【小説】スノードームと灰色猫の冒険(3)
🐈 第3話 ショコラ 🐈
真っ白なドラゴンに乗って4人と1匹が西の海岸まで来ると、波打ち際に白い灰で覆われた白いクジラが横たわっていた。メアリはクジラの実物を見るのも初めてだったが、それが白いクジラであることにも驚き、その大きさと圧倒的な存在感、さらに打ち上げられて弱っている姿を見て胸が張り裂けそうになっていた。おじいさんはそんなメアリを気遣い、
「メアリ、大丈夫じゃよ、女王は魔法が使えるでの。クジラは大丈夫じゃ」
「そう、私は回復魔法が得意なの。安心してメアリ」
「メアリ様、わたくしも回復魔法専門ですよ。オリバーと申します」
女王はそう言うとメアリにウインクしてみせた。メアリはこぼれそうな涙をこらえ黙って頷いた。先ほど急ぎ城を出る前に、灰色猫と共に集まった回復魔法師の長であるオリバーも同行する事になったのだった。
4人と1匹は真っ白なドラゴンから降り、白いクジラの元へと近づいた。
女王が白いクジラの頭に手を当て目を瞑ると交信をしているようだ。
「わかりました。あなたはオリバーに回復させますから、このまま少し眠りなさい」
「オリバー、キラキラを使い切っても構わないから、この子をお願い」
「はい、女王。万が一に備えて応援を呼んでいただけると助かります」
「そうね。他のクジラ達も弱っているそうだから手配しましょう」
女王が白いクジラとオリバーに向かって、シールドの魔法を唱えるとその周りが柔らかな光に包まれた。オリバーは女王に一礼するとバッグからキラキラの結晶を取り出し詠唱を始めた。それを見て女王は振り返り、メアリの前まで来てしゃがみこむと目線を合わせメアリの手を取った。
「さぁ、しばらくここは安全です。さて、メアリは城へもどりなさい」
「え?私だけ、、ですか?」
「ええ、城でお願いしたい事があるの。あなたにしか出来ない事よ」
「おじいちゃんや猫ちゃんは?」
「彼らには別の場所で仕事してもらいます。それぞれふさわしい所でね」
「メアリ、お願いできますか?」
女王は優しい声でメアリの目を見つめて言った。
「はい、女王様。私できます」
「ありがとうメアリ、ではリアナ、城までメアリをお願いしますね」
「おまかせください、女王」
メアリが真っ白なドラゴンに乗って飛び立つと、女王、おじいさん、灰色猫は手と尻尾を振って見送った。
「ねぇねぇ、リアナさん、私がお城でする事って何か知ってる?」
「私は聞いていませんが、多分、リチャードが知っていると思います」
「リチャード?」
「女王の側近で、赤い服を着た長い髪の方です」
「あ、クジラさんの事知らせに来た人?」
「きっとそうです。リチャードは女王の事ならなんでもわかる方です」
「なんでも?」
「少なくとも私はそう思ってます」
<女王様がママなのか知ってるのかな、、>
メアリは、ママだとしたらなぜ言ってくれないのか、おじいさんも何も教えてくれないし、ママに似てるだけなのかなとぼんやりと考えた。
「まったくもう!女王はなんであんな子を!私が一緒に行けなかったじゃない!どうしてくれようかしらあの子!」
城ではリチャードがイライラしながら資料部屋を歩き回っているとドアがノックされた。
「リチャード様、メアリ様がお着きになりました」
「はぁ!?メアリ様ですって?他の皆はどうしたの?」
「メアリ様だけでございます。リチャード様にお会いしたいと、、」
「あの子、、メアリ様が私に?どういうことかしら?」
「私にはわかりかねますが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「しかたないわね。通してちょうだい」
リチャードは、むすっとしながら一度後ろを向き、無理やり口角を上げ、
「リチャード、私は女王の一番なのよ、笑顔よ笑顔」
そこへ、メアリが従者に案内され入ってきた。
「あの、こんにちは。リチャードさんですか?メアリと申します」
「あら!こんにちは!メアリ様ね!まぁー!なんて可愛らしい方なのかしら!私がリチャードよ。なにかしら?」
「女王様が、お城で私にする事があるから戻りなさいって。それで私、何をすればいいのかわからなくてリアナさんに聞いたんです。リアナさんはリチャードさんなら知ってると教えてくれたんです」
「ふーん?私は何も聞いてないのだけれど?何かしらね?」
「えっ?そうなんですか?私にしかできない事って言ってました」
リチャードはニヤリと笑うと両手を広げて部屋を見渡しながら、
