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18_金髪の魔女は、今日もビールを飲んでいる。
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ばあちゃんのリラックスムードを吹き飛ばすかのように、ネズミはその体に似つかわしくない大きな咳払いを一つした。
ばあちゃんの適当さに呆れながらも、自分自身、気を緩めてしまっていた僕は、はっと我に返りネズミに向き直る。
「今回、私が訴えたいことは大きく三点あります」
そう言うと、ネズミは指を3本立てた。
小指を折り曲げて、親指、人差し指、中指を立てている。ネズミの指って4本だったんだと、僕はそこで気づいた。省略されているのがどの指かはよく分からないが、そういえば世界一有名なネズミの指も4本だったっけと、頭の中でキャラクターのイラストを思い描く。確かに僕の記憶ではあのキャラクターの指も4本しかなくて、僕はさすがだなと感心をした。
ネズミは3を強調するかのように、手のひらを先生と猫姉妹に向けている。なんか気取った3の作り方だ。感じが良くないなぁと、僕は思う。
「騒音トラブル、ゴミの放置、嫌がらせの三点です」
ネズミは上げていた手を下ろすと、後ろに組んだ。
「まず、騒音トラブルについてご説明させていただきます。騒音、それは卑猥な鳴き声のことです。彼女たちは夜な夜な男を求め庭に出ては、うぁーおと、鳴き声を出すのです。それも、毎夜。これは本当に堪えます。猫の鳴き声のせいで、私は、私たち家族は、夜、眠りにつくことができないのです。睡眠不足が続いたある日、私はフラフラと家の中を歩いてある場所に行きました。無防備に家の中を歩くことは、命の危険があるにも関わらずです。私は自分の身の危険を顧みず、彼女たちに『やめてほしい』と直談判を行いました。しかし、彼女たちは私の申し出を一蹴したのです。その鋭い犬歯を剥き出しにして『これは自然の摂理なのにゃ。それに常識の範囲内でしかにゃいてにゃい。これを止めることはできにゃい』と言い捨てました。今でもその時の表情がありありと思い出されます。そのため、私たち家族は、常に睡眠不足の状態が続いているのです」
ネズミは再び手をあげて、指を二本立てた。
「次に、ゴミの放置の問題です。彼女たちは食べ残しを隠すのです。不衛生で仕方ありません。新しい食材ならまだ理解ができますが、唾液のべっとりついた食べ残しを家主にも見つからないように隠すのです。私たちが猫に代わりその放置されたゴミを処分をしようとしたところ、泥棒だと私たちを非難しました。そのため処分するよう訴えましたが、『それはできにゃい』の一点張りなのです。非常食なのだから、と言い訳をすることが多いのですが、彼女たちは家主に毎日必要な食料を与えられています。彼女たちが非常食と呼ぶゴミは腐敗していく一方で、食べられる様子など微塵もありません。これはただの怠慢であり、住環境を荒らす問題行動だと思われます」
ネズミは上げたままの二本の指を一本折った。
「最後は、私たちへの嫌がらせです。こればかりは、本当に許せません。先ほどの2点を私たちの広い心で許したとしても、これに関しては絶対に許せません。彼女たち、いや、彼女たちの種族。そう、すなわち猫たちは私たちを見るなり追いかけ回すのです。その長く丈夫な爪で、私たちに牽制をしてきます。時にはその口の中をチラリと見せ、ギラリと歯を見せつけてくるのです。見せるだけならまだいい。その歯を実際に使おうとするのです。捕食対象としているのであれば、仕方がない。自然の摂理です。世は弱肉強食。私たちも諦めなければならないでしょう。しかし、昨今の動物たちは分別があるものが多い。その中で飼い猫である彼女たちは、野生を捨て、文化を受け入れる選択をしたのです。それなのに、それなのに! 都合のいい時だけ野生を出してくる。捨てたのではなかったのでしょうか。文化的な生き方を受け入れたのではなかったのでしょうか。いいとこどりは許せません。そのおかげで私たちは恐ろしさの余り、部屋から出ることもままなりません。私の仲間の中には、彼女たちに傷をつけられてもう二度と、歩くことも叶わなくなってしまった者もいます。これは傷害罪に当たると考えています」
ネズミはあげていた手を下ろすと、小さく息を漏らした。
出しっ放しにしていた前歯を、舌でペロリと舐めた。あれだけ一気に話したのだ。きっと前歯もからっからに乾いていたに違いない。
僕は猫姉妹に目をやった。猫が殺気立っているのがわかる。
猫姉妹のビー玉みたいな目は、今にもネズミを仕留めんとばかりにネズミを睨みつけている。これほどまでに言いたい放題の話を聞き逃すまいとしていたのか、耳はピンと立っていた。
「なんだか言いたいことばかりおっしゃってますけれど。まあ、どちらが正しいかなんてことは、この場で先生がしっかりと答えを出してくださいますので。ねえ、お姉さま?」
三毛猫が口を開いた。
釣り上がった目をネズミに向けたまま、犬歯をチラリと口から覗かせる。
確かにネズミの言い方も悪いが、猫の威嚇の仕方もどうかと思う。体格差がある中、こんな風に威嚇されてはネズミもたまったもんじゃないだろう。正直なところ、どっちもどっちだな、と僕は思った。けれど、どちらも自分が正しいと思っていて、相手の意見を聞く素振りは一切見せない。この中を取り持とうとしていたのかと思うと、ばあちゃんも大変だなぁと思う。ばあちゃんにチラリと目をやったが、ばあちゃんは変わらずに酒を飲んでいる。うんうんと頷きながら少し遠慮気味に缶をゆっくりと傾けては、少しずつ口の中にビールを運んでいた。全然大変そうに見えない。このばあちゃんは特に心労などを感じないに違いない。人の悩みさえも酒の肴にしてしまうのかもしれない。
三毛猫と対照的に、黒猫はすんと澄ました様子で顔をまっすぐに向けていた。バチっと僕と視線を絡めると、ふふと不敵な笑みを浮かべた。
先生が猫の姉妹に目をやる。
「では、このネズミさんからのお話に関して、猫姉妹さんからのご意見はありますか? ご意見以外にもネズミさんに関してご相談したいことがあれば併せてお願いします」
「では」と三毛猫が、ずいと胸を張った。
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