プロローグ
『しゃっ。』
少年は小さくガッツポーズをする。
普段から比較的感情を表に出すやつだったが、僕は意外にもその男のガッツポーズなどみたことがない。
稀有な彼の挙動はその勝利で手にしたものの大きさを物語っている気がした。
デュエルマスターズ・2005年度日本一決定戦への出場券の獲得。
・・・共に鍛錬を積んできた最も近い友人の一人が大金星を挙げたのだ。
素直に喜ばしいことのはずである。
隣のテーブルに座っていた僕は彼の栄光を称えて一緒に笑った。
だが反面で
長いこと隣にいた仲間が一朝にして遠くに行ってしまったようで少し寂しくもどかしい気持ちで笑顔を作っている自分もいた。
一躍その日のヒーローになった若干14歳の少年、「ささぼー」の周りを取り囲むようにパーテーションの外から大勢の仲間たちが集まってきてハイタッチや抱擁を交わす。
デュエルマスターズ ジェネレートリーグ関東A大会 優勝。
カードゲームの中で人生を送ることになる彼が手にした最初のタイトルだった。
※この物語はフィクションを含みます。
実在の人物や団体などとは関係ありません。
ときは一週間前にさかのぼる。
『ボルバル制限はわかるわ!バイスもまだいい。けどロスチャはありえねーよ!!!よえーぞこのカードは!!バカ!正直』
ささぼーが直近の殿堂改定に対して心にも思っていないやつあたりに近い意見を汎用機関銃のごとき速度でまくしたてた。
僕らはJR横浜線沿いの中山駅にある「バートン」というカードショップの最寄りのサイゼリアにいつものように集まっている。
『けどさーロスチャバイスが制限になったとこで流石に除去コンが強いんじゃね?ヘルスラとか元々1枚でほぼ充分みたいなもんだろ』
ナレーション作成ツールの音声読み上げを倍速で再生したような無機質で早口のリプライを発したこの男は野津。
歳はささぼーより2つ、僕よりも1つ上。
カードゲームの大型大会会場である幕張メッセのホール内にサッカーボールを持ち込んでPKの練習をするなど破天荒な人物だがカードの腕前は確かだ。
『かもなー。ハンデスはクローンバイスとかもあるしな。まあとりあえず俺にはカンケーないかあ。』
彼らとは対照的なムーミンのようにのんびりとした声の主はエノモトだ。
ささぼーと同い年で口調の通り温厚で友達思いな人物。
カードゲームに対する熱こそこの場の他3者に比べると高くはないが、遊びの場には高い頻度で登場する。
ぼくら4人の中で自分だけが大型大会に落選したことをやや自嘲気味に手振りを交えて語っていた。
『1枚ボルバルやれると思うんだけどな!?シールド埋まったときどうすんだよ!?』
『いくらなんでもアクアンイニシはありえないか。勝てるデッキが一個もない。』
『案外ザマルを4枚積んだ黒単とかやれんじゃねーの・・』
などとなかなか秀抜なアーギュメントをドリンクバーとフォッカチオのみの注文で4-5時間ほど繰り広げていた。
『わるいそろそろ門限あるから帰らないと』
店内の壁かけ時計を気にしはじめていた僕が言うと
『オッケ!とりあえず大会前日は錦糸町の俺のおばあちゃんちに集まろうぜ!!会場の浦和は結構ちけーから!それまでにデッキ考えとくわ!』
ささぼーの一言を最後にこの日のジェネレートリーグ関東A対策ミーティングは一旦終了したかのように見えた。
しかし僕は知っている。
誰よりも小さな長方形との遊戯に向き合っている彼が今日の会議をこの程度の尺では終わらせてはくれないことを。
案の定帰宅後の僕が風呂から上がって2階の自室のベッドの上でストレージの整理をしていると
『たかひろ!佐々木くんからよ!』
母親が家電話の子機を持ちながら階段を上がってきた。
(ホラな)
ありがとう、と母から受話器を受け取る。
『はーい。もしもし佐々木どうした。』
『もしもしわた!!とんでもねーカードをみつけたぞ!!たぶん誰も気付いてねーんだけどよ・・・!』