54 ヒトの所為にするのは良くない

ハルキはサイバネアームを外してベッドの脇に置くと、寝ようとしているフォルクハルトの隣にするりと入り込んだ。
「今、排卵期だろ」
フォルクハルトは、言いながら壁側に体を寄せてベッドの半分を空け渡す。
「え?あー、そういえばそうだったな」
「周期を何となくおぼえてしまった…」
ぽやんとしているハルキにため息を吐き、頭を抱える。
「それがどうかしたか?」
キョトンとしてるハルキに、フォルクハルトは咳払いをした。
「風呂から上がった後の服装だが、もう少し露出を控えてくれないだろうか」
言われてハルキは小首を傾げる。
「なんでだ?」
フォルクハルトは、この仕草もかわいいなと思う。
「特にその…できない時は、そんな格好で同じベッドに入ってこられると、ムラムラするのに何もできなくて耐えるだけという苦行を強いられる事になるし」
ハルキは「うーん?」と考え込んでから少し困った顔でこう言った。
「そんな痴漢の理由みたいな事言われても…」
「痴漢…?」
「ほら、あるだろ。短いスカートを履いていたからって被害者の服装とかを理由にするやつ」
フォルクハルトは顔の色を失った。
「痴漢…」
そして涙目になる。
「俺のことをそんな風に思ってたのか?」
「いや、そうじゃなくて…そんなの私のせいにされても困る」
フォルクハルトはガバと起き上がった。
「耐えてる!ちゃんと耐えてるだろ?!ダメな時は我慢してる!」
「押し当ててくる時あるけどな…」
ハルキは横になったまま冷めた目でフォルクハルトを眺める。
「アレもダメなのか…わかった、もうしない…」
「別にダメとかではないが…」
やや放心状態のフォルクハルトに、なんとかフォローを入れようと考えたが、ハルキにはいい言葉が思い浮かばなかった。
「じゃあ、どうすればいいんだ!」
「う、うーん…そう言われても」
「この…」
フォルクハルトが拳を握り、奥歯を噛み締める。
「この…無自覚性癖クラッシャーが!!」
ハルキはぽかんとした。何を言われたのか意味がわからなかったからだ。性癖とは、性格や単に行動に現れる癖の事を指す。だが一方で、性的嗜好の意味で使われる事もある(誤用もしくはネットスラングだ)。話の流れからすると、おそらく後者。なんだかよくわからないが、なんらかの悪口であろうと判断し、腹筋で起き上がり言い返す。
「はあ?!変なあだ名つけるな!知るか!お前が勝手に悶々としてるだけだろ!」
フォルクハルトは勢いでさらに言い返す。
「こっちはハルキでしか抜けなくなってるんだ!前はそんな事なかったのに!!」
こちらも言い返そうと口を開いたハルキだったが、思いもよらぬ反論に頭の中が疑問符で埋め尽くされた。
「え?抜け…え???」
フォルクハルトは「あ」と小さく声を漏らすと口を手で覆い顔を背けた。
気まずい空気が流れる。
「その…手…とかで良ければ手伝うから…」
ハルキがおずおずと提案する。
「他人に手で触られるのは嫌いだ」
フォルクハルトは不貞腐れたように提案を拒否する。
「そうだったな…じゃあ、えと…口…とか…」
「ハルキにそんな事はさせたくない」
また提案を拒否されてハルキは頭をかいた。
「そうなると、うつ手がないんだが…」
フォルクハルトがゆっくりとハルキの方を見る。
「だから、最初の話に戻るんだろうが。せめてズボンの丈を膝ぐらいまであるものにしてくれ」
言われてハルキは少し考えた。そのくらいの事は別にやっても構わない。ただ…
「それ本当に意味あるのか?すぐパンツの中に手突っ込んでくるクセに」
痛いところを突かれて、フォルクハルトは一瞬言葉に詰まった。
「ぐ…それを言うなら、無理な時は俺のベッドに来ないでくれ。」
ハルキは不満そうに「えー」と言った。
「どっちかだ。」
フォルクハルトに睨まれて、ハルキはまだ不満顔ではあったが「………わかった」と言った。
そして口を尖らせて、自分のベッドに帰っていく。
「あ…」
フォルクハルトが小さく声を出してので振り返ると、彼は寂しそうな顔をしていた。飼い主に置いていかれた子犬のようだ。
ハルキは唇を噛む。
「そういう、庇護欲を掻き立てるような顔をするな!もう!」
ハルキはタンスからハーフパンツを出して、片手で器用に履き替えるとフォルクハルトのベッドに戻った。
彼は途端に嬉しそうな顔になり、戻ってきたハルキをぎゅうと抱きしめた。
(仕方ないなあ…)
これで満足なら、それでいいだろう。と、ハルキはこっそりと嘆息した。
これで眠れるのだろうと、目を閉じたが、抱きしめる力が緩まる気配がない。そして次第に彼の呼吸が荒くなり始めている事に気づいた。
「………なあ、やっぱりこれ、意味なくないか?」
「ぐ…」
呆れた声で指摘され、フォルクハルトはハルキからゆっくりと手を離し、壁際に移動して天井を眺めて深呼吸をした。
ハルキは呆れた顔で、今度はフォルクハルトに聞こえるようにため息をついて、首を横に振って、それから眠りについた。


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