19 別荘に行こう
「皆さんは長期休暇はどうされるんですか?」
「別に」
「何も」
「休むだけだ」
トミタロウの質問に、ハルキ、ミドリ、そしてフォルクハルトは短く答えた。
「そうですか…」
あまりにも短い回答に、トミタロウはポカンとする。
「トミーはどうなの?」
気を利かせてミドリがトミタロウに聞き返した。
「鎌倉の別荘にでも行こうかと」
「別荘?」
ハルキが眉間に皺を寄せる。
「皆さんは別荘はどこにお持ちですか?」
「ねぇよ」
「そんなものはない」
「なんなら家も賃貸だわ」
トミタロウの質問に、フォルクハルト、ハルキ、そしてミドリが短く答える。
トミタロウはまたポカンとした。
学生の頃の友人も大抵別荘の一つぐらいは持っていたので、トミタロウにとっては三人の反応は新鮮だった。
「良かったら、別荘にいらっしゃいますか?」
「いいのか?」
「うちの旦那も連れてっていいなら行こうかな」
ハルキとミドリに聞かれて、トミタロウは「大丈夫ですよ」と答えた。
「夜は花火でもします?準備しときます。」
トミタロウの提案に、ハルキとミドリが「いいね」と盛り上がり、みんなでトミタロウの別荘に行く事が決まった。
長期休暇は天候に恵まれ、青空の下、フォルクハルト、ハルキ、それにカワト夫妻はトミタロウの別荘に到着した。門の所でトミタロウとゴールデンレトリバーが出迎えてくれた。
「でかい犬だ!」
ハルキは喜んで犬に駆け寄る。
「かわいいー名前は?」
ミドリも犬の方に向かう。
「イッヌです」
トミタロウの紹介に、全員が「は?」と言った。「誰が名前つけたんだ?」
ハルキは訝しげな顔で聞く。
「僕です」
「ネーミングセンスおかしくね?」
堂々と答えたトミタロウに、ミドリはそう言わずにいられなかった。
少し別荘の中を見て、それぞれの部屋に荷物を運び込み、買って来た食材を冷蔵庫に入れる。
「晩御飯、何にするんですか?」
買い出しに参加していないトミタロウに聞かれ、ミドリは「カレー」と答えた。
「こういう時はバーベキューかカレーにしとくのが無難でしょ。バーベキューはハルキが嫌がったからカレーにした」
「ハルキさんバーベキュー嫌いなんですか?」
問われたハルキはソファでゴロゴロしていた。
「焼きながら食べるのは面倒くさい」
ミドリが肩をすくめる。
「ハルキは食べ物については、あんな感じだからね」
「家ではどうしてるんですか?」
トミタロウがキッチンで鍋や調理道具を確認していたフォルクハルトに聞く。
「料理は全て俺が担当している。ハルキは食べ物の扱いが雑でいかん」
トミタロウはへぇと言ってミドリの方を向く。
「ミドリさんのとこはどうなんですか?」
「うちは半々かな。ショウゴくんの繁忙期は私がやるけど」
「ショウゴさんはロボット開発されてるんでしたっけ?」
「うん、介護系のね」
話していると、少し近所を見てくると出ていったショウゴが帰ってきた。
「ただいまーいやあ、いいところだねぇ」
ショウゴはのんびりとキッチンへやってくると「ありがとうね」と冷蔵庫に買ってきたものを入れ終わったミドリ達に言った。
「ん。米のセットだけお願い」
ミドリに言われてショウゴは「了解ー」と間延びした返事をする。
「何合ぐらい食べる?」
「炊飯器は5合まで炊けます」
「なら5合だ」
男三人に任せて、ミドリはハルキが寝転がっている隣に座る。
「ハルキも何か手伝いなさいよ」
「フォルクハルトが怒らないなら…」
ハルキはゴロゴロしながらそう答えた。
「そんな怒られてるの?」
「怒るというか…一緒に作ろうとすると「もういいから、お前は別のことしてろ」と言われる。効率が悪いらしい。」
「そう…」
ミドリは少し考えてから「そういえば…」と切り出した。
「最近は家ではどんな感じなの?あんまり話さなくなったけど」
「んー普通だな」
