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掌編小説307 - 頭隠して口隠さずの巻

数年前にウイルスが流行ってからというもの、この国もすっかりマスク文化というものが定着しましたね。

マスクは偉大な発明ですよ。我々にとってすこぶる都合がいい。口元を見られなくて済みますからね。……なぜってお嬢さん、人は嘘をつくとき、心理的に口元を隠したがるものなのですよ。

ゆえに我々がこのマスク文化の中で本当に注意しなければならないのは、マスクの下がどうなっているのかを観察し、想像することです。たとえばその口は裂けていないか。牙が生えていないか。彼らに手洗いうがいは効きませんからね。

おや、「いない」とどうして言い切れるのでしょう。あなたはこのパンデミックを予想できましたか? できなかったでしょう。あなたのような楽観主義者こそ彼らにとって格好の餌なのです。私が吸血鬼だったら今ごろ――。

なんてね。

冗談ですよ。しかし私がごくごく普通の人間だったからよかったものの、ゆめゆめ忘れることなかれ。この偉大な発明のおかげで、我々は皆、嘘をつくのが巧くなってしまったのですから。

――え、耳が見えてる?

これは失敬。危うくあなたを食べてしまうところでした。どうしてそんなに耳が大きいの、なんて言われようものならね。

ところで、あなたもマスクから口角がはみだしていますよ。

ええ、とってもきれいです。

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