リリックビデオを解剖する(後)Text by えむ
「ミュージックビデオの身体論」番外編
連載「ミュージックビデオの身体論」の番外編として、えむさんに「リリックビデオ」をテーマとする論考を寄稿していただきました。
えむさんは「リリックビデオ」という語のうちに含まれる多種多様なありようを詳しく分析し、①実写映像の中に歌詞の文字を造形したオブジェ等が含まれる〈実写/単一レイヤー〉、②実写映像と歌詞テロップなどを合成した〈テロップ/二重レイヤー〉、③歌詞も含めてすべての映像がアニメーションもしくはCGで制作されている〈アニメーション/多重レイヤー〉に3分類した上で、それぞれの「前史」にあたる映像表現を考察しています。(佐々木友輔)
前半は以下からご覧ください。
第2章 〈テロップ/二重レイヤー〉
2-1. テロップと字幕
〈テロップ/二重レイヤー〉とは、実写のフッテージを背景にして、後から歌詞をテロップなど非実写のフッテージで合成した作品の型を指す。
本来「テロップ」はテレビ放送関連の商標名であるが、ここでは、カメラを通さずに文字や画像を画面上に映し出したもの全般を意味する語として用いる。テレビ番組やウェブ動画などに言語情報を補足したり、華やかな印象を与えたりする目的で使用されることが多い。また似た言葉に「字幕」がある。本稿では、外国語映画などの台詞やナレーションを翻訳した文章や、聴覚障のある人のために音声を書き起こした文章を画面上に表示したものなどに限定して字幕という語を用い、テロップと区別することにしたい。
テロップや字幕は、サイレント映画の時代からタイトルカードや登場人物の台詞などを伝えるための手段として用いられていた。それが短編映画から長編映画へと映画の段階が移行していくにつれて、様々なフォントが用いられたり、文字にアニメーションの動きを加えるキネティック・タイポグラフィーが登場するなど、表現の多様化が進んだ。
カラオケ映像のように楽曲の歌詞に連動してテロップ・字幕を表示させる試みは、実は1920年代から存在している。フライシャー兄弟は、映像に合わせて観客が一緒に歌える形式の映画「シング・アロング」を発明した。またそこに導入された「バウンシング・ボール」は、表示された歌詞の上をはねるボールによって、観客に次の歌詞を教える仕組みだった(細馬宏通『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか——アニメーションの表現史』新潮社、2013年、pp.161-165)。
バウンシング・ボール
ミルス・ブラザーズ『I Ain't Got Nobody』スクリーンソング(1932)
現在普及しているカラオケは、もともとは音声のみで、歌詞カードを見ながら歌うというものだった(中村朗『検証 日本ビデオソフト史』映像新聞社、1996年、pp.132-135)。その後、東映が1980年に「カラオケビデオ自動選曲システム」を開発し、音声と映像が一体となったカラオケソフトを販売した。東映以外の会社もそれに続き、東芝EMIが現在のカラオケのように楽曲の進行と同時に歌詞テロップが色づいていく形式を開発。そこに各社が追随したことで、歌詞テロップが色づいていく形式が主流になった。
カラオケ
DOTAMA × JOYSOUND『Sing together -カラオケ行こう!-』(2022)
テロップの合成は、フィルムの時代には専用の機材などを要したが、デジタル編集が可能になった現在では手軽に制作することができるため、プロ・アマ問わず、多くの映像作品に取り入れられている。リリックビデオと銘打ってはいないが、すべてのMVに映画字幕のようなかたちで歌詞を表示させているアーティストも多くいるし、先述したようにリリックビデオを専門に取り扱うYouTubeチャンネルも出てきている。さらにYouTubeには「自動字幕起こし機能」がついており、動画内の音声を自動的に文字化して表示できる上に、翻訳まで行ってくれる。〈テロップ/二重レイヤー〉の作品に関しては、MVとリリックビデオの境目は限りなく曖昧になってきているといえるかもしれない。