ハルキは特に何でもなさそうにしていたが、ミドリは少し訝しんでいた。これまでは、聞いてもいない惚気話を延々と聞かされていたのに、最近急に話をしなくなったのだ。単純に生活に慣れて来たというだけならいいのだが、少し心配ではあった。
「ミュラーは私が説得するから、ご飯作る時は一緒にやるのよ」
「…はい」
ハルキは少し気まずそうに返事をした。
いざ作る段になると、フォルクハルトはやはり微妙な顔をしていた。
「ハルキは…犬と遊んでたらいいんじゃないか?」
ハルキはフォルクハルトを指差して、不満そうな顔でミドリに無言で訴えた。ミドリはため息をつく。
「ミュラー。あのね、家ではそれでいいんだろうけど、こういう時はみんなで一緒に作ることに意味があるの。効率とかそういうのじゃないのよ。」
フォルクハルトは少し考えて「わかった」と言った。
「それなら、ハルキのことはミドリに任せる。」
ミドリは「そういうことじゃないだろう」とイラっとした。
「ハルキ。やっぱり、コイツとは別れた方がいいと思うわ。」
フォルクハルトがいる前で本気のトーンで言ったのは、さすがに初めてだった。
ハルキはギョッとした。フォルクハルトの表情もわずかに曇る。トミタロウも「それは不味いでしょ」という顔をしていた。場に緊張が走る。
「ミドリちゃん、ちょっと落ち着こうか」
ショウゴが割って入った。
ミドリの肩を叩いてくるりと方向転換させる。
「ミュラーさんも、そういうことじゃないと思うよ」
ショウゴは優しく言うと、「ちょっと外出ましょうね」と言ってミドリを押して部屋を出ていった。
「ハルキ…「やっぱり」というのは、どういうことだ?」
フォルクハルトは少し傷ついた様に見えた。
「…ミドリがずっと別れろと言ってるだけだ。私は別れる気なんて欠片もない」
ハルキの言葉にフォルクハルトは安堵すると同時に、ミドリがずっと本気でそう思っていた事に衝撃を受けた。嫌われている事は知っていたが、別れる云々は冗談の類だと思っていた。
「そうか…」
長い沈黙があった。
トミタロウは空気に徹するか、間に入るかの選択を迫られていた。この場から去りたい気持ちと、ここで二人にして大丈夫なのかという不安と、修羅場は勘弁してほしいという気持ちがせめぎ合っていた。しかし、今の話、何か既視感がある。同じ様な話しで「それってどうなの?」と思った記憶がある。トミタロウはそれが何だったのか思い出そうとした。いつだ。いつ思ったのだ。割と最初の方だった気がする。
トミタロウはハッとした。報告書だ。ハルキのミスが多いから、フォルクハルトが全部書いていると言っていた、あの時だ。
「…フォルトさんは、ハルキさんを甘やかし過ぎじゃないですか?」
二人がトミタロウの方を向いた。
「報告書の時も思ったんですけど、ミスが多いからとか、効率が悪いからって、何にもさせないのは違うと思います。子供扱いしてるというか…」
フォルクハルトは顎に手を当てて考え込んだ様子で「そうか…そうだな」と呟いた。一人で頷いて、そらからハルキを見る。
「すまなかった、ハルキ。食事については俺の拘りが強い部分もある。これからは、もう少しハルキを信じて任せる。」
ハルキの表情が明るくなった。はにかむよう笑って「うん」と頷く。
「料理は一緒にしたいが、報告書はやりたくない。」
いい笑顔で言うハルキに、フォルクハルトとトミタロウは眉根を寄せる。
「いや…報告書もやれよ」
「報告書はやりたくない!」
フォルクハルトの突っ込みに、いい笑顔のままハルキは同じ言葉を繰り返した。数秒、フォルクハルトとハルキは見つめあった。
「じゃあ…まあ…いいか…」
「フォルトさん?!しっかりしてください!良くないですよ?!」
フォルクハルトはトミタロウとハルキを交互に見る。何かがおかしい。
(俺は一体何を言ってるんだ?)
