自己物語探究の旅(7)
「素晴らしい五月に」とシューマンが謳った季節が終わります。旧連載(「音楽・平和・学び合い」5)で引用した「詩人の恋」冒頭のテキストは、ハイネによるこんな詩です。
(以下引用)
♪第1曲「素晴らしい五月に」Im wunderschönen Monat Mai
素晴らしい五月に 花の蕾がみな開いたとき 私の心にも愛の花が咲いた
素晴らしい五月に 鳥たちがみな歌ったとき 私は焦がれる想いと願いを
あの人に告げたのだ
(引用以上)
北海道の五月を彩る花は桜からライラックへ移り、初夏というには肌寒い日々が続きました。当地札幌は、渡辺淳一さんの小説(1971)で「リラ冷えの街」として知られる場所でもあります。この作品が北海道新聞(道新)に連載されていたのは出版の前年、ちょうど私が生まれた年(1970)のことです。実家は道新を購読していましたから、読書好きだった祖母(2009年93歳で逝去)はきっと愛読していたのではと推察します。当方は渡辺氏の熱心な読者ではなく、むしろ氏が描く愛憎の世界に違和感を抱くタイプの人間なのですが、シューマンがハイネに重ねて描いた詩情(終曲では恋人への想いを大きな棺桶に葬ります)に、渡辺氏が描いた冬季オリンピック直前の札幌を重ねると、東京オリンピックを二年後に控えた現代の世相が浮かび上がってくるようにも感じます。
本稿の本旨はこうした文芸批評にはありません。話題を変えて、今月体験した勤務校でのエピソードを紹介しましょう。当方は現在中学校の二学年に所属しています。学習指導要領の特別活動には「旅行・集団宿泊的行事」が位置付けられており、多くの学校では2年次に「宿泊学習」を実施します。
当方は23年のキャリアにおいて二学年所属が最も多く、今回(5/28-29)が11回目の宿泊です。北海道内の様々な場所に赴きましたが、今年は北海道の中心に位置する富良野・美瑛~旭川を辿るコースです。初日のメインは倉本聰氏が創設に係わった「ふらの演劇工房」でのコミュニケーションワークショップで、夜は「国立大雪青少年交流の家」に宿泊して、キャンドルサービスを行います。
3クラス百名程の小さな学年ですが、所属集団の一体感を高めるために学年合唱の取り組みを行っています。選んだのはアテネオリンピックのテーマソングであった、ゆずの「栄光への架橋」。2月の連載(4)で言及した叔父との最期の出会いとなったいとこの結婚式で、奥様に贈る曲として新郎の学くんがピアノを弾いた楽曲でもあります。叔父や自身の人生に重ねて、深く心に響くテキストをもつ作品です。中でも二番の歌詞に心が震えます。(以下引用)
♪(前略)もう駄目だとすべてが嫌になって逃げ出そうとした時も
想い出せばこうしてたくさんの支えの中で歩いてきた
悲しみや苦しみの先に それぞれの光がある
さあ行こう 振り返らず走り出せばいい 希望に満ちた空へ…
(引用以上)
本連載のコンセプトをそのまま表現しているような歌詞で、歌う度に心が動き、泪が出そうになります。自己物語探究Self-narrative Inquiryなどと構えて常に自己を振り返り、約一年前現任校の着任式の壇上にて、校歌の「わが行く道は遠けれど」を聴いて号泣した私にとって、冒頭の「誰にも見せない泪」は最も縁遠いものです。数年前から緊張すると弱視でほとんど見えない右目の涙腺が緩んで、意味もなく泣いてしまう症状に悩む者としては、先日も担当初任者との対話中に涙があふれ、気恥かしい想いをしたのでした。
この3月、友人である鳥取の小学校教員(木原一彰氏:鳥取県道徳教育エキスパート教員、日本道徳教育学会所属)が、私の出身地(空知)の教育局に招かれ道徳科の師範授業をした際、氏との縁を紡いでくださった村山紀昭先生(北海道教育大学元学長)と三人での懇親の席で村山先生が私に語って下さったのは、上記の歌詞に重なる「振り返らず走り出せばいい」ということでした。曰く「もう充分悩み苦しんだのだから、もういいんだ。あとは臨床教育学徒としての道を進むのみ、それがいい」。先生は75歳になった今も在野で現役の哲学徒として、来し方を振り返りつつ西洋文明の原点に回帰し、お住まい近くの教会で聖書学習会に参加しておられるとのこと。中教審委員として「学び続ける教師像」を打ち出し、常に「自己物語探究」し続ける先達の姿に身が引き締まる思いです。木原さんと初めて顔を合わせた二年前に頂いた村山先生の私信を紹介します。
(以下引用)
2016.8.28
(前略)木原さん、やはりなかなかなひとでしたね。実践に溺れず、学の視点からきちんとクリティカルシンキングができる方と見ました。それにしても、研究者と実践家との発想の乖離は深刻です。もう10歳若ければ、このミゾを埋める仕事に邁進するだろうなどといつも思います。教育学研究の場でも実践研究の場でも、あまりにも本質的な議論が弱いこと、ともすれば「良かった良かった」の仲間誉めに終わりがちなこと、情けないです。ぼくのヘーゲルに関する修論のテーマは、「批判的-創造的思考」でした。批判的であることは創造的であることにつながらなければならず、創造的であるためには批判的でなければならないと。
こうした批判的創造的思考をベースに置かないでいて、仲間内だけで良かった感動した、と終わるのは、オリンピックについてのメディアの作られた「感動物語」に埋没するのと同じことです。これではファシズムを否定する根拠がありませんね。
教育人間塾で播かれた小さな小さな種は、こうした一切の付和雷同、惰性、作られた感動と無縁なものだとつくづく思います。もうぼくには力はありませんが。いずれまた。とにかくきのうはご苦労様でした。 村山
(引用以上)
私も「批判的-創造的思考Critical-Creative Thinking」を自らに課しつつ、旧連載(8)で紹介した村山先生の「『喪失』と『希望』に橋を架ける『想像力』」を心に刻んで、着実に歩みを進めたいと想いを新たにする機会となりました。上掲の旧連載(5)で紹介した震災チャリティーイベント(2011.5.21)から7年。今回はその縁が紡いだ当方所属のNPO法人「みみをすますプロジェクト」での実践を紹介します。今年1月9・10両日に行われた学習支援企画(元気塾ユニオンハート)を、理事長のみかみめぐるさんがHP http://mimisuma-sapporo.com/ で報告した内容です。
(以下引用)
冬休み『第10回元気塾ユニオンハート』 テーマソング完成!