2-2. 歌詞テロップの位置
ここでは〈テロップ/二重レイヤー〉に該当する作品を、歌詞テロップの位置が固定されているか、不規則かで分類する。通常、映画字幕は画面下部に1〜2行で表示される。しかしリリックビデオでは、テロップおよび字幕の表示位置が決まっているわけではない。また常に一カ所に固定して表示されるとも限らず、楽曲の展開や映像に合わせて表示位置が不規則に変化することもある。
① 固定
まずは歌詞テロップの表示位置が固定されている作品を取り上げる。
シーア feat.ショーン・ポール『Cheap Thrills』(2016)は、歌詞テロップの位置が画面下部に固定されている。ダンスを踊る人々のモノクロ映像に画面下からスライドインするかたちで歌詞が表示される。このように画面下部にテロップが表示されると、やはり映画字幕が連想されるだろう。特に『Cheap Thrills』では、最後に映画のエンドクレジットのように出演者やスタッフの名前が表示されるなど、意識的に映画に寄せて作られているように見受けられる。映画字幕は視聴者にとって見慣れた形式のため、〈実写/単一レイヤー〉の作品よりも可読性が高いが、字幕の背後の映像が隠れて見えづらくなる欠点もある。
シーア feat.ショーン・ポール『Cheap Thrills』(2016)
ゼッド、アレッシア・カーラ『Stay』(2017)は、歌詞テロップの位置が画面中央に固定されている。歌詞テロップのフォントと色は全編を通してシンプルであり、様々な風景の実写映像を背景にしている。
ゼッド、アレッシア・カーラ『Stay』(2017)
back numberの『水平線』(2020)も同じく歌詞テロップが画面中央に固定されているが、歌詞の方向が縦書きになっている。これらの作品を、歌詞テロップが画面下部に表示される作品と比較すると、視線が集まりやすい画面中央に歌詞テロップが表示されているため、この映像の主題は歌詞である——楽曲先行型である——という印象を受ける。
back number『水平線』(2020)
アリアナ・グランデ『into you』(2017)では、アリアナが歌唱する映像を背景に、歌詞テロップが画面全体を覆うように表示される。『Subterranean Homesick Blues』について吉田雅史が述べていたのと同様に、アーティストの身体に対して注意が散漫な状態になる、大胆な楽曲先行型の作品である。
アリアナ・グランデ『into you』(2017)
② 不規則
続いて歌詞テロップの位置に規則性のない作品を取り上げる。
sora tob sakana『knock!knock!』(2019)では、アーティスト四名のダンスシーンをはじめとする様々なカットに歌詞テロップが挿入される。全編を通して歌詞テロップが表示される位置に規則性はなく——そもそも歌詞が表示されない箇所もある——次にどこに表示されるか予測できない。歌詞テロップが固定されている作品と比較すると、歌詞に視線が向くまでわずかに時間がかかるため、可読性には難があるが、構図に変化をつけて視聴者を飽きさせない工夫がある、映像先行型の作品といえる。
sora tob sakana『knock!knock!』(2019)
2-3. 歌詞テロップのフォント
歌詞テロップに用いられるフォントは、標準的な明朝体やサンセリフ体・ゴシック体だけではなく、手書き文字など様々なフォントが用いられてたり、縁取りやネオンなどの装飾が施されることもある。ここでは、歌詞テロップに使用されるフォントを、装飾的なフォントと機能的なフォントに分類し、それぞれが作品にもたらす効果を考察する。
① 装飾的
BiSH『STAR』(2021)では、BiSHのメンバー一人ずつが楽曲に合わせて歌う映像を背景に、そこに映る本人が手書きした歌詞テロップが画面下部に表示される。手書き文字は人それぞれ癖があるので若干の読みづらさがあるが、温かみが感じられ、また各メンバーの個性やメッセージ性を強く打ち出す効果があると考えられる。
