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ある日突然大腸ガンになってからの徒然日記vol.6


突然のガン告知から大学病院での1回目の手術、その後の抗がん剤治療、さらに自分のガンのまさかの特性。そして現実を突き付けられた会社の対応等、同じ様にガンで頑張ってる人や、同じ様に普段健康であまり自分の身体のメンテナンスをしない方へ少しでも励みや参考になって貰えればと思って素人の大腸ガンサバイバーが書いてます。
月1程度で今までの奮闘日記を残して行こうと思ってますのでよろしくお願いします


《退院そして抗がん剤治療》

2021年3月中旬
年末のガン発覚から手術に人工肛門と怒涛の3ヶ月ちょい...

入院も2週間が経つ頃にはストマ装具の交換や排便など看護師さんの指導と協力の元すっかり自分で出来る様になったタイミングで退院の運びに。

退院の前に【ストマ外来】なる人工肛門専門外来の予約と、消化器外科の外来予約。

そしてこれからがガンとの戦いなんだなぁって実感と共にちょっと「ドキッ」っとする【腫瘍内科】という単語

要は抗がん剤治療の診療科の予約。

【抗がん剤】【化学療法】

今まで芸能人や著名人のニュース等でガンの治療として見聞きしてきた事が、まさかこれから自分もその当事者として治療を受ける事になるなんて思いもよらなかった....

なんの知識も無い自分は副作用で髪が抜けるとかそういうマイナスな副作用のイメージしか持ってなくて「髪抜けるのやだなぁ」って1番最初に思ったのはハッキリと覚えてます。

しかし2週間近くも入院しててその間ちゃんと栄養計算されたありがたい(?笑)病院の食事で不足(?)したカロリー補給の為にカロリー高め、味濃いめの肉料理を退位祝いという大義名分で家族にご馳走してもらおう(笑)

「退院したからって調子に乗るとお腹壊すよ」

なんて苦言を呈されながらも無事にジャンキーなお食事を補給完了(笑)
そのまま夜は2週間ぶりのマイベッド。
やっぱり自分の寝具は寝心地いいもので、久々の爆睡。

退院してから3日後、早速腫瘍内科の外来予約の日
嫁と一緒に今後どうなるのか不安と興味で病院へ...

自分の通院している病院は大きいけど建物はかなり古い病院なので色々な所で古さを感じるのだけど、人生で初めて通った腫瘍内科って科はなにか雰囲気が違う...

腫瘍内科だけリフォームしたての綺麗さみたいな感じで壁に写真とか絵画とか掛けてあって凄くリラクゼーション空間な雰囲気を醸し出してる

『やっぱり普通の病気じゃないんだなここに来る人は....』

っていうのが正直な第一印象。

受付を済ませ待合室のソファーで待ってると程なくして番号が呼ばれて診察室の中へ

「こんにちわ!初めましてささかまさん」

凄く明るい気さくなオッチャン的な雰囲気の先生が元気のいい大きめの声で挨拶をしてくれて、こちらも少し気持ちが軽くなったと思った次の瞬間

「大変だったねぇ、今回の病気について予後の事とか誰かから聞いてる?」

『いいえ、腫瘍内科で今後の治療決めてそっちで頑張ってとしか聞いてないです』

「そうかそうか、じゃぁ今から全てお話しますからね」

って事で、分かりやすく紙に色々と書きながら説明して貰えたけど、結論から言うとなかなか現実的で改めて自分が大変な病気なんだと突き付けられる内容でした。
以下その時に先生から話された事をまとめると...

  • 手術の病理検査の結果、周辺のリンパを50個調べたところ1個に転移が確認出来たので結果的にステージは3~4くらい

  • 大腸ガン(直腸ガン)の5年生存率は60%程度(大腸ガンは70%そこそこあるみたいだけど直腸ガンは10%程確率が下がるとの事)

  • 抗がん剤をこれからやったとしてもその60%を70%、80%に出来るかどうかという治療という事

  • その10~20%の確率アップをその程度と捉えるかそんなに確率を上げられると捉えるかは患者本人次第

  • 抗がん剤の種類にもよるが当然副作用との戦いにもなる

  • 必ずしも抗がん剤治療をしなければならない訳じゃなく、当然他の病院でセカンドオピニオン受けるのも、化学療法(抗がん剤)をしない選択もある

ふぅ....改めて今、こうして文字に起こしてみると緊迫感ある内容だなぁと....