トミタロウの言うことが正しい気がする。
ハルキはフォルクハルトの手を取って両手でぎゅっと握った。
「ありがとう、フォルクハルト」
そして、優しく微笑みかける。また数秒間、二人は見つめ合う。
「うん…報告書は…俺がやろう」
「フォルトさん?!何で急にポンコツになったんですか?!」
トミタロウの声はフォルクハルトに届きそうになかった。
ノックの音がしたのでドアの方を見ると、ショウゴが顔を出した。
「こっちは一応落ち着きましたが、どうですか?」
トミタロウは困惑したまま答えた。
「僕としては腑に落ちない点がありますが、とりあえず落ち着きました。」
「だってさ、ミドリちゃん」
ミドリはばつが悪そうにしてショウゴの後ろから出て来た。
「…ごめんなさい」
小さな声で先ほどの失言を詫びる。
「じゃあ、ご飯作りましょうか」
夕食作りは和やかに進んだ。途中、フォルクハルトは何か言いたげな様子もあったが、概ね問題もなくカレーが出来上がった。「どうせ食うならうまい方がいいだろう」とフォルクハルトがスパイスを足して仕上げたカレーは、市販のカレールーから作ったとは思えない出来栄えだった。
食事の片付けを終え一息ついた頃に、トミタロウが時計を見る。
「そろそろ花火の時間ですね。庭に出ましょうか」
何か言い方に違和感があるなと思いながらゾロゾロと庭に出ると、花火が空に上がった。
トミタロウ以外の全員が頭に疑問符を浮かべる。
「今日ってなんか花火大会だった?」
「そういうのは無かったと思うけどなあ」
カワト夫妻が話していると、トミタロウが「うちの花火ですよ」と言った。
「うちの?」
ハルキが怪訝な顔をする。
「日本では花火と言えば一般的にこういう物なのか?」
「違うね。手持ち花火だね。トミーがおかしい。こういうのはでっかい企業とか自治体とかがやる花火大会だよ」
フォルクハルトの問いにミドリが答える。
キョトンとしているトミタロウを見て、ハルキは笑い出した。
「なんか…思ってたのとは違うけど、これはこれで楽しいな」
つられてミドリとショウゴも笑う。
フォルクハルトはハルキに「な?」と笑いかけられて「ん」と応えた後、花火を見て楽しそうにしているハルキを見つめた。視線を感じたハルキはフォルクハルトの方を見た。目が合うと少し照れたように目を逸らし「花火見ろ花火!」と空を指す。言われてフォルクハルトは空を見た。
今までも何度か見てはいるが、今日の花火は何か違うように思えた。大きく花開いては儚く散っていく花火は刹那的だが、その一瞬を記憶に刻み込めば永遠なのかもしれない。ハルキが腕を絡ませてくる。それも好きにさせておこう。暑さの残る夜に少しだけ心地よい風が吹いていた。
「夜中に別荘でみんなでやる事と言えば、ホラーゲームでしょう」
花火が終わり、順番に風呂を済ませた後、トミタロウは意味のわからないことを言い始めた。
ミドリは「何それ、知らん。」と言ったが、トミタロウはゲーム機をセッティングして開始した。
「サウンドノベルと言われるゲームで、プレイヤーが選んだ選択肢でストーリーが変わっていきます」
「あー僕やった事あります」
ショウゴが言うと、ミドリが「ショウゴくん、こういうゲーム好きだよね」と言った。
おどろおどろしいタイトル画面に、ハルキは触りたくなさそうにしている。
「初見の人がやる方が面白いよね」
ショウゴの言葉に、ハルキはフォルクハルトを見た。
「フォルクハルト、ゲームやるよな?」
「アクションとパズルゲームはやるが、この手のゲームはやった事がないな」
自分がやりたくないのでフォルクハルトに振ろうとしている。
「じゃあ、まずはフォルトさんから行きましょう」
トミタロウにコントローラを渡されてフォルクハルトはゲームを開始した。
「プレイヤー名か。まあ、自分の名前を入れておけばいいだろう」
フォルクハルトは自分の名前を入力する。
次に恋人の名前の入力を要求され、フォルクハルトは手を止めた。
「まあ、ハルキでいいか」
「「で」てなんだ「で」て」
ハルキに睨まれたが、特に気にしない。
話を進めていくと第一の殺人事件が起こった。
「なるほど、ここから生還すればいいわけだな」
フォルクハルトは迷いなく、選択し、ストーリーを進めていく。そして、怪しそうな人物を鈍器で殴りつけた。
「ひぃ!ノータイムで最低な選択肢選んだ!」
ハルキが悲鳴を上げる。
「なにがだ。どう考えても、これが最適解だろ」
「人の心がない」
ミドリが呆然と呟く。
「本音を言えば、怪しい奴を全員殺しておけば安心だと思うんだが、何故か選択肢がない」
大真面目に言うフォルクハルトにハルキとミドリは「お前が殺人鬼になってどうする?!」「そういうゲームじゃないから」と口々に突っ込んだ。フォルクハルトは、なんだかよくわからないうちに犯人に殺された。