BiSH『STAR』(2021)
ヘイリー・スタインフェルド、Grey『Starving ft. Zedd』(2016)では、ライブ映像やその舞台裏の映像などを背景に、縁取り文字や筆記体風の文字、丸みのあるポップな文字など様々なフォントを混在させた歌詞テロップが用いられている。『STAR』の手書き文字と同様に、歌詞を読むことにはあまり適していないが、画面に視覚的な華やかさやポップな印象を与える効果がある。
ヘイリー・スタインフェルド、Grey『Starving ft. Zedd』(2016)
② 機能的
ゼッド、アレッシア・カーラ『Stay』やチェインスモーカーズ『Roses』(2015)がここに当てはまる。両作の歌詞テロップには、サンセリフ体のように文字の太さが一定で、癖がなく見やすいフォントが用いられている。フォントもその色も全編を通して統一されているため、可読性は高いが、単調な印象も受ける。サンセリフ体や明朝体などの標準的なフォントは、楽曲先行型のリリックビデオに適している。
チェインスモーカーズ『Roses』(2015)
2-4. 歌詞テロップのアニメーション
ここでは、歌詞テロップに何らかのアニメーション——文字の動きや色調の変化、エフェクトなども含む——が加えられているか否かで分類を行う。
① アニメーション
コード・オーバーストリート『Hold On』(2017)の歌詞テロップは、徐々に濃くなって出現し、また薄くなって消えていく。フェードイン/アウトは多くのリリックビデオで採用されている手法である。変化が生じるのは歌詞テロップが画面に表示される瞬間と消える瞬間だけなので、比較的可読性が高く、楽曲先行型でも映像先行型でも用いられることがある。
コード・オーバーストリート『Hold On』(2017)
ザ・チェインスモーカーズ『Closer』(2016)では、風景や人物の映像を背景にして、楽曲に連動して歌詞テロップが移動し、フレームイン/アウトを繰り返すアニメーションが加えられている。sora tob sakana『knock!knock!』でも、歌詞テロップが表示されてから消えるまでの間に、表示位置が移動している。歌詞テロップに動きが加わることで、若干の読みにくさはあるものの、画面に華やかさがもたらされている。
ザ・チェインスモーカーズ『Closer』(2016)
カルヴィン・ハリス、サム・スミス『Promises』(2018)では、カラオケ風のアニメーションが採用されており、楽曲の進行と連動して画面下部に表示される歌詞に色がついていく。
カルヴィン・ハリス、サム・スミス『Promises』(2018)
他にもネクライトーキー『気になっていく』(2021)や、クリープハイプ『しょうもな』(2021)などで、カラオケのように色がついていく歌詞テロップが用いられている。
ネクライトーキー『気になっていく』(2021)
クリープハイプ『しょうもな』(2021)
こうしたカラオケ風の歌詞テロップは、楽曲先行型として、歌詞に注目を集めるのにもっとも有効な手法の一つである。ただし、リリックビデオを鑑賞しながら視聴者が歌うことを想定した、カラオケ本来の役割に近い作品だけではなく、カラオケ映像やカラオケ文化のパロディーとしての側面が強い作品もある。後者の場合は、歌詞に読ませるというより、いかにも「カラオケっぽい映像」として、視覚的な面白さを狙った映像先行型の作品といえる。
② スチル(静止画像)
アリアナ・グランデの『into you』や、X・アンバサダーズ『Renegades』(2015)は、歌詞テロップにアニメーションが加えられておらず、スチル(静止画像)として表示される作品である。『Renegades』では、街中をスケートボードで走る人物の映像を背景にして、歌詞テロップが画面中央に表示される。アニメーションが加えられている作品と比較すると物足りなさを感じることもあるが、可読性は高く、歌詞の内容に注目を集めることができる。
