45 隠し事

トミタロウはオフィスのドアを開けるのを一瞬躊躇した。中からハルキとフォルクハルトの言い争う声が聞こえてきたからだ。
「あ…だ、ダメだ!放せフォルクハルト!」
「何がダメなんだ?ちょっと見せろ。」
「嫌だって言ってるだろ?!」
まあ、どうせまた些細なことで言い争いでもしているのだろうとドアを開けてオフィスに入る。
「おはようございま………」
トミタロウはオフィス内の二人を目にして言葉を失った。言いかけた挨拶すら、最後まで発する事もできないほどだった。フォルクハルトがハルキに後ろから抱きついて、服の中に手を入れてる。
「あ」
二人は慌てて離れたが、トミタロウの顔は既に軽蔑に歪んだ後だった。
「何…やってたんですか?」
「いや…これは違くて…」
ハルキあたふたと何か言い訳をしようとしていたが、フォルクハルトの方はチッと舌打ちしただけだった。そのまま二人とも何の言い訳も思いつかずに数秒黙る。
「フォルクハルトが悪い!」
「ハルキが悪い」
同時にお互いがお互いを指さして、相手に罪をなすりつけようとする。
「ハルキがニヤニヤして何か見てるから、それを見ようとしただけなのに、服の中に隠すから…」
フォルクハルトが言い訳らしい事を喋り始めたので、トミタロウは眉間に皺を寄せてそれを聞いた。そんな理由で、夫婦とはいえ職場で女性の服の中に手を突っ込んで良い訳があるまい。
ハルキはトミタロウの後ろに回り込み、盾にするように肩にしがみつく。
「嫌だって言ってるのに無理やり見ようとするからだろ!」
トミタロウは唇を噛んだ。
「僕を痴話喧嘩に巻き込まないで」
フォルクハルトがハルキを無言で睨みつけてくるので、ハルキはトミタロウの後ろに隠れた。
「で、何を隠してるんですか?」
トミタロウに小声で聞かれて、ハルキはトミタロウにだけ聞こえる声で答える。
「フォルクハルトの寝顔。隠し撮りしたヤツ」
(このバカップルが…)
トミタロウは苦虫を噛み潰したような顔になり心の中で悪態をつく。それから息を吐いて冷静さを取り戻し、ハルキにアドバイスをした。
「この状況なら、もう正直に見せて謝った方がいいと思いますよ」
ハルキは「ええ?!」と言って不満そうな顔をする。
「だって、バレたらデータ消される」
「バックアップ取ってないんですか?」
「バックアップ…」
トミタロウに言われた事を繰り返し、ハルキはポカンとしていた。
「どっか別のところにコピーしとけば、消されても復元できるでしょう」
「な、なるほど…」
ハルキは言われた事を理解すると、急いでコピーを始めた。
「おい、何をコソコソ話してる」
フォルクハルトがイラついた声で問いただす。
少しして、コピーが完了した。ハルキはバックアップできた事を確認すると、深呼吸をしてフォルクハルトを見た。
「わかった。見せる」
そう言うと、端末をトミタロウ越しにフォルクハルトに提示する。
「僕を間に挟まないで」
ハルキに肩を掴まれてるので、トミタロウは動けない。
「あ?」
不機嫌な顔をしていたフォルクハルトは、画像を見た瞬間に呆けた顔になった。
「…え…」
口が半開きになっている自分の寝顔だ。そのうちに困惑の色が広がっていく。
「いつ撮ったんだ、こんなの…というか、なんで隠した?」
「その…隠し撮りだし…」
ハルキは申し訳なさそうにそう言った。
「…そ、そうか…でも、なんでこんなものを撮った?」
困惑しているフォルクハルトに、ハルキは口を尖らせて小さな声で「だって…かわいかったから…」と言った。
「僕もうここ退いてもいいですよね?」
トミタロウは二人に聞いてみたが、ハルキは肩を掴んだままだし、二人は取り合ってくれない。
「………これ一枚だけか?」
「…まだある」
「見せろ」
「…はい」
ハルキは端末内のフォルクハルト寝顔写真を次々と見せていく。
「え…いや、お前これ結構あるな…撮りすぎだろ」
「かわいかったから…つい…」
フォルクハルトはその数に若干引いていた。顎に手を当てて、少し考えてからハルキの顔を見る。
「俺もハルキの寝顔撮って持っててもいいか?」
突然の事にハルキは一瞬戸惑いを見せたが、すぐに頷いた。
「え…う、うん…」
「じゃあ、それであいこだな」
「…うん」
げんなりしたトミタロウを挟んで、二人で少し恥ずかしそうに微笑み合う。
オフィスのドアが開いて、ミドリが入ってきた。
「おはよー。て、どしたの?」
トミタロウを挟んで、ハルキとフォルクハルトが何か話している様子にミドリはギョッとした。
トミタロウは虚無の顔で答える。
「痴話喧嘩からのイチャイチャタイムです」
ミドリは「うわぁ…」と言ってうんざりした顔になった。
「職場だぞ。仕事しろ、仕事」
言い放ってメンテルームに向かう。
「待って!ミドリさん!助けて!」
トミタロウが助けを求めたが、ミドリは一瞬振り返って憐憫の表情を浮かべたあと、そのままメンテルームに入っていった。
フォルクハルトとハルキは、まだ何か話している。
「でも、どこがかわいいんだ?全くわからん」
「えーこれとか、すごくかわいいだろ。な、トミー?」
突然話を振られてトミタロウは困惑しながらハルキの示す画像を見た。普通にフォルクハルトが寝ているだけだ。
「なんで僕がフォルトさんの事かわいいと思わなきゃいけないんですか?」
「どう考えてもハルキの方がかわいいだろ。な、トミー?」
今度はフォルクハルトから話を振られて、「そりゃそうでしょう」と答えそうになって、男子会での会話を思い出す。フォルクハルトは、他の男がハルキの事をかわいいと思っているのは不安だと言っていた。
「それ、僕どう答えても酷い目に遭うヤツじゃないですか?」
二人は話を振っておきながら、トミタロウの答えなど聞いていなかった。
おだてたって何も出ないぞ?」
ハルキは照れながらそんな事を言う。
「心の底からかわいいと思ってるだけだ」
トミタロウなど、そこにいないかのように、バカっぽいもしか言いようのない甘いセリフを吐くフォルクハルト。
「フォルクハルト…」
「ハルキ…」
完全に二人の世界を作って見つめ合い、そのままキスでもしそうな勢いだ。間に挟まれたままのトミタロウは耐えきれずに叫んだ。
「もう、いい加減にしてください!!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?