「この手のゲームは非道な選択肢選ぶと自分が死ぬからねえ」
ショウゴはのほほんと三人を眺めていた。
次はハルキの番だ。プレイヤー名はそのままで始める。
「トミタロウ。これ、死なないルートないのか?」
不安そうなハルキにトミタロウは「ありますよ」と答えた。
「どれを選んだらいい?」
トミタロウは少し考える。
「一番上ですね」
「次、真ん中です」
「上から2番目」
「一番下」
「次も一番下です」
次々指示を出し、ハルキはその通りに進めた。
人が死ぬ気配はないが、段々と怪しい展開になっていく。
「え?ちょ?え?え?え?ホラーゲームじゃなかったのか?」
いつのまにか内容は官能小説のようになっていた。ミドリが朗読する。
「フォルクハルトの指がハルキの服の中に忍び込み、やわらかな膨らみへと這うように進む」
「やめ!やめろ!朗読するな!」
ハルキが真っ赤になって騒いでいるのを、フォルクハルトは呆れ返った様子でポップコーンを食べながら見ていた。
ハルキが終わると、ミドリの番だ。ミドリは、コントローラを受け取るとショウゴと相談しながらゲームを進めた。
「プレイヤー名は「とみたろう」…と」
「何で僕の名前にするんですか」
「トミタロウ、恋人は?」
「いません。もしかして、そういう探り入れるためですか?」
淡々と答えるトミタロウを見て、ミドリは舌打ちした。
「ミドリちゃん。そういうのやめようね」
ショウゴがたしなめる。
「じゃあ恋人の名前は、「いっぬ」にしよう」
ミドリは最初は「いっぬメッチャしゃべるやん!うける…」などと笑っていたが、それもそのうち慣れて、ショウゴのサポートを受けて、着実に事件の真相に近づいていった。
ハルキはチューハイをチビチビやりながら、フォルクハルトとビーフジャーキーを摘み、怖いシーンがくると、フォルクハルトにしがみついていた。
「ホラー苦手なのか?」
「こういうのはちょっと…パニック系はまだ大丈夫なんだが」
フォルクハルトは「ふーん」と言ってソファの上で三角座りしているハルキを見る。今日はハーフパンツだ。いつものショートパンツじゃなくて良かった。
そうこうしているうちに、ミドリは謎を解き明かしゲームをクリアする。
「よっし。じゃあ、次はトミーね」
ミドリがコントローラを渡そうとすると、トミーは首を横に振った。
「僕は全部のルート覚えてるんで」
「全部?!結構な分岐あるよね?」
「はい。全部覚えてます」
トミタロウが当たり前のように答えると、ハルキがゆらりと立ち上がった。
「つまり…さっき私がやった時のは、わかっていてあのルートに誘導したということか?」
「死なないルートだったでしょ?」
トミタロウはしれっとしていた。
「トミタロー!お前!!」
トミタロウに襲い掛かろうとしたハルキをフォルクハルトが羽交締めにする。
「ハルキ、落ち着け」
「放せ!フォルクハルト!一発ぶん殴ってやる!」
「何を今更あの程度で恥ずかしがってるんだ」
呆れたように言われて、ハルキは納得いかない顔はしていたが、暴れるのをやめた。
「トミーもハルキを揶揄うな。実力的にお前では太刀打ちできんぞ」
「はい。すみません…」
フォルクハルトに注意され、トミタロウも素直にあやまる。暫し全員が黙り込んだ。
頃合いを見計らってショウゴが口を開く。
「あ、そうだ。まだスイカあるので、スイカ食べませんか?」
スイカを食べながら、しばらく談笑していると、いつの間にかハルキは眠ってしまっていた。ミドリがそれに気づく。
「静かだと思ったらハルキ寝てるじゃん!えー、どうしよ、部屋まで運ぶの無理だし」
ミドリが腰に手を当てて、どうしたものかとなやんでいると、フォルクハルトがため息をついて、ハルキの側にかがみ込んだ。慣れた手つきでハルキの腕を外す。
「トミタロウ、ドアだけ開けてくれ。カワトは腕を頼む」
フォルクハルトは息を吐いて全身に力を込めてハルキを抱き上げる。所謂、お姫様抱っこだ。
「嘘でしょ…軽量タイプで腕外したって70kgぐらいあるのよ…」
ミドリは呆然と、その様子を見ていたが、慌ててハルキの腕を持って追いかける。
「ひえー…あれは、僕でも惚れるわ」
ショウゴは感心して、そう漏らした。
ハルキをベッドに降ろすと、フォルクハルトは一息ついた。
「肩にかつげると楽なんだが、そうすると上半身の重さでハルキの腰に負担がかかるからな」
言いながら、ハルキに布団をかける。
「だいぶ慣れてるのね」
ミドリは部屋のテーブルにサイバネアームを置いた。
「家でも酒飲んで、その辺で寝るからな」
ミドリはフォルクハルトの答えに「あ」と声を上げた。
(道理で最近はつけたまま寝た形跡がないと思ったら…)
色々と心配していたが、それなりに上手くやってるんだなとミドリは思った。そして少しだけ複雑な気持ちになった。