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小説 『マイ ファニー バレンタインデー』
解説
一人の女性の人生をテーマに、間もなく還暦を迎える息子の視点から描いた全13話の短編小説。
『瓦解』のタイトルで掲載を始めた小説の完成版です。
オンライン小説投稿サイト「NOVEL DAYS」にも公開中。
(タイトルグラフィックにはMicrosoft bingとAdobe Photoshopの生成AIを利用しています)
第1話 慈子
あの憂鬱なバレンタインデーがまた巡ってきた。
ちょうど一年前、些細なことで言い争いになった末に妻は浜松の実家に帰ってしまった。それ以来、彼女はずっと戻って来ない。今年の六月で結婚して四半世紀になるから、もしこの危機を乗り越えることができれば四か月後に僕たちは銀婚式を迎える。元気にしているのか気になって電話しようかとも思ったが、こちらから負けを認めるようなことはしたくない。
妻の美奈は亡き母に面影が似ていた。
父から聞かされた母との出会いとまるで同じように、取引先で社長秘書をしていた美奈と出会ったときに僕は運命を感じた。何度か顔を合わせるうちに向こうも好感を持ってくれたようで、出張のお土産を渡したら翌週のバレンタインデーに手作りのチョコレートを手渡してくれた。
僕には長い間恋人と呼べるような相手がいなかった。
大学時代にゼミの後輩と付き合ったとき、「母親の話ばかりするマザコン男」と陰で悪口を言っているのを知ってひどく落ち込んだ。結婚するまでに男女の関係になったのはその後輩だけだったが、セックス目的で女性に近づいたりすることはなかったし、ましてや風俗の世話になることなどまっぴらだった。
全く女性にもてなかった訳じゃない。バレンタインデーにチョコレートや花を贈られたこともある。でも僕は付き合い始めるとすぐに敢えて母の話をした。大概の女性はそれで僕に愛想を尽かして去っていく。皆が僕のことをマザコンと噂するのは判っていた。
ただ、美奈だけは違っていた。初めて母の話をした午後、長い話を聞き終えた彼女はこう言ったのだ。
「ほんとうに素敵な人だったんですね。私も会ってみたかった」
美奈はとても社交的で性別を問わず友達も多かった。母とは対照的なその性格に僕は戸惑いを隠せなかった。五年の交際期間を、長いとか、長すぎると言う人もいるかもしれない。それでも生涯のパートナーとして決意を固めるのに、僕にはそれだけの時間が必要だった。
美奈がプロポーズに応えてくれた日はちょうど母の命日だったから、僕たちは二人で母の墓前に報告した。
品があって慎ましく、聡明で美しく、人の悪口や噂話が嫌いで、どんな人の言葉にも真剣に耳を傾ける。そして優しくゆっくりと話し始め、けっして人の話を遮らない。
慈しみの子と書いて慈子。その名が示すように慈悲深く聖母のような母は、僕にとってかけがえのない理想の女性だった。
そんな母が亡くなったのは僕が十八の時だった。
忘れもしない大学入試の合格発表の日。自宅に電話した僕は、誰も出ないことに違和感を感じた。少なくとも母は僕の連絡を待ってくれている筈だった。嫌な予感が脳裏を掠めた。急いで家に帰った僕はテーブルの上に置かれた妹のメモで事故のことを知った。
駆けつけた病院に母の姿はなく、急いで向かった警察の遺体安置所では、父に「見ない方がいい」と制止された。
「お赤飯がないから買ってくるねってスーパーに買い物に行ったまま帰ってこなかった」と妹の聡美は言った。「救急車のサイレンの音がずっと耳鳴りのように頭の中から消えないの。私が買いに行けば良かった」
泣き崩れた聡美の背中を摩りながら、僕は僕なりに励ましたつもりだった。
「聡美が悪いんじゃない。僕のせいだ」
突然左折してきた大型トラックに自転車もろとも母は押し潰されたのだ。通夜の夜、斎場で再会した母の遺体は顔が半分隠されていた。
第2話 病室
バレンタインデーのその日、僕はブランチのつもりで前夜のカレーの残りを平らげてから、私鉄と地下鉄を乗り継いで父の病院に向かった。僕が着く頃にはちょうど昼食も終わっているはずだ。
病室では美津子さんが窓際に花を生けていた。
ベッドサイドに置かれたハート型のパッケージが僕の目に映った。美津子さんが持ってきたのだろうか、それとも妹のお土産だろうか?
父の奥さんは自分の仕事を終えると、さっさと帰り支度を始めた。
「隆史さん、私用事があるからこれで失礼するわ」と言うとバッグから小さなチョコレートを取り出して僕に手渡した。「あとはお願いね。親子水入らずで」
「ありがとうございます」と僕が言い終わらないうちに美津子さんは病室を出て行った。その後ろ姿は、末期がんの夫を見舞いに来たとは思えないほどウキウキして見えた。
「これからボーイフレンドの店に行くんだろ」と父は苦笑した。
「ボーイフレンド?」
「南青山の……あぁ名前が思い出せない。なんとかいうフレンチレストランでソムリエをしてるらしい」
僕はため息をついた。
「父さんはそれでいいの?」
「ヤキモチ妬いたところでどうせあと数か月の命だしな」
僕は父の言葉を否定しなかったが、ただ無性に悲しかった。
「母さんとはえらい違いだね」
今度は父がため息をついた。
「今日は少しゆっくりできるのか?」
妻との別居を病気の父にはずっと黙っていた。
「美奈は実家だから大丈夫だよ」
「バレンタインデーなのに実家か。喧嘩でもしたのか?」
「いや」僕は嘘をついた。「お父さんの具合があまり良くないらしくて」
美奈の父親は前立腺がんだったが、手術後に抗がん剤治療を受けた後、再発の可能性は殆どなくなって今は仕事に復帰している。
「そうか。そっちのお父さんも癌だったな。まぁ、私の方が先にくたばりそうだが」
「縁起でもないこと言わないでよ」と僕は言ったが、緩和ケア病棟にいる末期の膵臓がんの父とこうして会話出来る時間はそう長くない。「でも思っていたより元気そうで良かったよ」
先週末は妹夫婦が娘と孫を連れて父を見舞っていた。
聡美からは「お父さんは麻酔で朦朧としてて聡司さん——妹の夫で僕の親友の山中聡司——のことをずっと兄さんだと思い込んでいた」と聞いていたから、父がこうしてちゃんと会話出来るのはちょっと意外だった。
「長男のお前にだけ話しておきたいことがあるんだ」と父は言った。「このことは墓場まで持っていこうと思っていたけどね。私が死んだら誰も真実を知る者はいなくなってしまうから」
「もしかして、愛人とか隠し子とかそんな話?」と言って僕は苦笑したが、父は真顔だった。
「いや。お前のお母さん、慈子のことだ」
「母さんのこと?」
「お母さんは……慈子は、自分の少女時代のことを隆史に話したことがあるか?」
いくら思い返してみても、僕の記憶の中に母の少女時代のエピソードはひとつも無い。僕は静かにかぶりを振った。
「私の話を聞いたら、隆史は驚くだろう。信じてくれないかもしれない。でも、慈子が体験した歴史を忘れてしまったり、風化させてはいけないと最近思うようになったんだ」
「いったいどういうこと?」と尋ねた僕の脳裏にはすでに嫌な予感が渦巻いてた。
第3話 幽霊
「実はこの間、慈子がここに来たんだ。とうとうお迎えが来たのかと思ったよ」
やはり聡美の言うように父の意識は混濁しているのかもしれない。僕は黙って耳を傾けた。
「そのとき慈子は『お父さん、辛いときや苦しいときはもっと隆史さんに頼ってね』って言ったんだ」
訝しげな僕の表情を父は感じ取ったようだ。
「嘘だと思うだろ? でもそこにあるハート型のチョコレートは慈子が持ってきてくれたんだよ」
