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音楽のこと 001 世界三大ドラマー?(1)

Cover Photoでご想像いただけるように私はドラマーです。
若い頃にプロを目指したこともありましたが、24歳で断念して潔くスティックを置きました。それから35年以上のブランクを経て、目眩の病気のリハビリとして再び叩き初めて今年で8年になります。その間にも指の骨折や心臓の病の影響で数ヶ月以上練習出来ない期間もありましたが、この一年は1〜2週間に一度の個人練習と月2〜3回のジャムセッションへの参加を重ね、今年から漸くバンド活動を始めました。その話はまたあらためて。

今日は音楽の話の第一回として、私が影響を受けたドラマーのことを語らせていただきます。世界三大ドラマーとは大袈裟ですが。

私が初めてスティックを購入したのは中学3年の15歳の時。
17歳、高2の時に初めてバンドを結成しました。文化祭目的でしたが、1972年当時キング・クリムゾンを演奏していた高校生はあまりいなかったために、他校の生徒から誘いを受けるようになりました。実際その時のベーシストは今もプロとして活動しています。
当時好きだったドラマーは沢山いますが、今も変わらずリスペクトするドラマーはただ一人。レッド・ツェッペリンのジョン・ボーナム(ボンゾ)です。
亡くなってもうすぐ四半世紀が経ちますが、ボンゾは長いロックの歴史の中でも唯一無二のドラマーと言えるでしょう。
ハードロックやヘヴィメタルのドラマーはどちらかと言えば前ノリの人が多いですが、ボンゾは強烈なアフタービートが持ち味で、特にブルース系の曲ではそれが顕著です。
何故イギリス生まれの白人の彼がこんなに黒っぽい——今は使うのが難しいですが褒め言葉——リズムを叩けるのか私は不思議に思いましたが、彼の死後にベーシストのジョン・ポール・ジョーンズが根底に流れるソウルフルなグルーヴの秘密を明かしてくれました。「ジェイムズ・ブラウンが大好きだった」と。
ツェッペリンには変拍子の曲も少なくないのですが、代表作を挙げるとしたら1969年に発売された彼らのデビューアルバム"Led Zeppelin"。短めのシンプルな曲が多いですが、すでにボンゾ節はそこかしこで炸裂しています。シングル・バスのドラムでプレイしたお馴染み"Good Times Bad Times"の頭抜き三連符は、多くの人に模倣されましたが、彼ならでは!


中1年の頃にビル・エバンスやMJQ(モダーン・ジャズ・カルテット)に関心を持った私はジャズも好きでしたし、ジャズにロックやR&Bの要素を融合されたロイ・エアーズやジミー・スミスといったポップス寄りのジャズミュージシャンもよく聴きましたが、十代の終わり頃からかなり遅れてモダンジャズの虜になりました。マイルス・デイビスに始まり、ジョン・コルトレーンやエリック・ドルフィーを聴くようになって、新たに憧れのドラマーになったのは、亡きコルトレーンのカルテットで驚異的なプレイを繰り広げていたジャズ界のレジェンド、エルヴィン・ジョーンズ。
この人の演奏は、その後自身のカルテットやクインテットで来日した折に何度か目にしていますが、当に神のレベル。単にスウィングやグルーヴなどと呼べない、ポリリズム(複合リズム)の塊で、それを頭で考えてプレイするのではなく、身体の中、いや魂(ソウル)から沸き出るが如くにプレイします。
彼のようなドラマーは後にも先にもエルヴィンただ一人。それに異論を唱える人はいないでしょう。
目を閉じて聴いているとアフリカの大地に響き渡る生きとし生けるものの鼓動を感じさせるほど雄大なドラミング。
コルトレーンの『A Love Supreme(至上の愛)』はジャズの歴史に新たな一頁を加えた名盤ですが、エルヴィンのドラムなしには成し遂げられなかったでしょう。年齢を重ねてもストイックにプラクティスを重ねていたエルヴィンは、晩年に私の大好きなサックスプレイヤーであるマイケル・ブレッカーとの共演も残しています。
代表作はコルトレーンの……と言いたいところですが、トミー・フラナガン(Tommy Flanagan)の"Over Seas"を挙げておきます。ブラシで大人しく(ないんですよね、これが)プレイするピアノトリオでこそ彼の個性は際立ちます。是非3曲目の"Eclypso"をお聴き下さい。彼のポリリズムが堪能出来ると思います。