手術担当の外科の先生も相性(こっちが勝手に思ってる相性ですが)良いし、この腫瘍内科の先生もここまで話した上での抗がん剤治療だし....って事でその場で

『抗がん剤治療受けます』

って答えると

「それでは次に薬剤師がお薬の説明や同意書などの説明するので待合室で待っててください」

って事でまた待機。

待ってる間に先生の話を聞いて思った事

セカンドオピニオンだとか色々と言われたけど、結局は自分が納得いく方法で治療をする事が1番大事だと思うんですよね

仮にそれが民間療法だとしても、本人が病気と戦うって事に対してどうすれば前を向いていけるかが大事で、先生や病院に対して不信感があったり、もっと意見を集めたければセカンドオピニオンも大事ですし、抗がん剤だって絶対なわけでも無いでしょうし...

だって結局は本人しか自分の病気を向き合って共存なり戦うなりする事は出来ないのですから...

なので自分は今通ってる病院でこのまま治療をするとその場で決めちゃいました

その後薬剤師さんから呼ばれてカーテンで仕切られた簡易的な部屋に通されて自分が治療で使う抗がん剤の説明を受けました。

色々と治療方法はあるものの、まずは大腸ガンに効果的と言われてて比較的オーソドックスなお薬から始めてみるとの事でUFT+ユーゼル療法の治療薬の説明を受けました

UFT+ユーゼル療法は1日5カプセル(これは自分の身体の体積からの計算によって出された数で個人差があります)のUFTカプセルと同じく1日3錠のユーゼル錠を8時間の間隔ごとに食後の前後1時間を避けて3回に分けて飲む。

これを4週間(28日間)連続で服用して1週間(7日間)休薬を1クールとして投薬して経過を観ていく錠剤タイプの抗がん剤です。

早い話が4週間朝の6時、14時、22時にそれぞれUFTカプセルを各時間で2、1、2錠、ユーゼル錠を各時間1錠づつ...

つまり合わせると6時に3錠、14時に2錠、22時に3錠の薬を飲むのでそれぞれ5~7時、13~15時、21~23時は食事を避ける生活をしたら1週間お薬から解放されるって事です。(結構しんどいスケジュールですよこれ笑)

飲み忘れたら飛ばす事、忘れたからと言って絶対に2回分服用しない事等、注意すべき事が結構多くてプレッシャーが凄い(笑)

抗がん剤をやる上でどうしても気になるその副作用は色々とありますが、今回のUFT治療薬の代表的なものは...

食欲不振
口内炎
指先の黒ずみ
倦怠感
重篤なものだと肝機能や腎機能の障害等々....

実際にどんな症状が出てくるかはやってみないと分かりませんが、幸い1番不安だった脱毛系の副作用はほとんど無いとの事なのでそこはちょっと安心しました

やっぱり抗がん剤=脱毛のイメージが自分にはあったので....

ただ、抗がん剤治療は効果もそうですが副作用も個人差があります。今後自分の治療経過や副作用の事について書くことも多くなりますが、決して全ての人に同じ事が言えるとは言いきれません。同じかもしれないしもっと軽いかもしれない、その逆でもっともっとしんどい人だっているかもしれない...

なのであくまでもサンプルとしてこういう症状の人も居るんだ程度で読んでいただけると嬉しいです。参考までに....ね。

説明を聞いて副作用や治療方法を理解した上で治療しますという同意書にサインをし、UFT+ユーゼル療法のハンドブックを受け取り実際に抗がん剤をスタートさせる初回の診察を5日後に予約してこの日は帰宅

これで全てのスタート準備と日程が決まった所で休職している会社へ報告と復帰の相談を兼ねて電話

『無事退院して今後の治療日程なども大方決まったので1度出社してご報告とご相談したのですが,,,』

「お疲れ様、体調は大丈夫?そうしたら明日のお昼に来れる?」

『ありがとうございます。明日お昼に会社行きます』

こんな感じでなんの疑いも持つこと無く、仕事復帰のタイミングや抗がん剤で通院が必要な日の協力をお願いしなきゃと考えていました...