「このゴディバ?」と指さしたら父は頷いた。
「最近の幽霊は随分洒落たものを持ってくるんだね」
「あれは幽霊だったのかな? 記憶が朧で私にもわからないが、でも慈子の気持ちだけは分かった。あいつはお前にほんとうの自分のことを知って欲しいんだ」
もしかすると、父がこれから語ることはあまり耳にしたくない類いの話かもしれない。
「その話の前にお茶でもどう?」と言って僕は立ち上がった。
父のカップを備え付けの洗面で洗い、見舞客用のカップをサイドテーブルに並べてティーバッグを入れ、ポットからお湯を注いだ。
父はお茶を一口啜ると母との出会いの話を始めた。
「慈子との出会いのことは何度か話したことがあったな」
「うん、何度もね」
「慈子は神田の商事会社で秘書をしていた」
「それは知ってる」
「出会ったのは東京オリンピックの年だ」
「1964年だね」
「私の会社はちょうどオリンピックで使う撮影機材を取り扱っていたが、現場でその機材を使うにはオランダのメーカーの部品が必要だったんだ。ちょうどその部品メーカーの代理店が慈子の会社だったんだよ。年末に初めて訪問して、年が明けて何度も足を運ぶうちに、私はいつも書類を用意してくれる女性が気になり始めた」
「それが母さんだろ」
「物静かで控えめだが、とても聡明で気が利くんだ。私は感心しながら『あの事務員さんは優秀ですね』と言ったら、担当の八代部長が『彼女はうちの秘書ですよ。速記が得意で最近はタイプも熟すようになったから助かってます』と言うんだ。それで小声で『なかなかの美人でしょう?』と耳打ちするから、私は大きく頷いた。そしたらその部長は彼女に聞こえるように『富田君は花婿募集中なんだよね?』と声を掛けたんだ」
その辺りの話はしっかりしている。今までに何度も聞いた話だが辻褄は合っていた。
「そのあと帰り際に慈子の方から話しかけてきた。『先ほどは失礼しました。部長がおかしなことを申しましたがどうかお気になさらずに』ってね。だから僕は『花婿募集中というのは冗談ですか?』と聞き返したら、否定もせずにしばらく俯いていた。それで僕はこう言った。『ここにも花嫁募集中の独身男が一人、あなたの前に立ってますけれど』って。そしたら慈子は顔を真っ赤にしてるんだ。私はまずいことを言ったと思って話題を逸らせた。『富田さんは関西出身でしょう? 品が良いから京都、いや神戸あたり。お父さんはお医者さんかな?』ってね」
その話は初めて聞いた。
「確か神戸で小児科医をしていたんだよね。父さんはそれを知ってたの?」
「いや。全くの出任せだった。関西訛りには気づいていたけど、賢そうな子だったからきっと親は医者か学者に違いないと想像しただけだ。でもそれが大当たりだったんだよ」
父は照れくさそうに笑った。
「慈子は『どうして判るんですか?』って目を潤ませていた。『父は三宮で小児科の医者をしていました。でも私が二歳の時に空襲で……』って。そこに八代部長が通りかかった。『若い男女で早速逢い引きかね? でも泣かしちゃまずいですな』と言われてまた応接室に通されたんだ」
「その部長が仲人さん?」
「そういうことだ」
僕は内心ほっとしていた。こんな話なら恐れることもなかった。
「その後はトントン拍子に進んでね。慈子には身寄りが無かったから、八代さんが親代わりになっていた。あとで判ったことだが、社長の姪御さんが短大で秘書の勉強をしてその年に入社することが決まっていた。だから二人が職場でぶつからないように八代さんは慈子の花婿を探していたんだ」
父はハート型のケースを開くと、その中にあるチョコレートを指さした。
「どれでも好きなのを食べたらいい。私はもう味が分からないんだ」
「幽霊がくれたチョコレートなら僕も味は分からないかもしれないな」
僕が返したブラックジョークに父は無反応だった。
「ありがとう。いただきます」と言って僕は一つ口に運んだ。「美味い。さすがゴディバだね」
父も一つ口に入れたが、神妙な顔をしながら噛み砕くとすぐにお茶で流し込んだ。
そして父はしっかりした口調で一気に語り始めた。
第4話 失踪
交際を始めたのは二月だったが、オリンピックの開催を目前に控えていたから、仕事が忙しくてデートらしいデートもなかなか出来なかった。婚約前に二人だけで逢ったのは、仕事を終えた後に映画を観に行った夜と、お得意さんに招待されたクラシックのコンサートくらいだったな。
それでも、四月には私は結婚の意志を固めていた。もし慈子を逃したら一生後悔すると思ったんだ。銀座の和光で指輪を買って五月の連休の最初の日にプロポーズした。翌日、二人で八代さんのお宅に挨拶に行って結婚式の日取りも決めた。慈子は入社したばかりの新人に席を譲って六月いっぱいで退職することになった。寿退社という言葉はまだなかったかもしれないが、あの時代は結婚イコール退職だったからね。
結婚式は七月二十六日の大安の日だった。
うちの両親が高松から上京して、明治神宮で式を挙げたんだ。ウェディングドレスを着たくないかって慈子に尋ねたら、「親のいない私にとっては式が挙げられるだけでも勿体ないです」って言ったんだ。だから写真は和装で文金高島田なんだよ。あの時、私の方から「君のウエディングドレス姿を見たい」って言えば良かったと随分後になって後悔したけどね。
慈子には身寄りがなかったから、披露宴は高松でうちの親族だけを招いて行うことになった。と言ってもオリンピック直前で仕事が忙しくて長い休みを取ることなど出来なかったから、式から一月近く経った八月下旬に新婚旅行を兼ねて四泊四日の旅に出た。三泊四日じゃない、四泊四日だ。
新幹線が開通するのは十月だったから、私たちは金曜日の夕方に東京駅から夜行列車に乗り、列車を乗り継いで連絡線で四国に渡った。今ほどではないが、その年は酷暑と言われたほど暑かったし、まだ冷房が完備されていないところも沢山あったから、高松に着いたときは二人とも汗だくだった。
実家で朝風呂を浴びて、午後から高松見物をした後、浴衣に着替えて徳島に向かった。台風が近づいていて天気もあまり良くなかったが、阿波踊りを見たいと言った慈子のリクエストに応えたんだ。
阿波踊りの競演場はものすごい見物客でね。互いの手をしっかり握っていないと逸れそうなほどだった。8ミリカメラを持って行ったが、とても撮影する余裕などなかったな。とにかく熱気がすごかったよ。帰りもすごい混雑で電車になかなか乗れなくて、やっと乗れた列車は高松行きの最終だった。
披露宴は日曜日だった。仏滅だったが、式は大安に済ませているから良いだろうってことで、その日に決めた。でも、なんで仏滅なんだってブツブツ言ってた親戚は何人かいたな(笑)。
会場は地元ではちょっと知られた宴会場だったけど、集まったのは二十人、いや三十人くらいだったかな? 慈子は美人だし気も利くから、親戚のとくに伯父さんたちは皆んな上機嫌で、私も鼻が高かった。
辰彦君が別嬪さんを嫁にしたって喜んでくれたのはいいんだけど、今考えるとみんな飲み過ぎだったね。披露宴が終わった後に屋島観光を予定していたけど、親戚がなかなか帰らなくてね。そう、みんな慈子に夢中だったんだ。
屋島には母方の叔父が車で連れて行ってくれたけど、もう辺りはすっかり暗くなっていた。叔父もかなり飲んでたから今じゃ許されない酒気帯び運転だな。あの頃はみんな普通にやってたことだけどね。
月曜日に帰る予定だったが、台風が来ていてね。もしかしたら連絡船が出港できないかもしれないと心配した両親が、もう一泊していくように強く勧めたんだ。火曜日から出社の予定だったからすぐに職場にお詫びの電話を入れた。結局、あの日の連絡船は出港したのかな?