「もしかしてこの部屋の片づけかしらね?あらー、無理よねー?こんなに広い部屋だもの、あなたみたいな小さい子には無理無理。困ったわねー」
リチャードは横目でメアリをチラリと見やるとクスッと笑った。
「わぁ!それならできます!私さっきこの部屋に入った時、探検したくてたまらなかったんです!あの大きな袋とかとっても気になってたんです!」
「え、あらそう?良かったわね、、この部屋には貴重な品もあるから壊したりしないでよね。私が女王に叱られちゃう」
「はい!気を付けます!リアナさんが、リチャードさんは女王様の事ならなんでもわかるって言ってたんです!本当なんですね!」
「あら!そうなの?そうなのよーー!女王の事ならなんでも聞いて?」
リチャードは自分が女王に詳しいと聞いたとたん上機嫌になった。
「はい!それでリチャードさん、どこから片付ければいいですか?」
「んー、そうね、最近運ばれてきたこの箱なんてどうかしら?私もまだ中を見ていないのよね」
リチャードが机の横に置かれた大きい箱の前で荷札を確認している。メアリも傍に行き荷札を見てみると、何やら怪しげな文字が書かれている。
「おかしいわね。どこからの荷物かしら。メアリ様、読めます?」
「メアリでいいですよ。んーと、、見たことない文字です」
「私もリチャードって呼んでちょうだい。待ってて誰か呼んでくるわね」
「ちょっといい?文字に詳しい人いないかしら?読めなくて困ってるの」
リチャードは部屋の外の従者に告げるとそのままどこかへ行ってしまった。
メアリは荷札の隅々まで見ると裏返してみた。裏にはうっすらと何か繊維のような物がまだらについている。メアリがそっと指でなぞるとザラザラとした感触がなんとも気持ち悪い。とっさにメアリは指を服の裾ではらった。
<なんだか良くない感じ、、この箱は開けないほうがよさそう>
メアリが立ち上がって部屋の入り口へ向かっていると、箱がカタカタと揺れ始めた。メアリは走り出しドアを開けようとすると、ちょうどリチャードが戻ってきてドアを自分の方に引いたため、転びそうになってリチャードにぶつかった。箱の揺れはさらに大きくなり、メアリは叫んだ。
「ドアを閉めて!!」
リチャードが驚いてドアを閉めると、部屋の中からガタガタと音が聞こえてくる。だんだんと音がドアに近づいている様子だ。近くにいた従者達も集まってきた。従者達はドアの鍵を外からかけると通路に並べてある植木鉢を移動させドアの前に置いていった。
「何?なんなの!?」
「さっきの箱が動き出したんです!中に何かいるみたい!」
「なんですって!?誰か!騎士隊を呼んでちょうだい!魔法隊も!」
城内は一気に騒然とし緊張に包まれた。
「読めない文字とは、どんな文字でありましたか?」
「はいっ?あらあら長老様!今それどころではないんですの。ここは危険ですから退避なさってください」
「あの音、もしや漆黒の御仁では、、こんな文字ではなかったか?」
長老は古びた革表紙の厚い本を開き、二人に見せた。
「これ!これですわ!あの箱の荷札の文字と同じです長老様!」
「それと、紙の裏にザラッとした何かがついてました」
「!、、もしや、、触ったと申されるか?なんともないと!?」
「指についたから服でさっと拭きました」
「なんと、、指を、見せてはくれまいか」
メアリは長老の前に手を差し出した。長老は右手をヒラヒラと振りながらメアリの指に向かって呪文を唱えた。すると指にまだらの黒い模様が現れた。
「キャー!なにこれ!?怖い!」
「やだメアリ!なんてこと、、!」
「やはり、、これは漆黒の御仁に違いない。大丈夫、今消しましょう」
長老がまた呪文を唱えるとメアリの指の模様は消えた。部屋からの音はさらに大きくなり、集まった騎士隊や魔法隊がドアの前に陣取った。長老は服の中からキラキラの結晶を取り出すと、自分の額に当て長い長い呪文を唱え始めた。リチャードはメアリを守るように抱きしめた。
資料部屋の中から音が聞こえなくなり城内が静けさに包まれた瞬間、ドアが、ビシリ!と大きな音を立てヒビ割れると粉々になり砕け落ちていく。と、同時に魔法隊がシールド魔法と捕獲魔法をかけ、騎士隊は構えた槍で粉塵の中から現れた真っ黒な何かに向けて一斉攻撃をした。長老は詠唱が終わると額に当てていたキラキラの結晶を頭上に掲げ、真っ黒な何かに向かって腕を振り下ろした。すると真っ黒な何かは「ぎゃうぅぅうぅ、、」とうめきながら小さくなっていき床に転がって動かなくなった。辺りがしんとする中、カラン、と砕けたドアの欠片が落ちる音だけが響いた。