X・アンバサダーズ『Renegades』(2015)
2-5. 実写レイヤーと歌詞テロップの関係性
本章の冒頭で説明したように、〈テロップ/二重レイヤー〉は、背景となる実写フッテージのレイヤーと歌詞テロップのレイヤーが重ね合わせられている。二つのレイヤーにそれぞれ独立した動きをつけることもできるが、両者の間に有機的な絡みを持たせることで、視覚的な面白さや斬新さを狙った作品も存在する。
① 有機的
ジャスティン・ビーバー『Sorry』(2015)は、実写フッテージのレイヤーと歌詞テロップのレイヤーを有機的に絡ませた作品である。例えば長髪の女性がパソコンに文字を入力しているシーンでは、パソコン画面上に歌詞テロップが事後的に合成されている。また鏡に書かれた歌詞を拭いて消すシーンでも、実際には鏡に歌詞は書かれておらず、事後的に合成していると思われる。実写のレイヤーと歌詞テロップが綿密に連動し、あたかも同一の物語世界内にあるように見えるため、これを疑似的な〈実写/単一レイヤー〉と見做すこともできるだろう。
ジャスティン・ビーバー『Sorry』(2015)
テイラー・スウィフトの『long story short』(2020)もまた、実写のレイヤーと歌詞テロップが同一の物語世界内にあるように見える作品である。一見、開かれたノートの片方のページに歌詞が書かれているようだが、その歌詞がフェードイン/アウトすることで、事後的に合成されたものであることがわかる。ノートと文字という関係性の高いもの同士を用いることで、二つのレイヤーの有機的な絡みに説得力を持たせている。
テイラー・スウィフト『long story short』(2020)
情報技術を用いて現実世界に何らかの情報を配置する技術であるAR(拡張現実)を活用したリリックビデオも、この項目に分類することができるだろう。例えばHaru.Robinsonの『HOWL』(2019)は、ARを駆使し、アーティストの直筆の歌詞を「全長約300メートルに渡って原宿・表参道に浮かべた、iPhone撮影によるノーカット映像」である(Haru.Robinson『HOWL』YouTube概要欄)。カメラは、歌詞が浮かぶ空間を弾き語りをしながら歩くアーティストを追いかけていき、文字と文字の間を通り抜けるような演出もなされている。
Haru.Robinson『HOWL』(2019)
② 無機的
平井大『Stand by me, Stand by you.』(2020)は、背景となる実写映像の右に日本語の歌詞、画面の下に英訳された歌詞の二種類の歌詞テロップが表示されている。背景の実写映像と歌詞テロップの間に有機的な絡みはなく、それぞれが独立していることがわかる。前述の実写レイヤーと歌詞テロップの関係性「有機的」とは異なり、背景映像との間に有機的な絡みを持たせず文字を表示させることで、文字の読みやすさに長けている作品が多くみられる。ゼッド、アレッシア・カーラ『Stay』や、アリアナ・グランデ『into you』、X・アンバサダーズ『Renegades』がここに該当する。
平井大『Stand by me, Stand by you.』(2020)
2-6. 〈テロップ/二重レイヤー〉と映像先行型/楽曲先行型
ここまで見てきた分類を、映像先行型/楽曲先行型の観点から整理する。
〈テロップ/二重レイヤー〉に該当し、かつ映像先行型の作品では、歌詞テロップに装飾的なフォントを用いたり、位置や動きに変化をつけたり、背景となる実写レイヤーとの間に有機的な関係を持たせるなどの手法が用いられる傾向が確認できた。これらの手法を用いて制作された作品は、画面に華やかさや派手さがあり、視聴者を飽きさせないような演出になっている。一方で、歌詞テロップに動きを加えることによって、歌詞の可読性は低下し、視聴者が歌詞の内容を理解しようとすることの妨げとなってしまっている側面もある。