《会社からの拒否》

翌日約束通りのお昼休みの時間帯に約1ヶ月ぶりに会社へ。

事務所に顔を出して軽く挨拶と入院中の御礼を手渡して奥の会議室に通されたので着席して待っていると、程なくして部長と専務(社長の娘で時期社長)が入ってきて

「ささかま君大変だったねー、体調は大丈夫なの?」

とまずは専務が人懐っこい感じでフランクに声を掛けてくれたのでまずは社交辞令的な身体を労る会話と迷惑かけた事に対してのお詫びのやり取り

ここからの内容は実際にあった内容です
どこまで共感を得ることが出来るかは分かりませんが、会社との関係を考える参考になれば幸いと思います

人工肛門になった事、抗がん剤治療で月に1回程度通院が必要でその時だけは会社を休むのでご理解頂きたい事を伝える

自分としてはそれでは何日から仕事復帰して....という流れになるものだとばかり思っていたが何が流れが違う.....

「仕事させてもいいか病院に電話して主治医の先生に私(専務)が直接お話聞いて、それから復職を検討しますね」

『???』

『いや、病院は極端な重いものを持ったり激しい運動は控えてとは言ってましたけど、仕事をする事には制限は掛かってなく無理なく徐々に慣れるようにって言われてますけど...』

「そうかもしれないけどね、実際復職してから何かあったら会社のせいになるし、責任を取れないからちゃんと先生からの話を聞かせて貰ってからこの話はしましょう」

(は??何言ってんだこの人....身内でも無いのに病院に電話して俺の病状とか話して貰えるわけないだろ....個人情報なのに...)

『つまりは復職は難しいって事ですか?』

「難しいじゃなくて会社として先生から病状を詳しく聞かせて貰ってから判断しますって事です」

『あの....身内でも無いのに病院に連絡して会社の者だけどささかまさんの病状教えてって言っても無理だと思うんですが....』

「そんなの分からないじゃない。とにかく電話して聞いてみますから」

このやり取りをしている中で察しましたよ,,,,復職なんてさせる気が無い、表立ってクビなんて言えないから良い理由が出来たと思ってんだろうと...

なので自分からちょっと仕掛けてみました

『今病院に電話して先生に繋がるかやってみますよ』

会議室から出て病院に電話。
電話に出た受付対応の人に事情を話すも先生に繋げられるかは分かりませんが少しお待ちくださいとの事(まぁ当たり前)

ちょっと待ってるとまさかの先生が出てくれて時間が無いのでざっと事情を話すと

「いいよ、代わってその人と話してあげるよ。仕事が大丈夫かどうか言えばいいんでしょ?」

なんという良い先生だ(泣)

会議室へ入り電話が繋がっていると伝えて専務へ電話を渡す。
電話口に声をかけながら専務は隣の部屋へ...

5分くらいすると電話を終えて専務が戻ってきて携帯を返してきました。
もう通話は切れてたので

『先生とお話出来ました?』

「ありがとう。ご意見を聞かせてもらいました」

『それで復職は可能でしょうか?』

「先生と今話をさせてもらった中で、会社として何かあったら時に責任が取れないのでウチでの復職は難しいと判断させてもらいます」

『は?先生の判断関係無いじゃないですか!!先生が仕事は無理って言ったんですか?』

「先生は徐々に軽作業から少しずつと仰っていましたけど、会社として作業中のささかまさんに責任が取れないから難しい」

そこからはもうなんか頭に来て感情的になって会社側と押し問答した中で

『入院中経過報告で何度も電話させて貰った中で、心配するな焦らず頑張れとかこっちの心配しなくていいから待ってるからとか言ってたじゃないですか!!』

そう自分が発した次の部長の一言があまりにも衝撃的で....

「病人なんだから励ましてやるしかないだろ?」

コイツら.....大真面目にこの時本当に殴り掛かりそうになりました....よく堪えた俺(笑)

とりあえずこの日はもう会社に居たくも、この人達の顔を見たくもなく退職の宣言はせずに考えさせてもらうと結論を先延ばしにする形で帰宅しました。

「病人なんだから励ますしかない」

忘れたくても忘れられないこの一言が今思えば1つのターニングポイントだったのかもしれません

法律で障害者雇用がどーとか、不当解雇がどーとか色々とあるけど、結局はその会社が雇うか雇わないかを決めるわけで...

【何かあった時に責任は取れない】って、つまりはきっと身体的リスクのある人は要らないって事で話し合っても無駄なんだろうなって思いました....

                                                                                                         つづく

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