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『料理雑記 その6:境界線上のキノコのカリカリ焼き』
お焦げ(おこげ)は好きだろうか?
もちろん英語のスラングにおけるファグ・ハグの和名のことではなく、飯盒などで炊飯した際に容器の底にできる、米が僅かに焦げた状態のものについてだ。
炊きたての米の美味しさは云うまでもないことだが、飯盒やかまどの底にこびりついたお焦げの香ばしさもまた味わい深いものがある。
このお焦げには昔から多くの愛好家がいる。
炊飯器が普及した現在でも、あえてお焦げを作るための機能を搭載したものがあるほどだ。
またお焦げ好きは、日本人だけではない。
海を隔てた大陸においてもお焦げは人々を魅了している。
中華の四川料理における鍋巴(グオパー)は、サクサクに揚げたお焦げに様々な具材が入った餡をかけた、いわゆる「中華おこげの餡かけ」と呼ばれる料理である。
またイラン料理の「タフ・ディーグ(鍋の底 の意)」やイラク料理の「ハッカーカ」も白米を調理する際にあえてお焦げを作るもので、客人の集まりでも振る舞われるという。
白一色の米を加熱することで生じる、キツネ色とも褐色とも言える色調の変化と食欲を誘う香ばしい香り。
まさに料理の魔法の1つである。
しかし、この魔法が起こるのは米を炊く時だけではない。
肉や魚を香ばしく焼いた時、玉ねぎを飴色になるまで炒めた時、トーストを焼いた時…
はてはコーヒー豆の焙煎や味噌・醤油の色の変化に至るまで、お焦げの魔法と同じものが関わっているのだ。
この魔法、その名を「メイラード反応」という。
料理好きなら1度は耳にする言葉だ。
1910年頃にフランスの科学者ルイ・カミーユ・マヤールが詳細な研究を行ったもので、褐変反応とも呼ばれるアミノカルボニル反応の一種である。
それは非常に多くの反応からなる複雑な過程であり、生化学が不得手だった私にはたとえ素面であったとしても充分な理解はできない。
いやシッフ塩基とかアマドリ転位とかマジムリ・ワカラン。
というか、いまだにその全容は解明されてはいないらしい。
あえて端的に説明すれば、アミノ酸と還元糖が反応することで褐色色素(メラノイジン)と、アミノ酸や糖の種類に応じた特有の香気成分を生じるというもので、温度やpHに強い影響を受ける。
温度としては154℃付近で顕著にメイラード反応が起こり始めるが、加熱により200℃を超えるとタンパク質が炭化を起こすため異臭を発するようになる。
またこのメイラード反応は生体内、もちろん人体内でも起こることが知られており、代謝過程の最後で生じるAGE(終末糖化産物)は老化や様々な疾患との関わりが疑われているが、料理の話題から外れすぎるので流石に割愛する。
さて、そんなメイラード反応の素晴らしさを存分に味わえるのが今回の料理、「キノコのカリカリ焼き」だ。
長野県東御市にお住まいの玉村豊男氏の著書『毎日が最後の晩餐』に記された料理だが、その後様々な雑誌などでも紹介されている。
キノコを焼くだけ、味付けも塩だけなのに、たまらなく美味しい。
そんな嘘みたいなホントの料理である。
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~キノコのカリカリ焼き~
※料理・グルメ雑誌のdancyuで紹介されたレシピを参考にさせて頂きました。
火加減や焼き時間は我が家でのものなので、家庭ごとに調節が必要です。
①お好みのキノコを用意して大きめに裂く。
数種類あるとなお良い。
我が家の定番はシメジ、エリンギ、マイタケ、ヒラタケなど。
②フライパンにオリーブオイルを多めに入れて中火で熱する。
③フライパンが充分に熱せられたら、裂いたキノコを全てぶちこむ。
キノコは焼かれると縮むのでフライパンから溢れるくらいの量でも問題なし。
④そのまま中火で放置。絶対にキノコを混ぜたりしてはいけない。
⑤5分後、全体に塩をしてオリーブオイルを一回し追加。
さらに4分中火で放置。まだキノコには触らない。
⑥全体を1回だけ、ざっと混ぜる。
塩加減を見て塩を追加。
3~4分 中火を継続しカリカリ具合を調整する
⑦お好みのカリカリ焦げになったら完成。
全体がカリカリでなく一部シナシナでも、それはそれで美味しいし、楽しい。
カリカリの焦げにはキノコの旨みが凝縮している。
メイラード反応による妙味の冴えである。
ビール、ハイボール、チューハイなんでもござれの優秀なつまみだが、特に白ワインとは相性抜群。
火加減一定で放置できるので、他の品とも同時調理しやすい。
おまけに主な材料は安価なキノコのみ。
味、調理面、コストのいずれでも高いパフォーマンスを発揮するハイパー優等生な一品だ。
ただ、難しいのはその火加減と焼く時間の調整である。
油断しすぎて放置したままにすると、メイラード反応でもフォローできないフライパンいっぱいの消し炭ができあがる。
美味しさと黒焦げの境界線を見極めて、さぁ今日もキノコを焼くとしようかな。