とにかく私たちは予定を一日遅らせて、火曜日の朝に菩提寺で先祖の墓前に報告して、昼前の宇高連絡船に乗った。神戸発の寝台特急には十分間に合う時間だったんだよ。でもその船に乗ったことが命運を分けたんだ。
連絡船の中で、慈子のことを遠くからじっと見つめている女性がいた。ちょっと水商売風の派手な服装をした人だった。ふと気づいたら、付け睫毛で目の周りを真っ黒にしたその女性が目の前に立っていた。
「あんた新地のみえやにおったな? おしげちゃんや」確かにそう言った。「な? おしげちゃんやろ?」
慈子は応えなかった。
「人違いじゃないですか?」と私が代わりに応えた。「妻は三宮の医者の娘ですよ」
それから慈子の様子があきらかにおかしくなった。
「お化粧を直してきます」と席を立ったまま、連絡船が宇野に着くまで戻ってこなかった。荷物も何もかも全てをそこに残したまま慈子は姿を消したんだ。
第5話 捜索
係員に頼んで連絡船の中を隈無く探して貰ったが、結局慈子は見つからなかった。下船した乗客から回収した切符の数に不足はなかったから慈子は既に船を下りていたんだよ。
私は手帳に『新地のみえや』と書いた。『しんち』と言えば大阪の北新地のことだろうと感じていた。
宇野駅から会社に電話をかけて上司に事情を説明したが、翌日に大事な商談を控えていた私には帰る以外に選択の余地はなかった。行方不明になったのが宇野駅だったので地元の警察に捜索願を出して、そのまま東京に戻った。
警察には何度か連絡を取ったが、手がかりは掴めそうになかった。
新婚旅行の旅先で新婦が行方不明になったという私を憐れんで上司も気遣ってくれたが、オリンピック開催までの職場はまるで戦場で、とても個人の事情を言い出せるような余裕はなかったんだ。当時は土曜日は休みじゃなかったし、日曜も殆ど仕事に出ていたからね。
東京オリンピックが無事に終わり、会社から臨時のボーナスも出て、やっと私は十一月の平日に二日間休みを取ることができた。
開通したばかりの新幹線で大阪に向かい、先ず初めに慈子の除籍謄本を取ることから始めた。
亡くなった育ての親の富田英作は河内の、今で言う東大阪の工場経営者だということは聞いていた。しかし河内市役所で謄本を取るまで、富田の養女になる前の慈子の籍のことは知らなかった。富田の籍に移ったのは両親が亡くなった直後ではなく、昭和三十三年になっていた。慈子は十五歳になるその年まで北区曽根崎新地の中村美枝の養子になっていた。しかしその養母は慈子が戸籍を移す直前に亡くなっていた。その間に北の新地で慈子の身の上に何かが起きていたのだろう。夫の私にも知られたくない何かが。
次に北区の区役所で除籍謄本を確認すると、慈子は終戦直後の昭和二十一年に中村美枝の養女になっていた。中村美枝は井上美佐、つまり慈子の母親の実の姉だから慈子の伯母に当たる。
『新地のみえや』は北の新地で中村美枝が経営していた何かの店の名に違いない。役所の窓口で北新地の店前が分かるか尋ねてみたところ、戸籍担当の係員は面倒くさそうに言った。
「電話帳で調べてみたらどうですか?」
役所にあった電話帳で早速調べてみた。しかし、その地域に『みえのや』は見つかったが、『みえや』の読みの店はなかった。店主が六年前に亡くなっていれば、店がなくなっていてもおかしくはない。戸籍係では埒があかない。地域の商店などを管轄する係に頼んで、昭和三十年当時の北新地の地図を見せてもらったところ、そこに『みえや』の名前を見つけた。私は地図を手帳に書き写した。
北新地は歩いて行ける距離だったから、すぐにその場所に向かった。
辺りは飲み屋街といった雰囲気で、まだ開店前の店が多かったが、かつて『みえや』があった場所は『憩』という名の喫茶店になっていた。店に入るとカウンターに腰掛けて先ずコーヒーを頼み、マスターらしい中年の男性に聞いてみた。
「ここは以前『みえや』って名前だったようですが、どんな店だったかご存じですか?」
マスターはすぐに答えなかった。タバコに火を付けて深く煙を吐くと、私を睨み付けるように言った。
「あんたは新聞記者なん? 昔のことはよう分からん。三年前に高槻から越してきたんやから」
少し険悪な雰囲気になったので私は早々に店を出た。
時計は五時を回っていた。呼び込みの若い衆が道に立ち始め、辺りは急に活気を帯びてきた。喫茶店から五十メートルほど離れたところにたばこ屋があった。私はハイライトを一箱買って、店のおかみさんに尋ねてみた。
「この先の角に『みえや』ってあったらしいけど、どんな店やったん?」
たぶんまだ六十代くらいだったと思うけど、もうお婆さんって感じだったな。そのおかみさんは知ってたよ。
「美枝さんはほんまに気の毒やったな」
「おばちゃん知ってるんや?」
「娘さんと二人でこまな料理屋をやっとった」
「その娘さん、慈子って名前やない?」
「なんや、知っとるんか。そうそう、おしげちゃんやった」
「美枝さんは気の毒って、いったい何があったん?」
「あんたは知らんのやな。強盗に襲われて美枝さんは殺されてんで。あの頃は空き巣が多かったけど、店に入った泥棒を捕まえようとして、持ってた刺身包丁で逆に刺されてもうたんやからね」
慈子の伯母が殺されたと知って、私は絶句した。
「あれからおしげちゃんはどうなったん? 美枝さん亡くなって、身寄りが無いから河内の富田っておっちゃんが連れて行ったいう噂やったけど。あんた知ってるんやろ?」
自分の妻だとはなぜか言い出せなかった。
「その富田さんも随分前に亡くなって、慈子さんはこないだまで東京で働いてたんやけど、急に行方が判らんようになってな。ほんでここに帰って来たんやないか思うて」
「この辺りでは聞かへんね。ここもだいぶ変わってしもたしね。おしげちゃん、こまい頃から別嬪さんやったからずいぶん綺麗になったんやろうけど……」
「ありがとう」と礼を言って立ち去ろうとしたら尋ねられた。
「あんたはここの人とはちゃうやろ?」
「今は東京ですけど、生まれは高松です」
「讃岐の人かぁ。あんたもおしげちゃんにぞっこんなんやね。顔見ればわかるわ」
あんたも——と言われたことが心に引っかかった。慈子は「今までにボーイフレンドのような相手は一人もいなかった」と言ったが、それは嘘だったのだろうか?
