15_金髪の魔女は、今日もビールを飲んでいる。
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僕はネズミをフードに入れたまま、激しく揺れる車両を慎重に歩いた。
特急ソニックの連結部分はかなり揺れが激しく、2号車に入る時によろけて壁にぶつかった。
その拍子にフードの中でネズミが驚いたのがわかった。
僕が小さな声で「ごめん」と言うと「大丈夫です」と言うネズミの息遣いが聞こえた。
猫は2号車にいるらしい、ということはネズミから聞いていた。僕は2号車の最後尾から、車内をぐるりと見渡す。椅子の座面から猫がどこに座っているのかを確認できないものかと考えた。しかし、座面からはどこに猫がいるのかは皆目検討がつかなかった。
当たり前だ。猫は人間よりだいぶ小さいんだから、座面から頭が飛び出ているはずもない。
僕は慎重に2号車の通路を抜ける。チラチラと目だけを左右に振りながら、横目で座席の様子を伺いたい。でも、それはできそうにない。猫と目が合おうもんなら問い詰められること必死だ。
さっき、最後列でチラリと右側の座席に目をやったら、ツルツルの頭のおじさんにぎろりと睨まれた。めちゃくちゃビビって思わず目を逸らしてしまった。もうあんなのは真っ平御免。
僕は前だけをじっと見て、スタスタと通路を歩いた。
スタスタと、と言いたいところだったが、ヨロヨロと、と言った方が正解に近い。急に車体ががくんと揺れて僕は思わず座席に倒れ込みそうになった。
「うわっ」
反射的に喉から声が出て、座席を掴む。
窓側の席に乗っていた綺麗な女の人が、驚いたようにこちらを見た。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です!」
僕は口をパクパクさせながら答える。
「ならよかった。気をつけてね」
にっこりと笑うその表情は、蕾だった薔薇が大きく開いたみたいで、一気に周囲が明るくなった。僕の頬が熱を帯びるのがわかった。斜め75度くらいに傾いた体を起こす時、女の人の隣の座席がふいに目に入った。
大きなボストンバックぐらいの大きさのカバンが目に入る。視線を感じて僕はそのカバンに目をやった。カバンはメッシュ素材で、中が透けて見えた。僕はその中を凝視する。
「わっ!」
中を見た瞬間、驚いて思わず仰け反った。
反対側の座席にぶつかる。衝撃が背中に伝わって、フードがふわっと浮いたのがわかった。フードの中でネズミが宙を舞う。あわわわというネズミの声が耳に聞こえた。その瞬間、ネズミが僕の後頭部にぶつかって、そのままフードにぽすんと落ちた。僕はフードの外側からネズミを触る。ネズミが動いていない、気がする。
僕は体勢を整えると、一気に通路を走った。
自動ドアが開いて、僕は連結部分へと滑り込んだ。
はぁはぁと自分の呼吸音が耳につく。僕はフードを覗き込むように首を捻った。
「大丈夫? 焦ったー!」
僕の呼びかけにネズミは応じない。
僕はフードに手を突っ込んでネズミを取り出すと、ペチペチとネズミの頬を叩いた。ネズミは口をぽかんと開けて、目を瞑ったままだ。僕は再び、ネズミの頬を叩く。
「起きろ。起きろって」
僕は右手の中指の爪を親指の腹に引っ掛けて、パンっと弾いた。ネズミのおでこにデコピンがクリーンヒット。
「いった! 坊ちゃん! これは確実に訴訟案件です!」
ギュンと目を開いたネズミが、前歯をにゅっと出して怒っている。
「はぁ。よかった」
僕は安堵のため息を吐いた。
「何がよかったですか。急に動くからびっくりしましたよ。何があったんですか? まさか猫がいたとか?」
僕は首を捻った。
猫はいた。確かにいた。でも洋服は着ていなかった。普通の小さなおとなしそうな黒猫が、丸まって猫用のカバンの中に寝ていただけだ。
ネズミの言っている猫とは違う。
僕は首を左右に振る。
「じゃあよかったです。早く1号車にお願いします」
自動ドアが開く。僕は1号車へと足を踏み入れた。
1号車の座席は広々としていた。2号車より後ろの車両は、通路を挟んで2席ずつ席があったが、1号車は1席と2席。一列に計3席しかない。
「豪華〜」
思わず口から漏らした声にネズミが反応する。
「先生はお金持ちですからね! レジェンドなんですよ!」
お前が自慢するな。いっそのこと気絶したままでもよかったけど、と思ったが実際に気絶されたままでは困るわけで、僕は「さすが〜」と適当に相槌を打った。
一番前にガラス張り円形の休憩スペースのような場所がある。運転席もガラス張りで丸見えだ。
「スッゲー。かっこいい!」
カメラを持ってこなかったことを僕は後悔した。テンションが上がる。僕があそこに座りたい。
そんなことを考えていたら、ネズミが僕の肩をよじ登ると、ぴょんと通路に飛び降りた。タタタタっと通路を走りながら、「先生!」とパノラマキャビンに近づく。
キャビンにはどっかりと座る貫禄のある姿が見えた。
茶色の髪のおかっぱ頭。鼻がものすごく高い。外国の人だろうか。肌より少し濃いめの茶色をしたチェスターコートに黒いタートルネック、山高帽をかぶって足を組んで座っている。
ネズミの声を聞いて、先生がゆっくりと振り向いた。
「やあ。ネズミくん」
え?!
まさか!
先生の顔を見て、僕は呆気にとられた……!
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