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最終話_金髪の魔女は、今日もビールを飲んでいる。

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「ユースケ、いい貝殻はあったね?」
ばあちゃんは海岸の階段で、僕を待っていた。これまた缶ビールを片手に持っている。どんだけ飲む気なんだこのババアは、と僕はビールを一瞥した。

「いや、うん。あったけど……」
「あったけど?」
ばあちゃんは階段にポンと置かれた袋からスルメを取り出して、ぐいっと奥歯で引きちぎった。

「人にやった」
「人にやった?」
ばあちゃんは、スルメをある程度噛んでから缶ビールで流し込んだ。
「ポーチと一緒に、人にやった。ばあちゃん、ごめん。大事なもんやったのに」
ばあちゃんはなんだか嬉しそうに、大口を開けてガハハと笑った。

「よかよか。なんも気にせんでよか。ユースケはいいことしたったい。ばあちゃんもユースケも、もうあのポーチがなくても、大丈夫ってことやけん。気にせんでよか」
ばあちゃんは僕の背中をポンポンと軽く二回叩いて、一気にビールを飲み干した。

「じゃあ、宿に行こうか。あったかい温泉に、美味しい晩ごはんに、美味しいビールが私を待っとる! とり天と地獄蒸しが出てくるって書いてあったよ! 楽しみやね〜」
「ばあちゃん、まだ食べて、飲む気かよ」
「当たり前やろ。ここからが本番たい」
僕とばあちゃんは、顔を見合わせて笑った。


僕はさっきまでいた海岸のあたりに目をやった。
女の子はいない。そもそも現実にあの女の子はいたのだろうか。

僕はあの時、座り込んで泣いている女の子の背中をポンポンっと叩いた。ばあちゃんが僕にしてくれるみたいに。ソニックで猫の背中を撫でた時みたいに。その背中は小さく震えていた。自分より小さな背中が震えているのを見たら、このポーチはうちにあるよりこの子が持ってた方がいいんじゃないかって思った。

気づいたら、「それ、あげるよ」と声をかけていた。
女の子が、小さく頷いたのか首を左右に振ったのか、僕にはよくわからなかった。

女の子が泣き終わるのを待とうと思って、僕は波がくるギリギリのところを歩いた。もうそろそろいいかなと思って僕が振り向いた時には、女の子はいなくなっていた。お礼も言わずに帰ってしまうような子には見えなかったけど。

幽霊とか妖怪やったんかな。
思い返したら、なんか独特な雰囲気があった気がする。着ている洋服も昭和レトロだったし。
もしかして、幽霊やったんかも!
僕は変なことを考えて、ぶるっと身震いした。それにしても、誰かに似てると思ったんだよな、と僕は頭を捻った。でも、誰に似てるのかは全然思い出せなかった。クラスメイトでもなさそうだし……なんてことを考えていたら、僕の耳にしゃがれた声が飛び込んできた。

「ほら! ユースケ! 行くよ〜!」

すでに先に歩き始めていたばあちゃんが、でっかいしゃがれた声で10m先から叫んだ。やっぱりうるさいばあちゃんだな、と僕は思う。

どこに行ってもばあちゃんは、ばあちゃんだ。 


🚈

次の日の昼過ぎ、僕とばあちゃんは別府の駅でお土産を買って、また揺れに揺れる特急ソニックに乗って福岡へ帰った。
帰りはシートもちゃんと反対にひっくり返すことができたし、不思議なことは何も起きなかった。朝早くからばあちゃんが行きたいという食べ歩きや地獄めぐりに付き合ったおかげで、僕のお腹やふくらはぎはパンパンだった。

僕もばあちゃんも、ソニックの揺れをゆりかごみたいに感じながら、完全に脱力してぐっすりと眠った。

家に帰ると、お父さんとすみれさんがクリスマスパーティーの準備をして待っていてくれた。部屋にはクリスマスツリーまで用意してあって、テーブルには所狭しとご馳走が並べられていた。ピザにフライドチキンに、ポテトにサラダ。僕の大好きなマカロニサラダもあった。

