62 新しいサイバネと古いサイバネ

 シャワーを終えてリビングに戻ると、ソファに座ったハルキが話しかけてきた。
「そろそろサイバネを新しくする話が出てるんだが、どう思う?」
「何が変わるんだ?」
 聞き返しながら、彼女の隣に腰を下ろす。
「今のより丈夫で軽い素材が出てるらしいから、それに換えようと思ってる。性能的にはそんなに変わらん」
 ハルキはこちらにもたれかかると、端末で新しいサイバネの3D図面をホログラムで映し出す。
「俺がどうこういう話じゃないだろ。ハルキが決める事だ。新素材の詳細は聞きたいが。」
 図面をクルクルと回して眺めながらそう言うと、ハルキはニヤリとした。
「そう言うと思った。これ、ミドリから貰った今との比較資料。色は今と同じでいいかなと思ってるけど。」
 図面に重ねて比較表も表示する。
「ふーん……これはだいぶ軽くなるな。」
「たぶん全体で5kgくらいは軽くなるって」
 ハルキの嬉しそうな声に、こちらも顔が綻ぶ。
「楽しみだな」
「だろ?5kg軽くなったら、フォルクハルトが運ぶ時も楽になるしな!」
「…それは、ハルキが酒飲んだ後その辺で寝るのをやめてくれればいい話なんだが…」
 ニコニコと言うハルキに呆れた視線をおくると彼女は「うぐっ…」と呻いた。
「ところで、新しいものに換えたら今のサイバネはどうなるんだ?廃棄か?」
 図面を回して、通常見ることの出来ない接合部側からの断面を見る。映し出された内部構造に口元が緩む。
「前はミドリに返したかな。記録として保管してるらしい。」
「そうか…」
 言ってハルキの金属質な左半身を見る。
「どうした?」
 不思議そうに下から見上げられて、なんとなくその頭を撫でる。少し癖のある黒髪の手触りはいつも心地よい。
「いや…可能なら手元に置いておきたいなと思って…」
「そんなもの持っててどうするんだ?」
 眉根を寄せて首を傾げる仕草もかわいい。
「コレクション的に…眺めたり、触ったり…」
 ハルキの問いに答えながら、その金属質な腕に優しく触れる。
「?生体と繋がってるのがいいんだろ?」
 理解できないといった顔をされ、説明に苦慮する。この辺りの感覚はマニアックなものかもしれない。
「まあ、それはそうなんだが…思い出的な」
 彼女はあまり興味もなさそうに「ふーん」とこちらの顔を見て、何か少し考えてから「ミドリに聞いてみるか」と言った。

 次の日メンテルームでハルキが今のサイバネをもらえないかと聞いてみると、ミドリは口をへの字に曲げた。
「嫌よ。私が造った物として持っておきたいもの。」
「ダメか」
 ハルキは少しがっかりしたが、ミドリの反応は想定通りではあった。フォルクハルトは、今日の分の報告書をチェックしているため、メンテルームにはいない。
 ミドリが何か思いついて「あ」と声を上げた。
「でもスペアの腕ならいいか。」
「いいのか?!」
 身を乗り出したハルキに、ミドリは怪訝な顔をした。
「でも急にどうしたの?今までそんな事言わなかったじゃない」
 ハルキはこれは流れが変わって来たなと思った。
「あーフォルクハルトが持っておきたいって」
 ミドリの顔に明らかな嫌悪感が滲む。
「え…それだと話が変わってくるわ」
 ミドリはフォルクハルトの名前が出てくると、大抵こんな顔になる。
「なんでだ?」
「あの男は、それを何に使うのよ」
 とりあえずは理由を尋ねようと思ったのだが、逆に質問されてしまう。自分も彼に聞いた事なので、当然の反応と言えばその通りだ。
「コレクション的に眺めたり、思い出として持っておきたいって言ってた」
「舐め回したり、オナニーに使うって事?」
 彼が言った内容を伝えたのだが、ミドリの口からはかなり曲解した反応が返ってきた。
「…え、いや…そんな事はない…と思うが」
「本当にしないと断言できる?」
 怒りの形相でミドリに詰め寄られ、ハルキは身体を引いた。一旦否定はしたものの、「撫で回してキスぐらいはするかもな」という想像が頭を掠める。
「断言とまで言われると…本人に聞いてみるか?」
「そんなの正直に言うわけないでしょ」
 ミドリの目は爛々としていた。これ以上の交渉は無理そうだ。
「うーんと…じゃあダメってことだな」
「ダメっていうか、嫌!」
 ハルキはうんうんと頷いて「わかった」と、この話を終わらせた。

「そういえば、サイバネの件はどうなった?」
 フォルクハルトに聞かれてハルキは「あー………」と声を出しながら返答を考えた。そのまま伝えると流石に傷つきそうだ。
「ダメだった」
 端的に伝えると、フォルクハルトは少しだけしょんぼりして「そうか…残念だ」と嘆息したのだった。

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