「倒したの?どうなの?ねえ?」
静けさにリチャードがたまらず声を出した。長老が転がった何かに近づきゆらゆらと手を振りかざして呪文を唱えると真っ黒な何かが起き上がった。
「ニャー」
一同はあっけに取られたが、ひとりふたりと笑い出すと皆が笑いの渦に巻かれた。長老は真っ黒な猫にまた別の呪文を唱えた。そして真っ黒な猫の首根っこを掴むと、
「猫よ。お前は誰か」
「ショコラトルテ。漆黒の御仁、使い」
「ではショコラよ、何故、箱に入っていたのか」
「女王、御仁の元、連れてく」
「ショコラよ、御仁はどこにいるのか」
「御仁、御仁は、御仁、、わからにゃい」
「ショコラよ、ではお前はどこから来たのか」
「箱の前、北、渓谷、洞窟」
「ショコラよ、そこに御仁はいたか」
「いた、箱閉まる前、消えた」
「ショコラよ、死か、我の下僕か選べ」
「死にたくにゃい!」
長老が真っ黒な猫に呪文をかけると、真っ黒な猫の首にキラキラした飾りのついた首輪がついた。
<あれ?猫ちゃんの首輪の飾りに似てる、、>
「あの大きな箱にこんな可愛い猫が入っていたなんて、それにしても小さくなる前は大きかったように見えたのですけど、、?」
「元は大きな猫か化け物だったのでしょうな。魔法で小さくはなりましたが、首輪を外すと元に戻るやもしれません、気を付けなされ」
「封印、て事かしら?猫が自分で外したりしません?」
「自分で外すと死ぬのですよ。猫もそこまで馬鹿ではないでしょう」
「そうなんですのね。それにしても綺麗な飾りね、、ひゃあっ!?」
リチャードがショコラの首輪の飾りに触れると、大きな黒い豹のようなものが歪んで揺れている幻影が見えた。
「ほっほっほっ、それに触ると元の姿が見えるというわけです」
「やだー長老様ったら、早く言ってください!驚きましたわ」
「リチャード、何が見えたの?」
「メアリは見ないほうがいいわ。とっても怖い大きな猫よ」
「大きな猫」
<猫ちゃんも本当は大きな猫?触ろうとしたら怒ったよね>
「さて、私は例の荷札を調べましょう。どこにありますかな」
「長老様、こちらですわ。足元にお気をつけくださいね」
メアリが二人についていくとショコラもついてきた。資料部屋の前では皆が片付けを始めている。ドアはほとんど粉々に砕けていた。リチャードが壊れた箱を見つけたが、荷札は衝撃で飛ばされたのか見当たらない。ショコラは部屋をキョロキョロした後タタッと走り出し、止まると前足でペシペシと何かを叩いてる。メアリがショコラのそばにいくとショコラは、
「ここ、御仁」
「さっきの荷札?」
「メアリ殿!待ちなされ!」
手を伸ばしたメアリを制止すると長老は荷札に呪文をかけた。荷札はふわっと浮かび上がり、クルクルと回りながら暗く明るく点滅しながら光りを放った。長老がメアリに下がるように手で合図し長老も後ずさりした。荷札は回転を止めると閃光を放って一瞬燃え上がり跡形もなく消えた。
「御仁、消えた」
「え?荷札が御仁なの?どういうことかしら?」
「御仁が自分の一部を荷札につけていたんでしょうな」
「じゃあ、あのザラザラしたのが?」
「メアリ殿、ほかに触れた所はありませぬか」
「えっと、、あっ、ここです服の裾」
長老が手をひらひらとかざし呪文を唱えるとメアリの服に黒いまだら模様が浮き上がった。また別の呪文をかけると模様は消えた。
「うーむ、、ここまでの一部始終、御仁に知られているやもしれません」
「やだ長老様、、どういうことなんですの?」
「漆黒の御仁というのは、己の髪の毛1本ほどあれば、己から遠く離れた場所でも近くにあるかのように感じる事ができる。と聞いております」
「でしたら長老様、このショコラは御仁とは繋がっていますの?」
「封印を解けば、繋がるやもしれませんな。ほっほっほ」
長老はそう言いながら、嬉しそうにショコラをモフモフした。ショコラは「ミギャァー!」と叫ぶと素早くメアリの後ろに隠れた。
「長老様、灰が沢山なのはその御仁のせいなんですか?」
「メアリ殿、灰の話をご存じであったか。原因は定かではありませぬが、この様子ですと御仁が動いている事は確かでしょう」
その時、ゴーン、ゴーンとお昼の12時を告げる鐘が鳴り響いた。
◇◇◇ 第4話へ続く
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