少なくとも、この北新地には私の知らない慈子がいた——それだけは確かだった。
その晩は慈子の写真を持って朝方近くまで辺りの店を片っ端から訪ねて回った。しかし、誰も慈子を知る者はいなかった。早朝に梅田のホテルで仮眠を取って、翌日も北新地に足を運んだが、店はみんな閉まっていた。たばこ屋の前も通りかかったが、旦那さんらしい人が座っていたから声も掛けなかった。
私は肩を落として帰りの新幹線に乗った。
第6話 再会
慈子が行方不明のまま、結婚一周年を迎えようとしていた。
高松の親戚からは「仏滅に披露宴なんかしたから罰が当たった」などと散々な言われ方だったから、新聞やテレビで結婚詐欺のニュースが報道される度に、母は息子が被害に遭ったんじゃないかと心配して電話をかけてきたよ。
私も何もしなかったわけじゃない。
商談で関西に出張した六月、足を伸ばして富田が経営していた工場を訪ねて、慈子を知る専務から話を聞いた。そこは私の想像とは違って、従業員百人以上の立派な設備の電子部品工場でね。ちょうど今は町工場からメーカーとして生まれ変わろうとしているところだと、専務は自慢げに話していた。
「慈子さんは社長の娘さんやとうちらは思うてました」と専務は話していた。富田社長は慈子と同じ年頃の娘さんと奥さんを空襲で亡くしたそうだ。それで同じように空襲で親を亡くした慈子を養女にしたわけだ。
「あの頃はまだここも今の半分くらいの規模やった。慈子さんは、昼間は会社の事務を手伝いながら夜は定時制の高校に通うてました。大人しくて真面目な娘さんやったよ。社長が亡くなったときは大変やったけど、生命保険で工場も少し拡張出来たし、慈子さんもその保険金で学校に通う事が出来て、東京行くときはちゃんとここにも挨拶に来てくれはった」
そう聞いて私は少し安心した。
東京に戻って一週間くらい経った頃、慈子が務めていた商事会社の営業マンが連絡をくれたんだ。大阪の北新地で慈子によく似たホステスがいたとね。開店して一年くらいのキャバレーで、そのホステスの『アサミ』という源氏名も教えてくれた。
私はその週末大阪に向かったよ。
東京なら銀座の一等地にあるような立派な店だった。
アサミを指名してビールを飲みながら私は待った。一二を争う人気だったらしくて、あまり長くは相手が出来ないからと、ママからは他のホステスを薦められた。でも私の目的は慈子だったから、大人しく待ち続けたよ。
四十分ほど経った頃にアサミがテーブルにやって来た。
「お待たせしましたー」と言いながら席に座ろうとして、初めて私に気づいたんだ。
「なんで? なんであんたがここにおるん?」と言いながら席を立とうとするから、私は息を整えて言った。
「それは僕が言いたい台詞だけど、とにかくここに座って」
アサミは不服そうに少し距離を置いて私の隣に座った。
「探したよ。去年この近くまでは来てたけど、まさかこんなところにいるとはね」
「ほっといてくれたらええのに」
「ほっとく? どうしてそんなことができる? 僕は君の夫だよ?」
スコッチのオン・ザ・ロックをダブルで注文して私はポケットからタバコを取り出した。アサミはタバコに火を着けながら言った。
「あんたは良いとこの坊ちゃんやし、結婚してあんたの貯金通帳預かるようになったら全部引き出して逃げよう思うとったんよ。でも四国で親戚の人たちに会うたら、こんな性悪女でもさすがに悪い思うてな」
「流行りの結婚詐欺か……」と言って私は笑った。見え透いた嘘だったからね。
「うちはそんな女なんや。さっさと離婚でもなんでもしたらええ」と呟いたが、慈子は視線も定まらない。こちらを見ようともしないんだ。
「君は嘘が下手やね」と私は言った。
「嘘やない。新地でうちがどんなことしてたか知ったらあんたの方から逃げ出すわ」
一年近く探し回るうちに私にも覚悟が出来ていた。どんな話を聞いても驚かない覚悟が。
「みえやは君の伯母さんの店だね」と言ったら慈子は絶句した。そして泣きそうな顔で私の顔を見上げたんだ。
「そこまで知っとるならその名は言わんといて」
慈子は明らかに動揺していた。それでも私は問い詰めた。
「いったいみえやで何があったんだ?」
しばらく沈黙が続いた。とうとう慈子が音をあげた。
「今日はもう勘弁して。明日ゆっくり話すから」
「わかった」
「明日の昼前。十一時にこの店の前に来て」
「十一時だね。もう逃げないでくれよ」
慈子は初めてまっすぐにこちらの目を見ながら言ったんだ。
「もうこれ以上逃げる場所なんてないから」
翌日、十分前に約束の場所に行ったら、もう慈子はそこで待っていた。いつものワンピースに薄化粧の、私が知ってる慈子だったよ。
「ついてきて」と言って歩き始めた慈子の少し後ろを歩きはじめた。向かった先は一年前に訪ねた喫茶店『憩』だった。その前で立ち止まると慈子は言った。
「ここ。ここが『みえや』やった」
私たちはカウンターから一番離れた窓際の席に着いて、コーヒーを注文した。以前に来たことを慈子には黙っていたが、幸いマスターは私のことを覚えていないようだった。
コーヒーを一口啜ったあと、こちらから何も言い出さないうちに慈子は語り始めたんだ。
第7話 告白
神戸の空襲でうちの両親は亡くなった。
終戦間際の六月五日。その日、父は看護婦の母と二人で往診に行ってた。その先で空襲に遭ったんよ。うちはまだ二歳やったから覚えてないけど、夫が戦死してうちに居候してた伯母と二人だけ取り残されてん。終戦までは三宮におったけど、焼け残った医院も住まいも借地やったし、戦争が終わって何もせずに長くそこに留まることは出来なくなって、遠い親戚を頼ってここに来たんよ。焼け野原に建ったバラックみたいな木造二階建てやったけど、伯母はここを気に入って借りてん。三宮に比べたらずっと安かったし。でも何かせんと食べていかれへんし、伯母は料理が得意やったから一階を改修して小さな料理屋を始めてん。
地元の小学校に通う頃はうちもごく普通の子供やった。ただ『あんたは別嬪やさかい、これからいろいろ手伝うて貰うわ』って伯母が言ってた意味がそのときはようわからんかった。
中学に上がるちょっと前、伯母に留守番を頼まれたんよ。よく店を手伝ってくれたお兄ちゃんと二人。その人は伯母の愛人やった。最初は優しかったけど、どんどん強引になって。うちも抵抗したんよ……でも諦めた。それが最初の人。そやからうちに結婚して幸せになる資格なんてあらへんのや。
