【短編小説】ゆるして、青春。

「けど、ゆり、よくカミングアウトしたよね。俺と付き合ってるって。」
「・・・別に隠しててもよかったけど、それじゃ生きにくいだろ。麓。おまえも、俺も。」

宗高 麓(むねたか ろく)と、鈴野 百合人(すずの ゆりと)は、新調したローテ―ブルの組み立てを終え、午後のまったりとした時間を過ごしていた。

高校生の頃に出会った麓と百合人。思春期真っただ中のふたりの間には分厚い壁があり、互いに相容れない存在だと認識していた。
麓はバスケット部の副キャプテンを務め、クラスでもポジティブな位置にいた。百合人はといえば、中学生とは思えないほど落ち着いた雰囲気を持ち、誰もが安易に話しかけられない存在だった。

「俺、悪かったって思ってる。」
「もういいって言っただろ。いずれ、バレることだった。」

頭を下げる麓に、百合人は軽く笑って見せた。マグカップをテーブルの上に置き、麓の右頬にそっと手のひらを這わせる。

「ゆり・・・」
「俺がどうしようもないキス魔だってことはな。」

苦みを帯びた舌をせり出した百合人の鼻先がふれる瞬間、それまで輝いていた麓の目の色が変わった。

「出た。小悪魔。」
「麓のくせに、うるせぇよ。」

安いカーペットの上に麓の背中が倒れ込む。馬乗りになり、百合人は麓のくちびるに噛みついた。







その日、麓は卒業間近の引退試合に向けて、後輩数名と特訓に励んでいた。

「よし。腹も減ったし、ラーメンでも食って帰るか!」
「副キャプテンのおごりなら行きます!」
「チャーハンつけてもいいっすか!」
「そういうのはな、俺よりシュートの本数決めてから言えよ。」

静まり返った体育館を出た麓の後に後輩が続く。シャワー室には先客があった。
麓たちのほかに部活動を行っている者はいなかった。だが、気配はある。先頭を歩いていた麓はその気配に気づき、何も知らずについてくる後輩たちを制した。

「先輩?」
「ちょっと待ってろ。」

再来年には改装が決まっているほど老朽化したシャワー室は明るい時間帯であっても近寄りがたい。何か、おかしい。見てはいけない何かがある気がした。
簡単な間仕切りがあるだけの簡素な造りのシャワー室に一歩踏み込むと、雑音が消えた。

「ん・・・まずいんじゃ、ないか・・・」
「誘ってきたのはそっち。俺は断った。」
「さすがにまずいって。誰か来たら。」

聞こえてくる声に麓は聞き覚えがあった。片方は確か、サッカー部の控えキーパー、そして、もう片方は。

「もうまずい状況なんだけど?」
「むっ、宗高・・・!」

麓の登場にサッカー部の部員は我に返り、その場を逃げ出した。

「学校で盛んないでくれる?」
「俺がどこで盛ろうとおまえには関係ない。」
「逃げられて逆ギレかよ。だっせぇな。」

取り残された背中に吐き捨てるように麓は言った。
麓に制されていた後輩たちが様子を覗きに来た。

「先輩、何があったんです、か・・・」
「すっ、ずの・・・さん?」

百合人は自分を睨みつける麓とは一切、視線を合わすことなく、くちびるに残った汚れを指の腹で拭い、ほくそ笑んだ。

「邪魔した。」

見入ってしまうほどの美しい横顔。百合人の退路を開ける後輩たちは息をのむ。なるほど、その雰囲気がなせる業なのだろう。
ただひとり、麓だけは忌々しそうにまつげを伏せた。

「やばい、鈴野さん、マジで男いけたんだ・・・」
「マジだったんだな・・・」

後輩たちが惚けている間に麓はシャワーを浴び、校舎裏に向かった。

「普通に待ってられねぇのかよ、おまえ。」
「時間厳守だって言っただろうが。遅れた方が悪いんだよ。」

麓を待っていた百合人は汗ばんだにおいが消えた麓にすり寄る。

「汗かいてた方が燃えるっつったのに。」
「待ちきれずに盛った罰。」
「さっきのやつらに見つかったらどうする。」
「誘われたって言っとく。」
「キスだけだけどな。」

酸いも甘いもない、一瞬の行為。深入りはさせない百合人のガードに麓は何もかもを投げ出す寸前だった。

「鈴野。本当に俺とはキスだけだよな?」
「おまえとはキス以外なんにもねぇよ。」






仰向けの麓はされるがまま、百合人からのキスを受け入れる。あの頃はこんな風に甘えてくるとは思っていなかったが、なかなか悪くない。

「ゆり、俺とはキス以外、なんにもねぇの?」
「は?」
「ちょっと寂しくなっちゃって。」
「・・・だったら、それらしくすればいいだろ。」

挑む百合人の視線は心地いい。

「ベッド、行く?」

その気もないくせによく言う。百合人は急くようにくちびるから舌を覗かせる麓に覆い被さった。

「待ちきれない。」

高校を卒業して同居を始めた。
麓は百合人を勝ち取ったように思っているだろうが、百合人にしてみれば、それは逆の話。まるで同性を恋愛対象にみてくれそうになかった麓を手に入れられるとは――。

「ゆり?」
「やっぱり、ベッドがいい。」

この男だけは逃すまい。百合人はそう思った。



おわり

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