「お客様は神様ではない」日記|小野寺
寄席の「席抜け問題」が騒がしい。
寄席、つまり何人もの芸人がネタを順番に披露する形式のお笑いライブは、チケットの席番号が決まっていない「自由席スタイル」の公演がほとんどである。その寄席の中で、目当ての芸人がハケたら(出待ちのために)席を立つファンが問題視されている。
これは近年発生しだしたというわけではなく、10年以上前から一部のファンの中で常習化していて、「目当ての芸人」自らSNSなどで「公演中に席を立たないで」といった旨の苦言を呈す……という状況がしばしば発生している。
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昨今話題に上がりがちな「カスタマーハラスメント」の話をする時に、三波春夫が言った「お客様は神様です」という言葉が用いられることが多い。
しかし、この言葉は「歌う時には、あたかも神の前で祈る時のような雑念を払った澄み切った心にならなければ完璧な芸を見せることはできない」という、あくまで演者のスタンスの話をしているに過ぎないのである。「お客様は神だから徹底的に大事にして媚びなさい。何をされようが我慢して尽くしなさい」などという意味ではないと、ご本人が著書で、また公式HPで語られている。
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「一人ひとりの個性・多様な考え方を受け入れる社会」=「一人ひとりの個性・考え方が必ず受け止められる社会」ではない。以前から起きている問題なので昨今の社会の動きのせいだけではないが、どうにも「自分がしたいことを、周囲の状況も考えずに推し進める傲慢さ」をも受け入れられると思っている人間が多いような体感がある。「お金出してるのはこっちなのに」は通用しない。
お笑いのネタに「雑念を払って澄み切った心で」という表現はいささか美しすぎる。各地で寄席を観ると、各芸人が披露するネタには面白さと同時に切実さや怒りが滲む季節になった。M-1グランプリ2024はすでに始まっている。面白いことをやっている人たちが面白いことに全力で取り組むために、ファンの質が問われている。