
魚の骨は原則として食べないと決めた日
その日は、鯵の干物を食べていたんだった。
🐟〰️
そのことを思い出したのは、夫が釣ってきた鱚を唐揚げにして食べていた時のこと。
その日私は、小ぶりの鱚に片栗粉を振った。フライパンに少なめの油を敷き、片栗粉まみれの鱚を放り込んむ。表面がほんのり黄金色になったところで、油から出した。そこに軽く塩を振る。
小ぶりとは言っても、骨までカリカリに揚げることは難しい。私は身を箸でつまみ、骨から身をはがして鱚の唐揚げを食べた。外はカリッとしていて、中はふんわりと柔らかい。いくらでも食べれそうだな、と私は思う。
ひとつ、鱚を箸でつまむ。つまんだ鱚が少し小さめだなと思った。身を外すのが面倒だなとも思う。このまま、丸ごとかぶりついてもいいんじゃないか?
私の中で、野生の血がたぎり始めた。
でも……。
私は理性と知性を取り戻そうと、ぐっと感情を抑える。
そこで私は、鯵の干物を食べていた時のことを思い出した。
私が思い出したその日に食べていたのは、小ぶりの鯵の干物だった。赤ちゃんの手のひらサイズの、小さな鯵のみりん干し。その小さな鰺の干物をカリカリに焼いて、骨までバリバリ食べるのが私は好きだった。カルシウムが取れると、喜び勇んで食べていた。
その日もカリカリバリバリと、骨を砕きながら食べた。野生みあふれる食べ方だ。その瞬間、口の中で「ガリ」と言う変な音がした。私は、思わず口から間の抜けた声を漏らした。
「あ」
骨が左の一番奥の歯と、その隣の歯の間に挟まったのだ。私はすぐさま台所に向かうと、引き出しから爪楊枝を取り出した。そして、奥歯と奥歯の手前の歯の隙間に、爪楊枝の切っ先を差し込む。
差し込んだ切っ先を、ぐりぐりと歯の隙間で動かした。明らかに何かが引っ掛かっている。間違いなく魚の骨だ。不愉快な感覚が、歯の隙間からじわじわと漂ってくる。
私は眉根を寄せた。誰がこんなに固いものを口の中に放り込んで、しかも噛み砕くという無茶な行為に及んだんだと。しかし、すべては私の野生のなせる技。反省しかない。
誰も責めることができず、一人コツコツと歯の隙間に挟まった小骨を取り出した。なんとか骨が取れた。私は、取れた骨を眺める。流石に小さいとは言え、鯵の中骨は食べれる用の骨じゃなかったんだなぁなんてことを、私は思った。
ᗦ↞◃〰️
それからしばらくしたある日のこと。
私は歯医者にいた。
骨をコツコツと取ったはずだったのだが、取りきれていないのか、ずっと歯に何かが挟まった感覚があったのだ。私は数日間、どうやってこの骨を取ったら良いものかと試行錯誤しながら、爪楊枝を指してみたり、指を突っ込んでみたり、いろいろと挑戦してみた。
そして、歯医者に行くことを決めた前日に、事件は起きた。
私はその日も、何かが挟まっているのがどうしても気になって、舌を器用に使い、歯の隙間をいじり倒していた。すると何かがポロリと取れたのだ。
「やった! 骨が取れた!」
そう喜んだのは、束の間のこと。口の中から取り出したのは、なんと欠けた歯だった。私は鰺を中骨ごと食べた瞬間、骨を歯の隙間に挟んだのと同時に、圧力をかけすぎて歯を割っていたのだ。完全に予想外の出来事である。野生のなせる技。
私は知性を以て、欠けた歯をティッシュで包む。理性的に歯医者を予約し、翌日に歯医者に行くことにした。先生に歯を見せ、口の中を見せる。
「しっかり欠けてますね〜」
先生は、不思議そうな顔をして、私に尋ねた。
「何をしてたら、歯が欠けちゃったんですか?」
私は思わず頬を赤らめた。
そして、一言、先生に伝えた。
「鯵の干物を骨ごと食べたら、歯が欠けました」
てへぺろ。
先生は、目をまんまるにして私を一瞥し、そしてケタケタと笑い始めた。
「鯵の干物を骨ごと食べて、歯が欠けたんですか。歯が丈夫なのはいい事ですが、骨ごと食べるのはやめておきましょう」と。
なんだか私は恥ずかしくなった。
そして、心に誓った。
もう二度と、焼き魚の中骨は食べないでおこう、と。