その日以来、夜遅くなると店のお得意さんを二階に案内するようになってん。
下から「しげちゃん、頼むわ」と言われたらそういうことなん。酒臭い男の相手をさせられて、十三の時に流産して、十四の時には赤ちゃんが出来て中絶。それでも次の日には伯母のために働かされた。ただ、二階に案内された客の中に一人だけ何もしない人がいたんよ。その人の前では服を着たままで良かったし。それが富田のおっちゃん。その人は話をするだけ。空襲で奥さんと娘さんを亡くして、その子がうちと同い年やった。
その頃からこの辺りもどんどん変わっていって。うちが十五になる直前に売春防止法って法律が施行されて、何軒か検挙されたって噂が流れとった。富田さんは『しげちゃんもじきに自由になれる』って励ましてくれたんやけどな。
でもその日、二階に来たおっちゃんはいつもと様子が違った。
「大事なものだけ持って逃げるんや。すぐ近くの店に取り調べが入って連行されたから、ここも危ないで」
そこに刺身包丁を持った伯母がものすごい形相で駆け上がってきたんよ。
「あんたにこの娘は渡さへんで」って。
「みえさん、いい加減に目ぇ醒ませ。こないなこといつまでも続かへんで」っておっちゃんは諭してくれた。
「何言うとるん。この娘がいなかったらうちはやっていかれへんのや」
それが伯母の本性やった。
「この子にはこの子の未来があるやろ!」っておっちゃんは怒鳴ってな。
「十二で男を知ったこの娘に未来なんかないわ」って伯母は笑ったんよ。その顔見て鬼やと思った。
「ここは通さへん」っておっちゃんが立ちはだかってな。二人は掴み合いになって、そのまま階段の下に転げ落ちてん。急いで駆け下りたら辺り一面血の海やった。包丁は伯母の胸に刺さってた。
「わしが刺したんやない」っておっちゃんは首を振った。「落ちた拍子に……」って。
うちは咄嗟に「おっちゃん、逃げて」って言ったんよ。急いで二階に上がって、箪笥の引き出し引っ張り出して、部屋を滅茶苦茶にして、売上金を自分の下着の中に入れた。お金が欲しかったわけやない。泥棒を偽装したんや。
階段を駆け下りて伯母を見たら、もう息もしてなかった。そこにちょうど近所から通報受けたお巡りさんがやってきたから、「黒ずくめの男がお金を盗って逃げていきました」って嘘ついてん。警察でもうちは嘘の証言した。
おっちゃんは自首するつもりで戻って来たんやて。そんとき近所の人が『物取りに刺された』って噂してたの聞いて、うちのことが心配になって警察まで来てくれたんよ。「自分が自首したらおしげちゃんは施設に預けられることになる」って心配してくれて。それで、うちはおっちゃんのところに引き取られてん。
それ以来毎日毎日本当のことが分かったらどうしようって。いつかバレるんとちゃうかって気が気じゃなかった。でも、うちはおっちゃんにこう言ってん。「おっちゃんはなんも悪うない。悪いのは全部みえさんやし、その次に悪いのはうちやから」って。
第8話 幸福
慈子は大きな溜息をつくとタバコに火を付けた。
「結婚するまであんたにも言えなかった話や」
慈子はハンドバッグから書類を取り出した。離婚届の用紙で、妻の欄には全て書き込まれ、捺印もされていた。それをテーブルの上に拡げてこう言ったんだ。
「東京に帰ったら、これを出したらええ。うちはあんたをこれ以上不幸にしたくないんよ」
慈子の話は私の想像を遥かに超えていたが、全て過去のことだ。私は覚悟した。
「この一年、僕がどれほど不幸だったかわかるか? 僕にとって、君がいない人生ほど不幸なものはないんだ。君を苦しめた辛い過去は全部捨てて、これから先のことを考えよう」
慈子は目を潤ませながら「ありがとう」と言ってくれたよ。「嘘でも嬉しいわ」って。
私は慈子に自首を勧めた。慈子も心に決めていたらしく、私たちは昼食も取らずに二人で警察に向かった。未決の事件だったから、慈子はすぐに取り調べを受けることになった。その夜、私は慈子の代わりに預かった辞表をキャバレーに届けたんだ。
取り調べは何日かに及んだ。会社に事情を話して休みを延長して貰って、毎日慈子に面会に行った。会社には「妻があらぬ嫌疑をかけられて」と伝えたけどね。
仲人の八代さんに慈子が見つかった報告をしたときに、「少女時代に亡くなった伯母のことで警察で事情聴取を受けている」と伝えたら、八代さんはすぐに大阪の弁護士を紹介してくれた。
その弁護士さんは面会の時にも同行してくれて、「当事者は亡くなっているし、事件当時まだ十五歳の未成年だったから、もし裁判になっても情状酌量で大きな罪にはならないはずだ」と言ってくれた。
慈子は仮釈放されたが、すぐに東京には返して貰えなかったから、富田さんの会社で女子寮の一室を借りて、検察からの連絡を待ったんだ。
弁護士さんから不起訴の知らせを受けたときはやっと肩の荷が下りた気分だった。
私はすぐに新幹線に飛び乗って迎えに行った。でも喜んでいたのは私だけで、慈子はあまり嬉しそうじゃなかったんだ。彼女は私に向かってこう言ったんだ。
「前科は付かなかったけれど、私の罪が消えたわけじゃない」って。
だから私はこう返したよ。
「その罪は僕が半分引き受けるよ。夫婦は運命共同体だからね」
そのとき慈子は初めて声に出して泣いた。いつまでも泣き続けた。
きっと事件の時、いやその前に女としての幸せを奪われてから、ずっと耐え続けてきた悲しみが一気に押し寄せてきたんだろう。私はそんな慈子を抱きしめながら心の底から愛おしいと思った。
実は、慈子は過去の因果で自分には子供は出来ないと諦めていたんだ。けれどちゃんと妊娠して、再会した一年後にお前が生まれた。私たち夫婦にとって幸福の絶頂だったな。
母親になって、慈子はやっと過去を捨てる決意が出来たんじゃないかな? その日から、慈子はお前もよく知っている慈子になったんだよ。
第9話 芳香
父の話を聞き終わったとき、目眩と同時に僕は吐き気にも似た不快感を感じた。
これは父が創作した物語に違いない——そう自分に言い聞かせた。若い頃に映画のシナリオを書いて応募したこともある父だから、ストーリーを創作することは得意なはずだ。
でも、今更なんのためにそんな話を僕に聞かせたんだろう?
