再び尾崎豊を聴く

久々に尾崎豊の動画を見た

YoutubeにはMVやライブ映像だけではなくインタビューや楽屋裏の映像まで上がっている。そこには初めて見る彼の姿がいくつもあった。

30代の今の自分に彼の姿はどう映ったのか、それを少し書いてみたいと思う。

尾崎豊の曲と最初に出会ったのは12〜13歳の頃だったと思う。
友人達の間で「シェリー」や「15の夜」が人気だったから自然と聴くようになった。そして次第に彼の歌い方や何かを言い当てているような歌詞の世界を好きになっていった。しかし正直、中学生に正確な詞の意味や世界は理解出来ていなかったと思う。ただそこに存在する、儚さや彼の表現する愛というものにロマンを感じ、共感していたのだと思う。

今、当時の音源を再び聴いている。
東京暮らしの影響もあってか歌詞の意味がはっきりとわかるようになっている。彼が見ていた街、それが目の前にある。

夢やロマンに溢れる青年が、この街の中で解け合いどう変わっていったのか
歌詞の世界から思い描く事が出来る。

シェリー あの頃は夢だった 夢のために生きてきた俺だけどシェリー おまえの言うとおり 金か夢かわからない暮しさ ...

彼が想像していた真実を映す世界、そして現実の姿をした街。
その中間地点に彼の歌はあった、彼はその中間地点から、自分の真実の世界へ現実を引き寄せようとしていたのではないだろうか。それが彼の戦いでありアーティストとしての姿だったのだろうと思う。


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