完璧なクリスマス!
ソニックでぐっすり寝たおかげで、僕の元気は満タンで、お腹はすっからかんだった。

みんなでクラッカーを鳴らして、クリスマスパーティーが始まった。
お父さんが、フライドチキンを頬張る僕の顔をのぞいてきた。
「ユースケ、旅行どうやった?」

僕はすかさず答える。
「めちゃくちゃ楽しかった! 温泉も良かったし、ご飯も美味しかったし、ばあちゃんはずっとビール飲んでるし!」
ニヤニヤと笑いながら、ばあちゃんに視線を向ける。

お父さんもばあちゃんの方を向き直った。
「さすがばあちゃんやな!」
白い歯を見せてお父さんはケタケタ笑っている。

すみれさんもばあちゃんに目をやる。
「それでこそ、マリさんです」
ばあちゃんに憧れているのか、すみれさんは尊敬の眼差しを向けながらニカっと笑った。

みんなの注目を独り占めしたばあちゃんは、ドヤ顔になった。
「そうやろ?」と言うと、グラスに入ったビールを飲み干した。

僕たちはお腹いっぱいご馳走を食べた。旅行の話に学校の話、生まれてくる赤ちゃんの話なんかもしながら、楽しい食卓を囲んだ。
ある程度お皿の上の食べ物がなくなると、みんなでテーブルの上を片付けた。すっかり片付いたテーブルに、ばあちゃんのビールとお父さんのお酒、僕のジュースを並べる。すみれさんは「カフェインの入っていないコーヒーを見つけたんよ。結構美味しいとって」と湯気がゆらゆらと立ち上るコーヒーカップを、自分の目の前に置いた。

おつまみ用に別府で買ってきた、“謎のとり天せんべい“の箱を早速開ける。"ざびえる"という謎の名前のお菓子も開けた。
ばあちゃんが箱を開けながら、
「金のざびえるはラム酒が入っとるけん、すみれさんは念の為、銀のざびえるにしときーね。ユースケも。冷蔵庫にもプリンがあるけん、好きなの食べんしゃい」
と声をかけた。

僕とすみれさんは顔を見合わせた。
「プリンも食べる!」
二人で冷蔵庫まで行って、プリンを取り出した。

僕はお父さんの隣に座った。すみれさんはお父さんの向かいのばあちゃんの隣に座った。僕は早速、プリンの蓋を開けてスプーンで掬う。プリンを口にひと匙含む。とろける舌触りに程よい甘さ。いつも学校で食べる給食に出てくるプリンとは、一味も二味も違う美味しさに僕は驚いた。プリンにそこまで興味はなかったけど、こんなに美味しいんやったらプリンもありやな、と僕は思う。
すみれさんも「このプリン、めっちゃ美味しい!」と顔を綻ばせた。

二人で顔を見合わせて、「うまいね〜」と言っていると、どこからか視線を感じた。
視線の方へ目をやると、お父さんが僕とすみれさんを交互に見ながら、嬉しそうに笑っているところだった。

「赤ちゃんが産まれて、旅行に行けるようになったら、今度はお父さんもすみれさんも産まれてくる赤ちゃんも一緒に別府に行こうよ!」
僕がニヤニヤと笑っているお父さんに声をかけると、お父さんは「うん」と一言だけ返した。

なんだかお父さんの目が潤んでいるような気がした。僕とすみれさんが仲がいいのが、嬉しいのかもしれない。お父さんをイジりたい気持ちをグッと堪え、僕は「あ、写真見てよ!」と、矢継ぎ早に話しかけた。

お父さんは鼻をスンとすすり、「見せてみろ」とぐっと顔を近づけた。
僕はお父さんにカメラのデータを見せた。
ばあちゃんが「家に帰るまで見たらいかん」と言っていたので、僕も写真を見るのは初めてだ。

お父さんは、次々に写真のデータを見ていく。せっかちなお父さんの写真の見方は早すぎて、僕の目はついていかない。もっとゆっくり見たらいいのに、と思わなくもない。僕はお父さんと一緒に写真を見るのは諦めて、残りのプリンを食べてから、ざびえるも食べることにした。

「楽しそうやな。お父さんもまた、別府に行きたいなぁ。ソニックもカッコいいな!」
お父さんが楽しそうに写真の感想を話し出したので、あれでもちゃんと写真を見てるんだなと妙に感心した。