楽曲先行型の作品では、歌詞テロップのフォントは機能的・標準的なものを用い、表示位置は固定してなるべく動かさず、実写レイヤーと歌詞テロップをそれぞれ独立した関係で並置する傾向が確認できた。これらの手法を用いて制作された作品は、可読性が高く、歌詞の内容に視聴者の注目を集めることができるが、背後の映像に目が向きにくくなったり、映像としては構図が単調になる傾向がある。
また細かく見ていくと、例外的な特徴を持つ手法や作品も存在することがわかる。例えばカラオケ風の歌詞テロップを採用した作品は、歌詞テロップに色や動きをつけるなど映像先行型の特徴を備えているが、実際には、様々なリリックビデオの中でも特に歌詞を読ませる働きに特化した、楽曲先行型の作品であることが多い。
第3章 〈アニメーション/多重レイヤー〉
3-1. 〈アニメーション/多重レイヤー〉
〈アニメーション/多重レイヤー〉は、原則的に歌詞も含めてすべてのフッテージがアニメーションやCGで制作され、それら複数のレイヤーを重ね合わせるかたちで構成されている。実写のフッテージが部分的に用いられることも稀にあるが、作品の中心となるレイヤーに使用されることはない。また〈テロップ/二重レイヤー〉では歌詞テロップが実写映像よりも前面に表示されるのに対して、〈アニメーション/多重レイヤー〉では、必ずしも歌詞が最前面に表示されるとは限らない。文字のレイヤーの上に、さらに別のアニメーションのレイヤーが重ねられる作品も存在する。
〈テロップ/二重レイヤー〉がテロップや字幕をその前史とするのに対して、〈アニメーション/多重レイヤー〉は、CGやアニメーション、モーション・グラフィックスなど非実写の映像表現を前史とする。モーション・グラフィックスとは、一般には「文字や写真などの静止画像に、動きや音を加えて作る動くグラフィックス」であると説明される(「モーショングラフィックスデザイナーとは」IMAGICA DIGITALSCAPE)。研究者・アーティストのマイケル・ベタンコートによれば、モーション・グラフィックスは、音楽と抽象的イメージをいかにして結びつけるかを問うカラー・ミュージック(色彩音楽)や最初期の抽象映画を起源とする(マイケル・ベタンコート『モーション・グラフィックスの歴史——アヴァンギャルドからアメリカの産業へ』伊奈新祐 監訳、水野勝仁・西口直樹 訳、三元社、2019年、p.10)。その後、視覚音楽、タイトルデザイン、アニメーション放送デザインやモバイル・グラフィックスといった様々な実験や試行が20世紀末の数十年の間に収斂し、モーション・グラフィックスとして認定されるようになったという。動きのあるテロップや字幕もモーション・グラフィックスに含まれるため、モーション・グラフィックスは〈テロップ/二重レイヤー〉と〈アニメーション/多重レイヤー〉双方にまたがって使用されているといえるだろう。
〈アニメーション/多重レイヤー〉の先駆的なリリックビデオとしては、プリンス『Sign O' The Times』(1987)が挙げられる。シンプルかつカラフルな幾何学図形や記号、文字だけで全編が構成されたCGアニメーションで、楽曲に合わせて歌詞が表示されたり、リズムに合わせて画面が明滅したりする。フェードイン/アウトや拡大縮小、上下左右への移動、一度に表示される歌詞の単位の多様さ——一文字ずつ・一単語ずつ・フレーズごと——など、本稿で紹介する様々な歌詞表示の手法が、1987年の時点ですでに存分に活用されている。
プリンス『Sign O' The Times』(1987)
〈テロップ/二重レイヤー〉に分類されるリリックビデオには、ニコニコ動画の人気コンテンツの一つである「ボカロPV」が多く含まれる。ボカロPVとは、音声合成ソフトウェア「ボーカロイド」で制作した楽曲に映像をつけて、MVとして投稿された作品で、楽曲を制作したアーティスト自身が手掛けたものもあれば、楽曲のファンや視聴者が映像をつけて投稿した二次創作的なものもある。初期には一枚絵や、その絵に歌詞テロップをつけただけのものなどシンプルな作品が多かったが、その後、ニコニコ動画ユーザーによる二次創作の連鎖が続き(ばるぼら「ニコニコ動画と初音ミクが起こしたクリエイションの変革」『美術手帖』、株式会社美術出版社、2012年6月、pp.60-61)、趣向を凝らした高度なモーション・グラフィックスによるリリックビデオも数多く作られるようになった。ニコニコ動画という作品公開の場があることに加えて、Adobe After Effectsや無料で使用できるAviUtlなど、モーション・グラフィックス制作に適したソフトが手軽に使えるようになったことも、ボカロPVの隆盛を支えている。