「良く出来た話だね。それは父さんが書いたシナリオ?」と訊ねた。
「シナリオか……」と言って父は笑った。「信じられないのも無理ないだろうな。あのお母さんからは想像も出来ない話だろうから」
「もし父さんの作り話だったら、お母さんへのひどい侮辱だよ」
「それじゃ、もしほんとの話だったらどうなんだ?」
「それは……」その先の言葉が出なかった。
「間違いなく言えることは、少女時代の慈子には逃げる以外に選択肢がなかったってことだ。慈子にはなんの罪もない。あるとすれば、事故で伯母が亡くなったときに物盗りを偽装して富田さんを逃がしたことくらいだな。でもそれも結局罪には問われなかった」
父は少し咳き込んで、冷めたお茶を口にした。お茶を煎れ直さなきゃ、煎れ直した方がいい、そう思いながら、まるで身体が硬直したように僕には何も出来なかった。
「それでも、慈子の努力は評価されるべきだと思うよ。あれほど過酷な少女時代を送ったら自暴自棄になってもおかしくない。それなのに、慈子は働きながら定時制の高校に通い、富田さんが亡くなって天涯孤独になってからも、早稲田速記を勉強して秘書になるまでの知識を身に付けた。隆史の嫁さんも社長秘書をしていたから、大学に行けなかった慈子にとってそれがどれくらい大変なことだったかは想像つくだろう?」
想像する以前に、僕はそんな母を思い描きたくなかった。しかし、父は追い打ちをかけるように僕に訊ねた。
「慈子の……お母さんの臭いを覚えてるか?」
途端に幼い頃の記憶が蘇った。母はいつも石けんの香りを漂わせていた。そして僕はその甘い芳香が大好きだった。
「石けんの香り?」
「そうだな。その理由を知ってるか? 慈子は風呂に入ると必要以上に繰り返し繰り返し石けんで身体を洗っていたんだ。『私の身体は汚れているから』って言いながら……」
父と子の会話は、巡回の看護師によって終止符を打たれた。
「森さん、今日は息子さんとお話し出来て良かったわね。ちょっとお熱計りましょうか」
検温の間、僕は祈るようにじっと待っていた。
「三十七度八分。ちょっと高いですね。このお薬を飲んで、少し休みましょうか」
看護師は僕に目で合図をした。壁の時計を見ると面会の時間をだいぶ過ぎている。薬を飲み終えると、父はハート型のチョコレートケースを開けた。
「私は味がようわからんから好きなだけ持っていったらいい。このチョコレート……お前は信じないかもしれないが、実は慈子が持ってきてくれたんだよ」と言うと、父はうっすらと目に涙を浮かべた。「そのときあいつはこんなことを言ってた。『辛いときや苦しいときはもっと隆史を頼って』ってね。だからまた何かあったら力になってくれ」
その話はさっきも聞いた——と言いかけて僕は口を噤んだ。
父はベッドの上から右手を差し出した。僕が手を握ると想像よりずっと強い力で握り返された。
「今日は来てくれてありがとう」
「近いうちにまた来るよ。これ、遠慮なく貰っていくね」
僕がチョコレートを幾つか手に取って蓋を閉めると、父は満足そうに笑みを浮かべながら静かに目を閉じた。
第10話 瓦解
父の言葉を信じることなど到底出来なかった。
加齢による認知障害なのか、或いは癌細胞がもう脳にまで転移しているのかもしれない。熱のせいでまるで夢でも見るように妄想を膨らませたのだろう——そう考えて僕は湧き上がる自分の感情を落ち着かせた。
地下鉄の座席に座ると、静かに瞼を閉じて子供の頃の思い出を手繰り寄せた。
小学校に入学して間もない頃、理科や算数などの得意な教科以外に全く興味が持てなかった僕は、授業中じっと座っていることが出来ずにクラスの中で一人浮いた存在になっていた。
夏休みに母に連れられて検査を受けた大学病院で、僕はある種の発達障害と診断され、二学期になっても学校に通うことが出来ずにいた。そんな僕の勉強を見てくれたのは他の誰でもない母だった。いつも隣に座る母の身体から漂う石けんの甘い香りが僕の心を落ち着かせてくれた。
「すごいね。この問題はどうやって解いたの?」
算数や理科の問題で僕が簡単に答えを出すと、母は僕を褒めながら導き出したプロセスを聞いてくれた。苦手な科目のときは、僕が興味を持てるものに置き換えて母が独自の問題を作ってくれた。問題に答えるうちに、まるで興味が湧かなかった科目さえも少しずつ楽しくなっていった。そんな母のおかげで、登校を再開した二年生の時には遅れを取り戻すどころか、僕は全ての教科でトップクラスの成績を挙げられるようになっていた。
自分が興味を持てる対象にしか集中出来ない僕の障害を、良き個性として、秀でた特性として伸ばしてくれたのは母の信念と根気に他ならない。
授業参観の時は何度も振り向いて教室の後ろに立つ母の姿を眺めながら、僕はなんとも言えない優越感に浸った。賢く、優しく、美しく、誰よりも上品だった母は僕の自慢だったし、そんな母の期待に応えるために僕は努力を重ねた。
それなのに……理不尽にも第一志望だった国立大の工学部に合格したその日に母は亡くなった。僕は赤飯もケーキも祝杯もいらなかった。ただ母の喜ぶ顔を見たかっただけだったのだ。
母がいなくなってからも僕が努力を続けられたのは、瞼を閉じればいつも母の姿が、あの石鹸の香りとともに僕の心の中に生き続けていたからだ。幾度となく口癖のように聞かされた母の言葉が今も蘇る。
「大丈夫。あなたなら出来るから」
その言葉にどれだけ僕は勇気づけられてきたことだろう。
大学卒業後は老舗の光学機器メーカーに就職し、長年レンズの設計に携わってきた。実績もそれなりに積み重ねてきたし、世に出た機種の名前を挙げるだけでわかる人はわかってくれる。コツコツとまじめに働き、役職定年を過ぎた今もプロジェクトの主査として多くのエンジニアをまとめ上げ、社内でもそれなりに尊敬も受けている。
そんな僕が、売春や殺人に関わっていた女の息子だというのか?
新宿駅で地下鉄を下りると、僕は私鉄の改札を通らずに街に出た。行くあてもなく彷徨い歩き、再び駅前に戻った僕はコンビニで何年も前にやめたタバコを買って、喫煙マークのあるコーヒーショップに飛び込んだ。
頼んだエスプレッソを受け取って奥の喫煙ルームに入ると、換気されている筈なのに中は白い煙で充満していた。椅子に座ると僕は小さなカップの中身を一気に胃に流し込んだ。マッチを擦ろうとしたが、指が震えてなかなか点かない。漸くタバコに火が点ったが、その日を消さないように急いで吸い込んだら激しく咽せた。周囲の人は訝しげにこちらを見ている。なるべく視線を合わさないように下を向いて、今度は静かに煙を吸い込んで、そしてゆっくりと吐き出した。
母が少女時代に身体を売ってた?
嘘の証言までして犯罪の片棒を担いでいた?
絶対に有り得ない!
