枕カバーを3つも
小学校5年の家庭科は、専科の女性の先生から教えてもらった。セルロイドの裁縫箱を持って行く日は、なんだか心が躍ったのを覚えている。
その50代の優しい先生は、しばしば私の作品を褒めてくれた。こんな風に。
「Mくんの針の一目一目は整っていてきれいね。お針、好きでしょ。」
私はにこっともしないで、黙って針を動かしていた。
黙っているのだが、嬉しくて仕方がなかった。その女先生の声があまりに綺麗なので、うっとりしていたのかもしれない。
その先生の名前は忘れて思い出せないのに、その先生の声は耳の奥で記憶している。
その声をたまに思い出す。
8月のある日、私はオーダーワイシャツの生地を取り出して、枕カバーを手縫いで仕上げた。
3つも。
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