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絵画のクオリティーと知の形
絵画は答えではなく問い
造ることから行為することへの重心の変化は刹那的になる故に、実在と無のコントラストが激しく、宙吊りになった不安と葛藤が生じる。これに答えを出すことなく、問いのままであることは至難だと思う。けれども古来よりこの状態を空間的また時間的に表したさまざまな無心の境地の言葉があって僕らをサポートしている。
有名なところで、ザ・トリニティー三位一体は空間的に知性の常態を現し、マタイ福音の飛ぶ鳥を見よ撒かず収めずは、動的にそのことをリアルに表している。
また、この不安と葛藤の無心から、再び絵画はその質を顕にするということ。絵画は死んで、奥から再び巨大な絵画が立ち現れる。
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