すみれさんが、「見終わったら私にも見せてね」と言ったので、お父さんは全部のデータを見終わると、すみれさんにカメラを手渡した。

すみれさんとばあちゃんは、二人で小さな画面の写真を覗いていた。
すみれさんは写真を見ながら、「別府行ったことないんよね。いつか別府に行きたいなぁ。ソニックにも乗りたい」と遠い目をしている。すでに気持ちは別府に旅立っているようだ。

僕は少しだけ眉間に皺を寄せた。
「赤ちゃんにソニックは大変なんやないかな。本当にめちゃくちゃ揺れるけん。お父さんの車で行った方がいいかもしれん」
少しとぼけた表情を追加し、先輩風を吹かせてみた。すみれさんはふふっと軽く笑う。

「そっか〜。そんなに揺れるんや。じゃあ、ソニックは赤ちゃんが大きくなってからのお楽しみにしよ。でも、ソニックって車内も綺麗なんやね。せっかくやったら、一人で撮らんでマリさんと並んで誰かに撮ってもらったらよかったのに〜。今度行く時は、私が色々写真撮るけん任せて! こう見えても携帯の写真、加工するのはうまいけん!」
すみれさんが、大きくなったお腹を突き出して、ぽんとお腹を軽く叩きながら自慢げに言ったので、思わずみんなは吹き出した。

「加工はいらんやろ〜」
お父さんは腹を抱えて笑っている。

すみれさんが僕にカメラを返しながら、「別に加工って言っても、顔を加工するわけじゃないんやけど」と不本意そうに口を尖らせた。すると当然、すみれさんは自分のスマホでテーブルの上の写真を撮った。

すみれさんは「私の加工の腕、ちょっと見てみて」とお父さんに手招きをする。お父さんは席を立って、すみれさんの後ろに立った。

僕はすみれさんから受け取ったカメラを手に、旅行中のことを思い返した。
そして、「あ」と口から間抜けな声が漏れた。

ソニックの車内と聞いて、すっかり忘れていたあの4匹と一緒に撮った写真のことを思い出したのだ。ばあちゃんがニヤニヤしてたやつ。絶対白目とか、半目とか、鼻の穴が広がっとるとか変な顔をしている気がする。それより、変顔云々どころじゃない。よく考えたら4匹と一緒に撮った写真を見られたらびっくりするんじゃない? お父さんもすみれさんも、写真を見ても何も言ってなかったけど。

僕はカメラの写真のデータを開いた。すみれさんが最後に見ていたと思われる写真が画面に映し出される。僕がソニックの座席でピースサインをしている写真。

あれ?

僕は前後の写真のデータを確認する。
前のデータも後ろのデータも、僕一人しか座席には写っていない。顔は思ったより全然普通。それよりも、写っているはずの4匹がどこにも写っていない。

「なんで?」

僕は小さく独ごちた。背後に何かの気配がした。
ぞくっとして僕は後ろを振り返る。

「ば、ば、ばあちゃん!」

僕の背後には、ビールグラスを片手に持ったばあちゃんが立っていた。
「ばあちゃん、これ、4匹が写っとらんのやけど」

ばあちゃんは不敵な笑みを浮かべる。
「ああ、当たり前たい。あれは血で見るもんやけん。写真には写らんと」
「は? 血? なんのこと?」

僕の質問は一切無視して、ばあちゃんはグラスのビールを一気に飲み干した。ばあちゃんの喉からあまりに美味しそうなごくりという音がして、お酒の飲めない僕の喉も鳴った。

血で見る?

全く意味が…..と思った時、僕は破けたポーチを自分で縫っていた時のことを思い出した。ばあちゃんの指に針が刺さって、血が出てきて、僕は慌ててばあちゃんの血を吸ったんだった。
もしかして、そのせい? ばあちゃんの血を吸ったから?

あ!

僕はばあちゃんの手作り絵本のことを思い出した。吸血鬼の血はワインでできていて、魔女の血はビールでできているってやつ。

確か、ばあちゃんの血はクソまずかった。思わず「まずっ」って言ってしまうくらいにまずかった。なんかビリビリと痺れるような、苦味があるような……。まさかあれって、ビールの味?!


僕は確信した。



間違いなくばあちゃんは、魔女だ!








おしまい







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