中3の終わり頃のある日のこと。
その頃の私はBGM代わりに米軍がオンエアしていたラジオ局のFENをよく聴いていました。その日もFENを流しながらレッド・ツェッペリンの輸入盤のスリーブ(中袋)に印刷されたアトランティック・レコード所属のアーティストを眺めていた時、アレサ・フランクリン(Aretha Franklin)の"Think"が突然OnAirされました。なんという偶然。目の前にアレサのジャケ写のサムネイルが、そしてラジオからはアレサの歌が!
ゴスペルのように高らかに"Freedom"と連呼するその歌声に文字通り魂(ソウル)を鷲掴みされ、それまで少し苦手だったブラック・ミュージックが大好きになりました。
ブルースブラザースでリバイバルヒットする10年前の出来事です。
そうそう、ドラマーの話でしたね。3人目はアレサのバックで幾つもの名演を残しているバーナード・パーディー(Bernard Purdie)です。
彼のドラムはそのグルーヴが持ち味。
最初に注目されたキング・カーティスをはじめ、アレサやジェームズ・ブラウンなどソウルやファンクの大御所との共演は有名です。そうしてセッション・ミュージシャンとして数え切れない名演を残しているパーディーですが、活躍の場はブラック・ミュージックだけではありません。1975年に後楽園で開催されたワールドロック・フェスティバル(主催はあの内田裕也さん)に出演したジェフ・ベックにも帯同していますし、二期ベックグループと言われたメンバーがジェフ・ベック抜きで結成したハミングバードというバンドでもドラムを叩いていました。
ロック繋がりで、ロックの中でも特に洗練された大人のサウンドで今でもファンが多いスティーリー・ダンのアルバム、"Royal Scam"から"Gaucho"の3枚での彼のプレイは良く知られています。その中でも"Aja"は、ベーシストはチャック・レイニー一人なのに、ドラマーはパーディー以外にポール・ハンフリー、スティーブ・ガッド、リック・マロッタ、エド・グリーン、ジム・ケルトナーとなんと6人!
パーディーは"Deacon Blues"と"Home at Last"の2曲しか叩いていないのですが、ものすごい存在感で、"Home at Last"のハーフタイム・シャッフルはパーディー・シャッフルと呼ばれ、多くのドラマーに影響を与えました。TOTOのジェフ・ポーカロは"Rosanna"のプレイをその"Home at Last"と、レッド・ツェッペリン(ボンゾ)の"Fool in the Rain"をヒントにしたと語っているほど。
さて、そんなパーディーの代表作は? もちろん彼自身のリーダーアルバムも何枚かありますが、私は意外な1枚を挙げたいと思います。それは1980年のモントルー・ジャズ・フェスティバルでのディジー・ガレスピーのトリオ。
ビバップの大御所ディジーのトリオにドラマーのパーディー? と思った方、私も最初そう思いました。なにしろ彼はトランペッターですから。実はこのトリオはベーシストもピアニストもいません。トリオのもう一人はトゥーツ・シールマンズなんです。あのハーモニカのトゥーツですが、このライブではギタリストとして参加しています。
ベースやピアノがいないことで、ドラマーのビートやグルーヴが露わになります。パーディーのそれがどんなにグルーヴィーか!
百聞は一見にしかず……じゃなかった、百読は一聴にしかず。

https://youtu.be/MuAYFVGMMds


長くなりましたが、今回は私にとっての三大ドラマーと言える3人について語らせていただきました。

実はまだ続き——裏三大ドラマーの話——がありますが、それは次回に。

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加藤 猿実(Sarumi Kato)
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