今回の元気塾では2日目のお楽しみタイムにスペシャル企画がありました。みみすまスタッフの笹木先生(中学校音楽教師)が音楽表現の大好きな高校生の2人に声をかけ、それぞれがギターやベースを持参。まず最初に高3のY君が作曲した「Passion of the Twilight」という曲をY君と笹木先生が演奏。
次は10回目を記念して、なんと元気塾のテーマソングをみんなで創るということにチャレンジしました。笹木先生は1日目に元気塾のイメージの作詞を子ども達に頼んでいましたが、素敵な作詞をしてくれた子達がいて、札教組本部のM先生にもギターでお手伝いいただきながら、その詞にメロディーをつけていくという作曲の世界を体験しながら元気塾のテーマソングをみんなで完成させました。
次は高3のY君、高1のHさん、笹木先生、M先生の4人でビートルズの「Let It Be」を演奏。ほとんどぶっつけ本番ではありましたが、4人はとても素敵な演奏を行ってくれました。
そしてラストは春からアメリカ留学となるHさんに対して笹木先生がサイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」の演奏をプレゼント。今回で高校生の2人は元気塾とはしばしお別れとなるのですが、そんな2人との思い出づくりにと笹木先生が考えたスペシャル企画でした。2人と付き合いが長い中学生達はギターやベース、キーボードを演奏するお兄さんやお姉さんの姿にうっとり。
お陰様で感動的なテーマソングも誕生し、10回目となる元気塾はみんなにとって心に響く素晴らしい思い出になりました。
元気塾テーマソング『みみすま元気 ♪♪』
作詞:第10回元気塾参加者 作曲:笹木陽一
(元気塾といえば?)
♪いつも元気に勉強 みんなで一緒に弁当(おいしいー!)
みんなで楽しく仲良く 元気に勉強するのさ
普段できないことを ここではできる
何でもみんなで 仲良く楽しくできる
暑い暑い夏だって 寒い寒い冬だって こんな場所が待っている
みみをすまして あったか優しい 元気塾
(引用以上)
最後に、明日の宿泊学習での合唱が未来への「架橋」となることを願って、当方の生年に発表されたサイモン&ガーファンクルの名曲につけた上述の訳詩を紹介します。いつもながらの長文・駄文にお付き合いいただいたことを感謝いたします。また来月もご笑覧ください。
(以下引用)
明日にかける橋(Bridge Over Troubled Water) 訳詞:笹木陽一
When you're weary, feeling small 君が つかれ
When tears are in your eyes, 涙を 流す
I will dry them all そんな時
I'm on your side いつでも
When times get rough そばにいるよ
And friends just can't be found ひとりきりで
Like a bridge over troubled water つらい時には いつも
I will lay me down ささえるよ
Like a bridge over troubled water 苦しい時は いつでも
I will lay me down そばにいる
When you're down and out おちこんで
When you're on the street さまよい
When evening falls so hard さみしい夜を
I will comfort you 過ごす時
I'll take your part 暗闇が
When darkness comes ぼくらをつつむ
And pain is all around それでも きっと
Like a bridge over troubled water 光が ここにある
I will lay me down いつの日も
Like a bridge over troubled water 明日にかける この橋
I will lay me down 忘れずに
(中略)
Like a bridge over troubled water みみを すませば きっと
I will ease your mind きこえるよ
Like a bridge over troubled water なかまとのきずな
I will ease your mind わすれないで
参考資料:アーサー・コーマー編「シューマンの歌曲集 詩人の恋」
東海大学出版局(1980)渡辺淳一「リラ冷えの街」新潮文庫(1971)
笹木陽一「音楽・平和・学び合い(5)」(2011)
http://archive.mag2.com/0000027395/20110531001740000.html
〃 「音楽・平和・学び合い(8)」(2011)
http://archive.mag2.com/0000027395/20110927235640000.html
〃 「自己物語探究の旅(4)」(2018)
http://archives.mag2.com/0000027395/20180228215933000.html
〃 「『合唱』の意義を考える~自身の実践を振り返ることを通して」
栄南中学校第3回校内研修会資料(2016)「ふらの演劇工房」HP http://www.furano.ne.jp/engeki/
「国立大雪青少年交流の家」HP https://taisetsu.niye.go.jp/
木原一彰・吉田誠
「道徳科初めての授業づくり‐ねらいの8類型による分析と探究‐」
大学教育出版(2018)中央教育審議会答申
「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について」
(2012)NPO法人「みみをすますプロジェクト」元気塾・スキースクール感想文集
(2018)http://mimisuma-apporo.com/2018%E5%85%83%E6%B0%97%E5%A1%BE%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E6%84%9F%E6%83%B3%E6%96%87%E9%9B%86/
ゆ ず 「栄光への架橋」(2004)
サイモン&ガーファンクル「明日にかける橋 Bridge Over Troubled Water」
(1970)