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4 馬に蹴られて死ぬがいい

アンチアルゴスのサテライトオフィス内には簡易ジムがあり、好きな時にトレーニングをする事ができるようになっている。フォルクハルトが軽くランニングをしている横から、ハルキが声をかける。
「次の休みに、ここ食いに行かないか?」
「肉か。うん。いいぞ」
トミタロウは、先週も、その前も似たような光景を見たなと思いながら、なんとなく思った事を口にする。
「お二人はやっぱり仲良いんですね」
「普通だろ」
ハルキが即座に否定する。
「普通、ただの仕事の同僚と休みの日のたびに一緒にご飯食べに行かないですよ」
「ん?そうなのか?」
トミタロウの言葉にフォルクハルトが反応した。
ハルキがトミタロウの方へツカツカと無言で歩いてくる。そして、今まで聴いたこともないドスの効いた声でボソッと呟いた。
「トミタロウちょっと黙ってろ」
顔を見ると完全に殺す目をしていた。
「は…はい…」
威圧感に気圧されて、トミタロウはそれしか言えなかった。

「学生じゃないんですよ?!あんなの30超えてやるようなもんじゃないでしょう!」
メンテルームに避難したトミタロウは、ミドリに愚痴をこぼしていた。
「言いたいことはわかる。」
うんうん、とミドリは頷いて先を続ける。
「でもハルキは15で半身を失ってあの体になったから、他の奴らが愛だ恋だと青春している間ずっと、一人でリハビリしてたのよ。痛いし重いししんどいリハビリをずーっとやってたの」
「あ…」
トミタロウは、自分の想像力の無さを恥じた。そうだあのサイバネ補完のレベルは通常では考えられない重傷を負ったという事なのだ。ハルキはいつも明るく快活だったので、そこまで考えた事はなかった。15歳。思春期の、友達となんでもない事で笑いあったり、今となっては小さな事で悩んだりするあの時期を、ひとりリハビリをして過ごすのは、どんなに辛かっただろう。
「リハビリ終わったって、あの体のせいで恋愛どころか酷い扱いも受けてきた。トミーの頃にはだいぶマシになってただろうけど、10年ちょっと前はサイバネティクスに対する差別は今とは比較にならない酷さだった。店に入れないなんて事もザラにあった。ハルキはそういう世界で生きてきたのよ」
自分もサイキックとわかると嫌な扱いを受ける事はあったが、隠していればやり過ごす事はできた。見える部分のサイバネ補完は隠しようもない。いろんな不便もある。そんな単純な事にさえ、言われるまで思い至らなかった。
「じゃあフォルトさんも、そういうハルキさんの事情を汲んで…」
「いや、あいつのあれは天然よ」
「なら、なんで今その話したんですか」
「あいつは恋愛とか興味ないというか、たぶん人類にあまり興味がないタイプだと思う」
「人類に…」
トミタロウはあまりの事に言葉を失った。
「だから人間関係とかよくわからないし、日本ではそういうもんだよて言われたら「そうなのか」て流されるタイプよ」
トミタロウは、ゆっくりとミドリの言った事を咀嚼して、少しだけ考えた。
「それはつまり、ハルキさんにいいように丸め込まれていると?」
「そうともいう」
ミドリは事もなげに言って頷いた。
「だいぶ酷い。フォルトさんがかわいそうになってきた。もう別に仲良しって事でいいじゃないですか。実際仲良しなんだし」
「そうすると別に仲良しと思ってないミュラーは誘いを断るのよ」
「なんでですか。別に仲良しでいいし、一緒にご飯食べたらいいじゃないですか。」
「それがそうじゃないから、こういう面倒なことになってるの」
「意味がわからない…」
「一緒に意味がわからないと思ってくれる人が増えて、私は嬉しい」
ミドリは本当に心底嬉しそうに笑顔を見せた。
「思ったより変なオフィスに配属されてしまった」
「トミー、声に出てるわよ」
心の中で思っただけのつもりが声に出ていたらしいが、それはこの際どうでもいい。
「で、僕は二人の恋路を邪魔しないように振る舞ったらいいんですか?」
「いや、最終的には別れてもらわないと困る」
予想外のミドリの発言にトミタロウは目を瞬いた。
「は?」
「あんな男と一緒になってハルキが幸せになれるわけない」
それはそうなのかはちょっとわからないな。と、トミタロウは思った。
「でも、ハルキさんはフォルトさんの事好きなんですよね?」
「それが問題なのよね…」
ミドリは苦々しい顔をして腕を組む。
「もしかして…ミドリさん、フォルトさんの事嫌いです?」
「まさか、そんな。」
ミドリは真顔で続けた。
「大っっっっっ嫌いよ」
「だいぶ人間関係が面倒くさい」
「だから、声に出てるわよ」
トミタロウは自分の境遇をただ憂いた。

設定資料

カワト ミドリ
河戸 翠
ハルキと同い年
女性
身長164cm
体重54kg
2月20日生まれ

10歳まで関西に住んでいたので、ノリがやや西より。たまに関西弁が出ることもある。
サイバネ技師と医者の免許を持っており、ハルキのサイバネと生身の部分の両面からサポートしている。
他の人の軽い健診などもしている。

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