そう否定したくても、父の話はあまりに良く出来ていた。そして最後に父が語った石けんの香りの理由……。
目を瞑ると、一人泣きながら身体を洗う哀れな母の姿が脳裏に浮かび上がってきた。
まるで聖母のように一点の汚れも無かった崇高な母のイメージが音を立てるように崩れ始め、心の中でずっと大切にしてきた母の思い出さえもが瓦解していく。
震える手で吸いかけのタバコを灰皿に強く押しつけ、僕は嗚咽を押し殺しながら顔を覆った。
第11話 秘密
妹の聡美は、先週末父の見舞いに来ていた筈だ。もしかしたら何か知っているかもしれない。三本目のタバコを途中で消すと、僕は煙で満たされた部屋を後にして名古屋の妹に電話をかけた。
「さっき、親父のところに行ってきた」
「お疲れさま」
「聡美は先週行ってくれたんだよね?」
「うん」
「そのとき、何かおかしな様子はなかったか?」
「おかしな様子?」
「病室で親父が変なことを言うんだよ」
「変なこと?」
「慈子が病院に来たって」
「あぁその話……」
「聡美も聞いてたんだね? それだけならいいんだけど、お母さんのことで奇妙な話を聞かされたんだ」
「奇妙な話?」
「大阪の、今で言う北新地に住んでたって」
「お父さん、話したのね?」
「聡美は新地のみえやって知ってる?」
「ちょっと待って……」と妹は話を遮った。それ以上は電話では話せないと言う。すぐに新宿を出れば、夕方には妹の住む名古屋に着く筈だ。僕は山手線で品川駅に向かい、新幹線に飛び乗った。
待ち合わせの場所は駅前のカラオケボックスだった。
「ごめんね。遠いところここまで来て貰っちゃって」
聡美は僕を労ってくれたが、その顔にいつもの笑みは無かった。
「それにしてもなんでカラオケ?」
「人に聴かれると困る話でもここならゆっくり話せるでしょ?」
僕は子供の頃から人の表情や雰囲気から何かを感じ取ることが苦手だったが、そんな僕でもカラオケボクスというその場に似つかわしくない重苦しいものを感じ取っていた。
部屋に案内されてそれぞれのドリンクをオーダーすると、聡美はバッグから一枚のCDを取り出してCDドライブに挿入した。
「お母さんが一番好きだった曲。憶えてるよね」
歌劇『クセルクセス』のアリア「オンブラ・マイ・フ」。通称「ヘンデルのラルゴ」のオーケストラ演奏がカラオケボックスの中を満たした。僕は深く息を整えながら、瞼を閉じてじっと在りし日の母の姿を思い浮かべた。
わずか六分ほどの演奏が終わると聡美は僕に尋ねた。
「お父さんからどんな話を聞いたの?」
病院での出来事を一つ一つ思い出しながら、僕は父から聞いた一部始終を妹に伝えた。
「なにそれ?」とか「お父さん大丈夫かな?」という言葉が妹の口から発せられることを僕は期待していた。ところが、意に反して聡美はじっと俯いたままこう言った。
「お父さん、話しちゃったんだね」
長い沈黙がカラオケボックスの室内を包み込んだ。
どちらから口を開くべきか僕たちは互いに躊躇っていた。遠くから聞こえてくる隣の部屋の喧噪を打ち消すように先に言葉を発したのは妹のほうだった。
「あたしが高校に入った年、急に変わったの憶えてるよね? 夏休みに朝帰りしたとき、お兄ちゃんにメチャクチャ怒られたから」
黙って頷くと、妹は話を続けた。
「あたしはお母さん本人から聞かされたの。十六の誕生日の次の日に」
間もなく還暦を迎える自分でさえ耐えきれないほどの話を、妹は十六歳のときに聞かされたのだ。それも母自身の口から。中学の頃は優等生だった妹は、確かに高校に進学した途端に遊び歩くようになっていた。
「聡美がグレたのはそのせいだったのか」
「グレた……ね」と言うと妹は苦笑した。「あのときは両親が偽善者に思えたの」
「なにも知らなくてごめん」僕はあらためて頭を下げた。
「やめてよ、今さら。でもあのとき『少しはお母さんを見習ったらどうなんだ!』って説教されたのはキツかったな。『ママの何を知ってるのよ!』って言い返したけど、それ以上なにも言えなかったから。ママからは『このことは聡美の胸に留めて、絶対にお兄ちゃんには言わないで』って釘を刺されてたからね」と言うと聡美は涙を拭った。「ママはお兄ちゃん第一だったからね。ショックを与えて傷つけたくなかったんだろうし、それこそお兄ちゃんにはグレて欲しくなかったんだと思うよ。でも、私も二学期からはちゃんと学校に行くようになったでしょ? あれ、お兄ちゃんに説教されたからじゃないからね」
そう言って笑う横顔は母に似ている。聡美は話を続けた。
「お母さんが長かった髪をバッサリ切ったことがあったでしょ? 夏休みが終わる間際だったけど、ママは私に向き合ってくれたの。それで私も少しは自分事として考えられるようになった。もし私が二歳で両親と死に別れて、他に身寄りが無い環境で育ててくれた身内から十二歳の時に売春を強要されたら、あたし拒否出来るのかな? って。戦争で親を失った子供がいったいどうやって生き延びたんだろうって考えてみた。あの時代には他にもそんな人がいたのかもしれないし。それでやっとママには他に選択肢がなかったんだって理解出来た。だってお母さんは何も悪くないでしょ?」
「聡美は強いな」と僕は呟くように言った。長年、自分は妹を守っているつもりだったが、実際に護ってもらっていたのは僕の方かもしれない。
「強いのはお母さんだよ。それを受け容れたお父さんもね」と言うと聡美はCDのプレイボタンを押し、再び「ヘンデルのラルゴ」の緩やかなメロディーが部屋を満たした。
「お母さんはいつもこの曲を聴いて傷ついた心を癒やしていたんだと思う」
第12話 誤解
音楽が鳴り止むと妹は再び口を開いた。
「ゴディバのチョコレートのことだけど……」
「幽霊が持ってきた?」と僕は訊ねた。
「幽霊か……」と言いながら聡美は含み笑いを浮かべた。「お兄さんには言わないでって頼まれたんだけどね」
「頼まれたって? 誰に?」
「美奈さん」
「え?」
「この間の日曜日、病院に来てくれたの」
「美奈が?」
「初めてじゃないよ。実家に帰ってからも少なくても四回以上はお見舞いに来てくれてる」
「知らなかった」
「黙っててって言われてたからね。この間は病院で待ち合わせしたんだけど、うちが三十分以上遅れちゃって、美奈さん先に病室に行ってくれてたの。そしたらお父さん、朦朧としてて美奈さんのことをお母さんと思いこんで『慈子慈子』って」と言うと聡美は笑った。「悟さんのことを兄さんと間違えるし、優美のことを『美奈さん』って言ってたから、息子や孫の顔も忘れちゃったのかってかなり心配してたけど、さっきの話を聞く限り大丈夫そうね」
「そういうことだったのか。それじゃあのチョコレートは美奈が……」
「そう。美奈さん、お父さんにこんなことも言ってたよ。『辛いときはもっと隆史さんに頼ってね』って。それ聞いてお父さん嗚咽してたよ。それで兄さんに話す気になったのかな?」
「そうか、美奈だったのか」と僕は呟いた。
「チョコレートと言えば……」と聡美は僕に強い視線を向けた。「一年前にバレンタインデーのこと聞いたよ」
「美奈から?」
「そう。兄さんは融通が利かないしデリカシーが足りないよね。お母さんは『お兄ちゃんは病気だから』っていつも庇ってたけど」
「美奈が元彼にチョコレートを渡すような軽率なことをするから」と言いながら僕は言い訳を考えていた。
「美奈さん、元彼だけじゃなくクラス会に来た全員に同じチョコレートを持っていったの。知らなかったでしょ?」
「知らなかった……」
僕は確かに誤解していた。
「スマホのメッセージ見て勝手に誤解してひどいこと言ったの、ちゃんと謝ったほうがいいよ」
素直に自分の過ちを認めた方が良さそうだった。
「そうだな」
「親しき中にも礼儀ありって言うけど、夫婦間でも言って良いことと悪いことがあるでしょ? 昔の彼の方が僕よりセックスは上手かったかもしれないけど……ってなに? 最低! わたし、兄貴の代わりに謝ったわ」
喉元にナイフを突きつけられたように僕は何も言えなくなった。
「美奈さん、泣きながら電話してきたのよ」
「四十二年前の意趣返しか……」と呟きながら、僕はテーブルの上の飲みかけのウーロン茶を見つめていた。
「意趣返し? お兄さんのためを思って言ってるのよ」
「それも四十二年前に僕が言った台詞だ」
妹は軽く二回咳払いをした。
「それじゃ言わせて貰いますけど。悟さんのこと、今でも弟分みたいに思ってるでしょ?」
なんだか話が飛び火している気がしたが、妹は攻撃の手を弛めてくれそうもなかった。
「弟分とは思ってないよ。年も同じだし」と僕は弁明した。誤解して美奈を傷つけてしまったように、親友の悟を傷つけたことは一度もないはずだ。
「確かに大学時代は兄さんの方が少し優秀だったかもしれないけど、今の彼は技術本部長として部下に慕われてるし、兄貴と違って家族にも優しいよ。部下に徹夜させるわけにはいかないって今でも朝帰りすることがあるけど、それでも朝のゴミ捨ては欠かしたことがないし、お休みの日は孫の面倒もみてる。あたしがやらせてるんじゃなくて彼が自分から進んでやってるの。兄さんは家のこと全部美奈さんにやらせてたでしょ? 一人になったら自分がどれだけ大変な思いをするか、兄貴のために別居してって頼んだのは、このわたし。今まで小さな諍いがあるたびに美奈さんが折れてたでしょ? 今度という今度は絶対に美奈さんから謝っちゃダメって言ったから」
「ひどいな」と僕は呟いた。
「ひどいのはどっち? 兄貴が謝ったら美奈さんは家に帰るつもりだったのに、いつまでも自分の非を認めないからずるずると一年も経っちゃったんじゃない? このまま離婚になっても、あたし知らないからね」
そこまで言うと妹はやっと僕への攻撃の手を弛めたが、落ち込んでいる僕を尻目に得意な曲を三曲続けて歌い切ると、最後にこう言い残して帰って行った。
「美奈さんに電話してね。兄さんが謝ってくるのをずっと待ってるから」
第13話 和解
妹に散々やり込められてしまったが、腹は立たなかった。
四十年以上一人で秘密を抱え続けてきた妹が頼もしく思えたし、それは妻の美奈に対しても同じだった。
自分は男尊女卑の古い考えの人間ではないとずっと思い込んでいた。しかし、妻をどれほど尊重してきただろう? 結婚して以来妻にどれほど愛情を注いできただろう? 美奈は結婚生活にどれほど幸せを感じていただろう?
