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掌編小説004(お題:鳴かないカラス)
その昔、世界から「カ」が消失するというとても不可思議な事件が起きた。
原因は今なお解明されていないが、この事件は殊にカラスたちを困らせた。なにせ「カァ」と鳴けないのである。コミュニケーションの術を失ったカラスたちの世界は一時混沌を極めた。諍いの絶えない荒廃した時代だった。
あるとき、この事態を見かねた数羽のカラスたちが小さな隊を結成し、消失した「カ」の捜索をはじめた。
時代に乗じて好き勝手する無法者に説得を試みて襲われた者。人間の生活圏での捜索中に捕らわれ、駆除された者。そうでなくとも厳しい旅の途中で力尽き、志半ばで命を落とした者。――最初こそ小さな隊であったが、失われた命の数だけ、いや、それ以上に決意を秘めた有志は増えてゆき、「カ」の捜索にはカラスたちの多大な尽力があったと伝えられている。
そして幾年かののち、ようやく、隊は忘れ去られたすべてのものたちが静かにねむる暗黒の地で「カ」を見つけた。長きにわたる旅の末に「カ」を取り戻したカラスたちが最初に発した「カァ」という鳴き声は、この混沌の時代を生きたすべてのカラスたちへ向けた祈りの声であったという。
旅を終えてそれぞれの安息の地へと戻ったカラスたちは、皆全身を美しい漆黒に塗りつぶされていた。そう、元来カラスとは輝かしい純白の羽を持っていたのだ。のちに彼らの変異は暗黒の地を捜索するあいだに闇に身体を蝕まれたことが原因だと判明した。漆黒をまとったカラスたちはしかし、一様に誇らしげであった。
あれから気が遠くなるほどの時が経ち、勇敢な同志たちの栄光を称え、カラスは今なおどの個体も美しい漆黒をまとった姿で「カァ」とその鳴き声を空に響かせている。