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9割の人

「なんで俺は凡人なんだろうな?」
「確率の問題っしょ。」
山崎の疑問に、岸田が即答した。
「確率?」
「うん。」 岸田は頷くと、目の前に置かれたファミレスの薄いオレンジジュースをストローでかき混ぜた。 氷がカラカラと涼しげな音をたてる。オレンジジュースは果汁100%に限るのだが、ドリン クバーなので仕方がない。
「春色苺パフェになります。」
店員が笑顔で山崎の前に苺パフェを置いて去っていった。 山崎は軽く会釈して、店員を見送ると岸田に向き直った。
「なんの確率だよ?」
「世の中の9割は凡人なんだって。」
「じゃあ、残りの1割が天才か?」
岸田はオレンジジュースを吸いながら、首を横に振った。
「9分が秀才で、残りの1分が天才」
山崎はパフェの一番上に乗っている苺を口に放り込む。
「どこの統計だよ?」
「知らない。」
「信頼性ないな。」
「うん」
岸田はそれだけ言うと、またオレンジジュースをすすった。 山崎は釈然としないまま苺パフェにスプーンをつっこむ。
ずずずず。と音をたて、岸田がオレンジジュースを飲み終えた。 山崎は眉間にしわを寄せて岸田を見ていた。 別に音をたてて飲んでいることを咎めているわけではない。
山崎はそんなことは気にしない。
「お前、院進だっけ?」
「ううん。でも、親は行ってもいいって言った。」
山崎の問いに、間をおかずに答え、岸田はパフェをじっと見つめた。
「ふーん、じゃあ就職先が見つからなかったら院に逃げるのか。」
山崎の言葉には、少しトゲがあった。岸田は気付いていながら、気にせずに返す。
「いや。院には行かない。」
「なんで?」
「面白くなさそうだから」
山崎は岸田の答えにあきれ返って苦笑すると、先ほどパフェに突き刺したスプーンを口へと運ぶ 。
生クリームと苺アイスが口の中でとろける。最高だ。ほんと、最高だ。これこそ至福の瞬間だ。
「あと、学生に飽きた。」
岸田の声に至福の瞬間を邪魔されて、山崎は日常にもどってきた。
「飽きたって...学生ってなかなかいい御身分だぜ?」
「うん。知ってる。でも、飽きた。」
岸田はまだパフェを眺めている。
それに山崎が気付く。
「食いたきゃ、自分でたのめよ。」
山崎の言葉に、岸田があからさまに悲しそうな顔をした。
「これは俺の!生活費やりくりして貯めた金で贅沢してんだから、他人にはやらん。」
「ケチくせぇ」
悲しそうな顔が一変して、蔑んだ表情になる。 「ざけんな、自宅生が。貴様に金欠で飢える気持ちなどわかるものか。」
「こっちは親に負担かけないために自宅なんです。すねかじりが。」
「...っムカツク...」
山崎は悪態をついて、再びパフェを口に運ぶ。
それから、息を吐いて話を元に戻す。
「で、お前は何?その1分の天才な訳?」
「あ、すいません。注文したいんですけど。」
山崎を無視して、岸田は店員を呼んだ。
「春色苺パフェ1つ。」
そのまま注文する。
山崎の顔がひきつった。
「あ、何?ごめん聞いてなかった。」
店員が去ると、岸田は山崎の方に向き直った。
「いや、もういい。」
山崎はパフェに向き直る。
「俺は天才じゃないよ。」
岸田の答えにパフェを気管にいれてしまい、山崎はむせた。
「あ、大丈夫?」 普通に心配されて、山崎は口を押さえながら反対の手で岸田に大丈夫だと伝えようとした。 
「ゲホッガフッ...聞いてた...かいっ!」
「落ち着いてからでいいよ。」
山崎はしばらくむせて、落ち着いてから深呼吸をした。うん。と一度頷いてそれから話を進める。
「聞いてたんかい!」
「ううん。でも、そんな感じかなと思って。」 岸田は、もう氷しか残っていないグラスに刺さったストローを吸っていた。 氷が溶けてできた水が、ずずずずず、と音をたてストローの中を登っていく。
「じゃあ、秀才か?」
「ううん。9割の人、凡人。」
岸田の答えに、山崎は少し感心した。
「へー。」
「なんで感心してるのさ。」
「いや、てっきりお前は自分は凡人じゃないと思ってると思ってた。」
「なにそれ。俺、自意識過剰みたいじゃん。」
「ちょと違うけど...」
山崎が口を濁す。
「奇人変人だとでも言いたげだね。」
岸田が冷たい目で山崎を睨みながら、また、ずずず、と水を吸う。 山崎は笑いをこらえていた。図星だ。
「まあ、冗談はさておき、さ。凡人としては、やっぱり天才にあこがれるよねって話ですよ。」
山崎は、半笑いのまま話を進めようとした。 「さておいては欲しくないけど、その答えなら"NO"だ。」
岸田は岸田で不機嫌なまま答える。 山崎はキョトンとした。 想像していなかった答えだったからだ。
「なんで?」
「そんな暇ないから。」
「暇?」
「そ。他人をうらやましがるなんて暇人のすることだね。」
「それは俺が暇人だといいたいのか?」
今度は山崎が不機嫌になる。
「別に、そうは言わないけどさ。俺は、人をうらやましがってる暇なんてない。」
「春色苺パフェでございます。」
店員が作り笑顔でやってきて、岸田の前にパフェを置いた。
「どうも」 岸田も店員に笑顔を返し、ストローから手を離し、スプーンを手に取る。 山崎は岸田の言葉の続きを待った。 岸田はパフェをスプーンですくい上げ、自分の目の前に持ってきた。 それをまじまじと見つめる。しかし、その視線はパフェの向こうを見ている。
「凡人は努力するだけですよ。」
パフェの向こう、山崎も飛び越えてもっとずっと先の高み。 それを見ているような気がした。
「現実的ですなぁ」
軽く言いながら、山崎も負ける気はなかった。 岸田が見ているよりもっと高いところ、それを目指し、行き着いてみせる。 スプーンを口に運んだ岸田を睨みつける。 山崎は残ったパフェを頬張った。
岸田と目が合う。 お互い不敵な笑みを浮かべて、二人はパフェを食べ終えるまで何も話さなかった。

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