美奈には僕と結婚する前に三人の恋人がいた。そんな彼女の過去を知ったときに僕は結婚を躊躇った。何度も何度も考え直した末に漸く全てを過去のことと割り切って美奈と一緒になった。それでも心の奥底で僕は妻の過去にずっと嫉妬していたのだ。
もし美奈に母のような過去があって、僕がそれを知ってしまったら、きっと自分は裸足で逃げ出していたに違いない。
自分はなんと器の小さい男だったのだろう——そう思えたときに、あらためて父の優しさと寛容さに僕は感服した。
ほんの数時間前、母のことを恥ずかしく感じていた自分が情けなくなってきた。
苦難に満ちた過去を背負いながら、それを微塵も感じさせなかった母の強さは、人として尊敬に値する。大学こそ出ていなかったが、母は定時制高校在学中に大検に合格し、専門学校で速記を学び、ラジオ講座で英語を独習して、たった一人で上京して就職先を見つけた。会社では通訳や翻訳を任されるほど英語にも堪能だったというが、普通の少女なら耐えられないほどの不幸や苦痛を乗り越え、社会人として独り立ちして周囲の信頼を得るまでにいったいどれほどの苦労や努力を重ねてきたのだろう。
真実を目の当たりにして、ずっと心の支えにしてきた母のイメージが崩壊し、その思い出さえもが瓦解してしまったような強いショックを受けた。でも、ほんとうに崩れ去ったのは、自分の虚栄心が作り上げた母の虚像に過ぎなかったのだ。
名古屋駅前のビジネスホテルにチェックインすると、ベッドに腰を下ろして浜松の実家にいる妻にスマートフォンからメッセージを送った。
『今までほんとうにすまなかった。僕は君に不寛容過ぎたと思う』
すぐに妻から返信があった。
『急にどうしたの?』
電話しようと思って画面に触れようとしたら、逆に美奈から着信があった。
「一年ぶりね。何かあったの?」
「実は今、名古屋なんだ」
「聡美さんのところ?」
「さっきまで一緒にいたけど、今はビジネスホテルにいる」
「バレンタインデーにひとりぼっちで急に人恋しくなった?」
「そんなんじゃないよ。ほんとに謝りたかったんだ」
「家にちゃんとチョコレート送ったのよ。でも名古屋にいるなら不在伝票になっちゃったね」
「ありがとう。そう言えば親父のところにもチョコレート持って行ってくれたんだね」
「お父さんの病院行ったのね?」
「親父、美奈のことを亡くなった母さんと間違えてたらしいね」
「すごく嬉しそうだったから否定しなかったけど」
「悪かったね。それと……今更変なこと言うけど、バレンタインのチョコレートってクラス全員に持っていったんだってね」
「え? なにそれ。ほんとに今更」と言うと妻は電話の向こうでため息をついた。「聡美さんから聞いたのね? 男の子だけじゃないよ。女子にも全員。担任の小川先生だけはちょっと豪華なのを奮発したけど」
「誤解して悪かった。それにあの時はひどいこと言ってごめん」
「その言葉、一年も待ってたのよ」
「許してくれるかな?」
「許さない」
「そうだよな」
「嘘よ」と言って美奈は笑った。「あの時も言ったけど、私が愛してるのはあなただけだから。でもほんとに傷ついたのよ。二十年以上連れ添った妻を信じてくれてないってすごく悲しかったし」
「ほんとに悪かった。家に帰ってくれたら、これからは僕がゴミ出しするから」
「なんで急にゴミ出しなの? 面白い人」
「今まで君に負担をかけてたから」
「ゴミ出しはいいから、温泉でも連れて行って」
「温泉なら静岡に沢山あるのに」
「あなたと行きたいの、ってそこまで言わせる?」
僕はなんと応えていいのか分からなかった。
「明日は帰るの?」
「そうだね。東京に戻る途中で君のところに寄ろうと思ってる」
「迎えに来てくれるの? こっち来るのは大変だから浜松駅でいいよ」
「わかった。そのあとだけど、熱海か湯河原あたりで温泉に寄って行くのはどう?」
「明後日は仕事でしょ?」
「そうだね」
「日帰り温泉か。ほんとはゆっくり二三泊くらいしたいけど……いいわよ」
「じゃ、朝のうちにそっちに着けるように明日は早めに出発するよ」
「明日、浜松に着く時間がわかったら教えてね。ところで、今年なんの年か気づいてた?」
「銀婚式?」
「良かった。憶えてたのね」
「六月でちょうど二十五年だね」
「隆史さん、有給休暇沢山残ってるでしょ? 定年退職前にあなたの還暦のお祝いも兼ねて二泊三日くらいであらためて温泉行かない?」
「わかった。何処に行きたいか教えてくれる?」
「考えておくね」
「それじゃ、明日」
「うん。気をつけてね」
「美奈も」
電話の向こうで妻は言った。
「それと、遅くなったけどハッピー・バレンタイン!」
以前の僕なら、安易にハッピーなんて言うもんじゃないと聖バレンタインの悲劇について蘊蓄を垂れたかもしれない。でももう僕はそんな愚かなことはしないつもりだ。
「ありがとう。君にもハッピー・バレンタイン!」
<了>
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