38 職場では節度ある行動を

フォルクハルトとハルキがオフィス内の簡易ジムでストレッチをしていると、トミタロウが深妙な面持ちでやってきた。
「最近お二人の行動が目に余ります。職場である事を意識して、節度ある行動をお願いしたい」
フォルクハルトとハルキは顔を見合わせる。
何のことだろうか。
ハルキが「何が?」と言うと、床に座っていた二人をトミタロウは心底軽蔑した目で見下ろしてきた。
「自覚がないようでしたら、一つ一つ具体的な事例を挙げて説明しますね」
ハルキはフォルクハルトを見たが、フォルクハルトの方はハルキからもトミタロウからも視線を逸らせていた。何か思い当たることがあるのかもしれない。
一呼吸おいて、トミタロウは話し始めた。
「まず、ミーティング中に横に座ってる距離感が近過ぎます。椅子びっちりつけ過ぎです。キャバクラじゃないんですよ。」
ハルキはキャバクラには行ったことがないのでドラマで見たイメージしか持っていないが「キャバクラはソファだから椅子は使わないんじゃないかな」と思った。それはそれとして、確かに職場のミーティングルームの椅子がびっちり引っ付いているのは確かにおかしいなと思った。
「あれ、毎回フォルクハルトが椅子近づけてくるんだよな」
ハルキは事実を言っただけだったのだが、トミタロウには睨まれてしまった。
「現場で物陰に隠れてる時も密着しすぎだし、顔も近すぎます」
これについては、ハルキもフォルクハルトも首を傾げた。別に前からあんな感じだったと思う。フォルクハルトは、喉が渇いたのでペットボトルの水を少し口に入れた。
「あと、フォルトさんはこっそりキスしないでください」
「ぶふぉっ!ごふごふ!」
フォルクハルトが盛大に咽せて、水を噴き出した。
ハルキは「うわ!汚っ!」と言っている。
「バレてますからね。」
「あーあ。だから、やめろって言っただろ」
ハルキは他人事だ。
「まだありますよ。ストレッチと称してスキンシップを楽しむのもやめてください」
「あれはちゃんとストレッチだから!」
これにはハルキが抗議した。
「じゃあ、フォルトさんにしてるのと同じ事を僕にできますか?」
「え?うん。できるが?」
トミタロウの鋭い追及にハルキはキョトンとしていた。
「え?」
「え?」
トミタロウとフォルクハルトは、ほぼ同時に怪訝な顔をして疑問の声を漏らした。
「前屈のとき、背中に胸押し当てて…」
「普通だろ」
「いや、同性ならわかりますけど…」
「?」
トミタロウは、これはハルキに言っても無駄だと判断した。これは天然でやっている。
「フォルトさん。あれ、ハルキさんが僕にやっても問題ないですか?」
「…あれは…」
フォルクハルトの目が泳いでいる。
「ふ…普通なんじゃないか…?」
「ふーん。じゃあ、さっそくやってもらっていいですか?」
トミタロウがハルキに声をかけると、ハルキは「ん?わかった」と言って立ち上がった。
トミタロウは座って前屈の準備をした。
「じゃ、お願いしまーす」
「おう」
トミタロウの後ろにハルキが膝立ちする。
「ま、待て!やっぱり不許可だ!」
ハルキがトミタロウに触れる前に、フォルクハルトが止めに入った。
「サイバネの方で押せばいいだろ」
「そういう問題じゃない!」
止めに入ったフォルクハルトを、ハルキはまったく気にした様子はないが、トミタロウは下から軽蔑した目で見ていた。
「悪かった。確かに…一脱していた」
フォルクハルトは自分の非を認めた。ハルキは首を傾げている。
「一つだけ言い訳させてくれ。あれは、結婚する前というか、それよりかなり前からああなんだ」
「フォルトさん、それずっと役得と思って指摘しなかったんですね?」
「え、いや…ハルキが当たり前にしてくるから…そういうものかと…」
トミタロウはフォルクハルトに詰め寄った。
「そんな訳ないですよね。背中におっぱい当たったらおかしいですよね?」
その迫力に圧倒される。
「…はい。おかしいです。」
トミタロウは今度はハルキを方を向く。
「ハルキさんは、それ、他の男性にもしてますか?」
「あーどうだったかな。A地区の時にヤマトが手伝ってって言うからやってたな」
ヤマトの名前にフォルクハルトは怒りに顔を歪めた。
「あのゲス野郎…」
当時の記憶は全くないがギリっと歯を食いしばる。
「何自分の事棚に上げてるんですか。フォルトさんがちゃんと指摘しないからそういうことになるんですよ。」
トミタロウに言われて反省する。
「あと逆のポジションになった時、ハルキさん柔らかいから押す必要ないのに、体押し付けてるのもおかしいですよ。あれは、前はしてませんでしたよね?」
フォルクハルトは黙った。言い訳らしい言い訳は何も思い浮かばない。
「そういえば、そうだな。胸筋て力入れないと柔らかいんだなって思ってた」
ハルキはのほほんとしている。
「とにかく、最近フォルトさんのハルキさんに対する手つきと視線がなんか全体的にエロいんですよ」
「…そ、そんなつもりは…」
フォルクハルトは絶望感に打ちひしがれた。
「それはそう」
ハルキがトドメを刺す。
「そ、そう思ってたなら言えよ!」
「だから言っただろ。最近触り方がいやらしいって」
「家での事じゃ無かったのか?!職場も含まれてたのか?!」
「え?家だけだと思ってたのか?」
言い争う二人にトミタロウが大きなため息をついた。
「痴話喧嘩はその辺りにしてもらって、職場では節度ある行動をお願いしますね」
ハルキはやや納得のいかない顔をしていたものの、二人は大人しく「はい」と返事をしたのだった。

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