葉を足した。
「資格取った後に名前変わると手続きとか諸々面倒だからね。」
「それで、なんて返したんですか?」
トミタロウに促され、ショウゴは話を続ける。
「ああそっかってなって「じゃあ結婚しよう」と言いました。あ、これ僕がプロポーズした事になるのかな?」
トミタロウは頭を抱えた。なんなんだ、この人達。
「ね?何にも面白くないし、参考にもならないでしょ?」
ショウゴあははと笑う。
フォルクハルトは、なかなか良い日本酒なので銘柄を覚えて帰ろうとラベルを確認しながら、あたりめを食べていた。