After Effects
minmooba『文字にアニメーションをつける』(2023)
3-2. 文字の位置
〈アニメーション/多重レイヤー〉は、前章の〈テロップ/二重レイヤー〉とほぼ同じ分類項目を立てることができる。ただし〈アニメーション/多重レイヤー〉では歌詞の一文字ずつが独立した動きを見せる作品も多いため、「歌詞テロップ」という語の代わりに「文字」という語を使用する。まずは、歌詞の文字の表示位置が固定されているか不規則かで分類を行う。
① 固定
アヴィーチーの『Waiting For Love』(2015)は、犬と飼い主の絆を描いたアニメーションである。文字の表示位置は画面下部に固定されており、楽曲が進行するタイミングに合わせて一単語ずつ表示される。文字が埋もれて読めなくならないように、背景色に応じて茶色や白など文字色を切り替える工夫がなされている。以上のことから、歌詞の読みやすさや内容の理解を重視した楽曲先行型の作品といえる。
アヴィーチー『Waiting For Love』(2015)
松原みき『真夜中のドア〜stay with me』(2020)は、文字の表示位置が画面中央に固定されている。窓にもたれかかるように座っている人物とレコードを描いたアニメーションを背景に、画面中央右寄りに配置された文字が、フェードイン/アウトで表示される。背景のアニメーションは、人物が瞬きをする様子や、レコードが回転する様子など、一定の動きが繰り返される非常にシンプルなものである。歌詞を読むことや内容を理解することを妨げるような要素が少なく、これも楽曲先行型の作品といえる。
松原みき『真夜中のドア〜stay with me』(2020)
Official髭男dism の『バッドフォーミー』(2018)は縦画面向きに制作されており、歌詞も縦書きである。画面に表示されている歌詞は、楽曲の進行に合わせて右へ流れていく。そして、歌唱されているフレーズが画面中央に来ると、拡大・強調されている。文字に動きがついているものの、楽曲と歌詞が同期する際には画面中央に固定されるため、歌詞の読みやすさに長けた楽曲先行型の作品といえる。
Official髭男dism『バッドフォーミー』(2018)
② 不規則
コールドプレイ X BTS『My Universe』(2021)は、宇宙空間に文字やイラストが次々と浮かび上がってくる作品で、全編を通して、文字の表示位置に規則性はない。sora tob sakana『knock!knock!』と同様に、文字が表示される位置が不規則であることに加え、文字のアニメーションも複雑なため、文字を読むことは少々困難である。しかし、文字の位置が固定されている作品と比較すると視覚的な派手さがあり、視聴者を飽きさせない、華やかな画面になっている。
コールドプレイ X BTS『My Universe』(2021)
Juice=Juice『「ひとりで生きられそう」って それってねえ、褒めているの?』(2019)も『My Universe』と同様に、歌詞が表示される位置に規則性はない。同作において特徴的なのは、文字が窓から差し込んだ光によってできた影として表現されていたり、人物が見上げる空に浮かんでいたりと、アニメーションで描かれた物語世界に歌詞が溶け込むかのように存在していることである。歌詞の読みやすさよりも映像としての面白さを重視した映像先行型の作品といえる。
Juice=Juice『「ひとりで生きられそう」って それってねえ、褒めているの?』(2019)
