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島原のケンちゃんの話

1年に1回、島原のケンちゃんという父の従兄が遊びにきた。ケンちゃんが訪ねてくる日、父は朝からご機嫌だった。

ケンちゃんはいつものようにお昼すぎにやってきた。カステラをぶら下げてくることが多かった。私は、このカステラが好物だった。

紫の風呂敷に包まれた形から、「ああ、カステラだな」と心の中で呟きながら、叔父さんに挨拶をした。

夕方、父が仕事から帰ってくると、「ケンちゃん、よう、来たなあ。」と言って、ケンちゃんの肩を右手で触った。

夜は小さな宴会になった。

刺身の盛り合わせ、天ぷら、焼き物など、ケンちゃんの好物が次々に出された。母も、このケンちゃんだけは気に入っていたようで、ビール、日本酒のお酌をした。他のお客さんの場合は、ほとんど父任せの接遇だった。

父はケンちゃんの求めに応じて、いつものように尺八を取り出して、田原坂などの名曲を次々に披露した。ケンちゃんは尺八に合わせて小さく口ずさんだ。

酔いつぶれた父を後にして、ケンちゃんを早岐駅まで送っていくのは、父以外の私たちであった。

初夏の頃だったと思う。田んぼの畦道沿いの小川に蛍が一つ、二つつ飛んでは消えた。

「おう、蛍が飛んどる」

ケンちゃんは、ご機嫌な声で指を
差した。



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フンボルト
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