郷土愛、祖国愛、国家愛、兄弟愛
ベルギーでは、結婚したカップルの半数が離婚する。日本ではどうか。4組に1組以上は離婚している。愛をあれだけ契ったにもかかわらずである。
カップルの離婚は、新しい出発というポジティブな意味合いもあるが、その離婚によって阿修羅のような親権争い、慰謝料争いが生じることも少なくない。国際結婚ともなれば、「子の連れ去り」が事件に発展する。子供愛という大義のもとに国際法を破って連れ去るのだから、親の愛は地球の果てまで手が伸びるのである。
ここまでは、それでも10人以内の血縁、家族関係のトラブルである。
愛という言葉が国家にくっつくと、愛国心になる。祖国に愛がくっつけば祖国愛、家族にくっつけば家族愛、兄弟にくっつけば兄弟愛等々、愛はいろいろなものくっつく。この愛を巧妙に悪用して、国民を騙す政治家は古の昔から存在した。
政治家は、「愛国心」を唱える。「国を愛せよ」と。前出の「祖国愛」を「国家愛」と同義のように語る政治家には注意しなくてはいけない。祖国愛の原型は、郷土愛だからである。
どんな人も郷土への愛着、郷愁があるだろう。それをナショナリズムに利用する言葉が、「国家愛」ないしは「愛国心」である。
兄弟愛という言葉も危険である。
「ロシアとウクライナは元々兄弟であった。」
兄弟愛に基づき「特別軍事作戦」で救出するという。愛のための特別軍事作戦、すなわち他国への侵攻(侵略)である。
ことほど左様に愛は、とことん暴力的になり得る。
愛は、ある日突然、憎しみ、怒りになり得る。
愛は、ある日突然、イジメ、虐待に変貌する。