3-3. 文字のフォント
ここからは文字のフォントに注目し、装飾的なフォントと機能的なフォントに分類して考察を進める。
① 装飾的
SixTONES『うやむや』(2021)には、人物のイラストとともに、ピンクのネオン文字や一画ずつ縁取りされたカラフルな文字など、様々なデザインの文字が次々と画面に表示される。場面の展開が早く、画面に表示される文字の切り替え速度も早いため、視覚的に華やかで派手な印象を受ける。歌詞の可読性はあまり高くなく、視覚的な面白さを重視した映像先行型の作品といえる。
SixTONES『うやむや』(2021)
Perfume『ハテナビト』(2022)は単語や漢字のもつ意味を反映させた特殊なフォントが使用されている。例えば「回」は渦巻いていたり、「雨」は雫が滴るようなデザインが施されており、SixTONES『うやむや』と同様に装飾的なフォントを使用した映像先行型の作品である。
Perfume『ハテナビト』(2022)
② 機能的
カンザキイオリ・初音ミク『命に嫌われている。』(2017)では、モノクロの背景に明朝体の黒い文字が一文字ずつ縦に表示される。フォントとその色のシンプルさに加え、楽曲に合わせてぽつぽつと歌詞が表示される演出からは、『うやむや』とは対照的に無機質な印象を受ける。文字に過度な装飾を加えず、視聴者に歌詞を読ませることで、楽曲に込められたメッセージを伝えることに重点を置いた楽曲先行型の作品と考えられる。
カンザキイオリ・初音ミク『命に嫌われている。』(2017)
3-3. 文字のアニメーション
ここでは、歌詞の文字に何らかのアニメーションが加えられているか否かで分類を行う。
① アニメーション
ウィー・ザ・キングス『Sad Song ft. Elena Coats』(2014)は、楽曲の進行に合わせて、罫線の入ったメモの上に手書き風の文字で歌詞が筆記されていく様子を描いたCGアニメーションである。文字の表示位置は固定されていないが、文字が筆記されていく様子を追うことができるため、可読性は高い。文字にアニメーションを加える作品は基本的に映像先行型であることが多いが、文字が書かれる様子を目で追うことができる手書き風アニメーションは、カラオケ風アニメーションと同様に、楽曲先行型の作品のために用いることもできる。
ウィー・ザ・キングス『Sad Song ft. Elena Coats』(2014)
Reol『第六感』(2020)では、サビのフレーズが一度表示されたのち、楽曲のリズムと同期して画面いっぱいに拡大されたり縮小されたりして、文字を強調するアニメーションが加えられている。「音の強弱やリズムに連動してオブジェクトを動かす[16]」オーディオビジュアライザーのように、音を視覚化して、映像との同期性を高めている映像先行型の作品である。
Reol『第六感』(2020)
② スチル
miu『smoke』(2020)では、窓辺に座る人物の髪や衣服、たばこの煙が風で揺れるアニメーションを背景にして、歌詞が画面中央に縦書きで表示される。背景のアニメーションがシンプルな動きであるのに加えて、歌詞も静止しているため、視覚的な派手さや華やかさはないが、可読性は高く歌詞の内容に意識を向けやすい楽曲先行型の作品である。
miu『smoke』(2020)
3-4. 一度に表示される歌詞の単位
リリックビデオにおいて、楽曲に合わせて歌詞が表示される際、一度に表示される単位が一文字ずつか、一単語ずつか、それともまとまったフレーズごとかによっても、視聴者が受ける印象は大きく異なる。ここでは、一文字・一単語ずつの表示、フレーズごとの表示、そして同一作品内で両者を使い分ける複合型の三つに分類して、考察を行う。
① 一文字・一単語ずつの表示
ブルーノ・マーズ『Talking To The Moon』(2020)では、楽曲に合わせて歌詞がアルファベット一文字ずつ表示される。またウィー・ザ・キングス『Sad Song ft. Elena Coats』でも、手書き風のアニメーションで一文字ずつ順番に文字が記されていく。
