「これで、いいのだ」社会人1年目にならなくてよかった私
私はみんなと同じような社会人1年目になれなかった、いや、ならなかった。
大学4年の夏。世間では就職『超氷河期』と言われていたが、関係なく灼熱の日差しが降り注いでいた。
熱中症になりそうな中、リクルートスーツ姿で炎天下のビジネス街を歩いていると、突然に気がついてしまった。
「こんなのやってても無駄だ。」
そうして、私はパタリと就活をやめる。
意気揚々と就活にいそしむ友人たちの雰囲気につられて、はじめは私もマジメに就活していたのだ。
大学内で開かれるセミナーにはほぼ皆勤賞で通ったり、コミケ並みの人混みでごった返すビッグサイトでの合同説明会にも足を運んだ。
学食で集まって企業の情報交換をしたり、オレたち意識高いんじゃね? と冗談言ったりして、就活を楽しんでいた。
けれど、高揚感が冷めて賢者モードになると、違和感が頭をよぎってきた。何かが、おかしい......。
圧迫面接が嫌になったから?
お祈りメールをたくさん喰らって心が折れたから?
いや、単純なことで申し訳ないが、汗で張り付くスーツの裏地がベタベタ気持ち悪すぎたからだ。
その日を境に、私は就職活動をやめてしまった。
やめたはいいが、面倒くさかったのは、内定をもらっていた周りの友人への対応だ。「桐島、就活やめるってよ」ばりに、やめた理由を興味本位でいろいろ聞いてくる。本当の理由が恥ずかしいのと、就活をやめた解放感からイタズラ心が出て、人ごとに違う答えを用意してみたりした。
「家業を継ぐので」
「バックパッカーで世界一周するんだ」
「起業しようと思って......」
そんな私も一度だけ、就活をやめたことを後悔したことがある。
急に風が涼しく感じられた、10月最初の日。
いつものアルバイト帰り、居酒屋の前でスーツ姿の若者たちがたくさん集まっていた。普段こんなに賑わうことがない居酒屋なのに、珍しい光景だなと思っていると、彼らのスーツの着こなしが、どこか初々しすぎる。
それを見て、ハッと気づいた。
そう、今日は内定式だった。
彼らは、来年春から新入社員としてスタートを切る。目の前には輝かしい未来が広がっているのだろう。自分と違って、就活を途中でやめなかった方の人種。ピカピカのスーツ、曇りのない笑顔。同期入社の連帯感。早速、番号を交換しあったりしていて、まさにリア充だった。
一方、私はどうだ? 自転車屋のアルバイト帰り。作業着代わりのボロボロの服は泥と油にまみれて、爪の奥まで真っ黒だ。
これまで、やめるタイミングを自分で決めることができたから、と割と落ち込むこともなく、日々の稼ぎのことだけを考えて暮らしていた。でも、内定式帰りの光景が眩しすぎて、胸の奥に隠していた感情が不意にあふれ出てきた。
「くそぅ! くそぅ!」
家までの帰り道、涙をこらえながら自転車を飛ばした。
就職することなく卒業した後、自転車屋のバイトを続けながら、文字通り自転車操業気味の生活をしていたが、半年も続くと嫌気がさしてきた。そうなると、同じアルバイトでも、もう少し時給が安定して、スキルが身に付くような仕事が欲しくなる。
そんな時、ハローワークで見つけた、外資系の出版社にアルバイトでもぐりこんだことが、大きな転機になった。面接は、外人の社長とひとことふたこと話して、おまけみたいなExcelの実技テストをやって終了。
「じゃ、明日から来て」
初めてのオフィス勤めだ。
外資系といっても、本国はおおらかなニュージーランド。ゆるい社風で、人数も少ないので、社員もみんな友達同士のよう。外人社長はといえば、朝から酒臭いのも日常茶飯事だった。
おまけに、Kiwiたちには残業という概念が無いらしく、18時を過ぎるとオフィスには誰もいなくなる。ハローワークにあふれる玉石混交の求人の中から、なかなかホワイトな仕事を引き当てたようだ。今思えば、鼻が利いたのだと思う。
このホワイト出版社バイト時代に、時間がたくさんあったので、プログラミングはかなり独学していた。そして、仕事に直結した実績が少しでもある。判断基準が不明な中での戦いを強いられる就活に比べると、転職活動はイージーゲームにさえ感じられた。就活のように、突貫で作った自分のキャラ設定だけを武器にしなくていい分、恐ろしく晴れやかな気持ちで転職活動に臨んでいる自分がいた。
その後、転職を何度かして、何の因果か、人々のキャリア選択を支えるサービスに携わっている。就活もまともにやってない人間が、キャリアについて語る資格があるのか?と思うこともあるが、仕事やキャリアにはいろんな選択肢があることを経験しているし、だからこそ、多様な視点を提供できるはずだと考えている。
たとえば、Googleの検索広告を運用する仕事なんかは、私が就活していた頃は、世の中に想像すらされていなかった。そして今、不思議なことに、検索広告に関わる業務もしている。想像していなかった仕事に携わる可能性もあるのに、将来のキャリアをきちんと描いて企業を選びなさいと教えられた就活は、やっぱり無理ゲーじゃないだろうか。
結果的に見れば、新卒カードを有効活用した人たちに比べると、大幅な遠回りとなった。もしもあのとき、あきらめずに就活を一生懸命にやっていれば、違う道が開けていただろうか?
もしもの世界で生まれ変わったとしても、結局のところ選択をするのは自分自身なのだ。
誰も代わりに決めてはくれない。
ならば、私はきっとまた同じ選択をするだろう。
これでいいのだ。