ブルーノ・マーズ『Talking To The Moon』(2020)
アバの『I Can Be That Woman』(2021)は一単語ずつ歌詞が表示される。前述の『Talking To The Moon』のように、映像と音楽の同期性が高い作品である。しかし、歌詞が画面中央に不規則な方向からフェードインするため、『Talking To The Moon』のように文字を目で追いながら読む作品とは性質が異なっている。また、単語のフォントの色や大きさを使い分けているところから、単語がもつ意味を強調し、歌詞の内容に意識を向けさせる効果があると考えられる。
アバ『I Can Be That Woman』(2021)
こうした一文字ずつ、あるいは一単語ずつの表示は、楽曲先行型として歌詞に意識を向けるのにも有効だが、楽曲の進行と文字の表示が細かく紐づけられているため、映像と音楽の同期が伝わりやすい特徴もあり、映像先行型として活用することもできる。
② フレーズごとの表示
すでに紹介した作品では、松原みき『真夜中のドア〜stay with me』、miu『smoke』、Juice=Juice『「ひとりで生きられそう」って それってねえ、褒めているの?』がこれに該当し、楽曲の歌詞がまとまったフレーズごとに表示される。赤い公園『夜の公園』(2020)では、挿絵付きの小説の頁が映し出され、楽曲に合わせて歌詞のフレーズが一行ずつ表示される。
赤い公園『夜の公園』(2020)
フレーズごとの表示は、一文字・単語ずつの表示と比較すると、映像と音楽の同期性という点では劣るが、文字の読みやすさや歌詞の内容の理解のしやすさという点では優っている。
③ 複合型
すでに紹介した作品では、プリンス『Sign O' The Times』やReol『第六感』がここに該当する。また高橋優『CANDY』(2013)にも、歌詞を一文字ずつ表示するシーンと、フレーズごとに表示するシーンの両方が存在する。
高橋優『CANDY』(2013)
『CANDY』では、「回そう」というフレーズの中で「回」の文字を90度回転させたり、まるで傘を広げるように「傘」の文字を拡大させるなど、それぞれの単語に応じたアニメーションを加えることで、映像と音楽の同期と、文字の読みやすさや理解のしやすさの両立が図られている。楽曲に連動して映像にも緩急をつけるために、あえてアニメーションを加えず、文字を淡々と表示させる箇所もある。楽曲の導入やサビ前ではフレーズごとの表示にして動きを減らし、サビでは一文字ずつ・一単語ずつの表示にして映像の動きにメリハリをつける手法は、複合型の作品の多くで採用されている。
3-4. 〈アニメーション/多重レイヤー〉と映像先行型/楽曲先行型
ここまで見てきた分類を、映像先行型/楽曲先行型の観点から整理する。
〈アニメーション/多重レイヤー〉に該当し、かつ楽曲先行型の作品では、文字のフォントは機能的・標準的なものを用い、表示位置は固定してなるべく動かさない傾向が確認できた。中には背景のアニメーションも含め、映像を構成している文字以外の要素にほとんど動きがなく、自然と歌詞に注目が集まるような作品も存在する。
映像先行型の作品では、文字に装飾的なフォントを用いたり、表示位置や動きに変化をつける手法が用いられる傾向が確認できた。音の強弱やリズムに合わせて細かく文字を動かし、映像と音楽の同期性を高め、それぞれの単語の意味や存在を強調する手法も多用されている。
歌詞が一度に表示される単位については、一文字・一単語ずつであれ、フレーズごとであれ、楽曲先行型と映像先行型どちらの作品にも活用することが可能であるが、相対的に見ると、一文字・一単語ずつの表示は、映像と音楽の同期が伝わりやすいため、映像先行型の作品に適している。フレーズごとの表示は、文字の読みやすさや歌詞の内容の理解のしやすさという点で優れているため、楽曲先行型の作品に適しているとまとめることができる。