目の前のアート作品を眺めている間、私は不安を感じない
走るのが好きで(走っている自分が好きで)続けてきたマラソンはできなくなったけれど、全く外に出ないでじっとしてることも、私にはやっぱりできなかった。そんな自分は結構好きだ。
家の外に出ることは、常に汚染恐怖にさらされている私にとっては危険がいっぱいで、今は外出の回数をできるだけ減らして生活している。そんな私が、危険を冒してでも出掛けたいと思える目的がある。
アート鑑賞だ。
通院を始めてから1年半くらいが経ち、東京での生活にも慣れてきた頃。前から好きだったイラストレーターのたなかみさきさんが参加する、グループ展が原宿で開かれると知り、思い切って観に行ってみた。
たなかさんのイラストの原画を直接観ることができた私はとても満足したが、私が得たものはそれだけじゃなかった。展示はグループ展だったから、その日は他のイラストレーターのことを知る機会にもなった。
イラストの原画の横には作者のInstagramアカウントのQRコードが掲示してあるので、私はいいなと思ったイラストレーターのアカウントを早速フォローする。家に帰ってからネットでそのアーティストのことを調べて、他の展示のことを知ったりする。また、あるアーティストをフォローすると、そのアーティストがフォローしている他のアーティストの情報が、Instagramのアルゴリズムを介して、私のアカウントの”発見タブ”に流れてくる。"発見タブ"で発見した、いいなと思ったアーティストのアカウントを、私はまたフォローする。
そうやって、アートとは無縁だった私が、気づけば1年間で56件の展覧会や個展に出掛けていた。観てきた作品について、生き生きと語る私に驚く周囲の人は、多かった。
何がそんなに私をアート鑑賞に駆り立てるのだろう?
2022年に東京オペラシティーアートギャラリーで開かれた、ミケル・バルセロ展で、気付いたことがある。目の前の作品をじっとみつめている間、私は自分の精神疾患のことを、すっかり忘れる。
ミケル・バルセロはスペインのアーティストで、「現代のピカソ」と呼ばれてもいるらしい。超巨大なキャンバスに描かれた彼の作品は、パッと見てそれが何なのかを理解するのは難しい。よくよく見てみると生き物だったり静物だったりするのだが、実は違うような気もしてくる。
寝てるとき以外の時間、365日自分の精神疾患と向き合わざるを得ない私は、そうやって彼の作品のことを理解しようとしている間、不安を忘れて彼の世界観に浸った。
自分が抱える精神疾患から、一時的にでも逃れる方法を得た私の生活は、少しずつ充実感を取り戻していっている。
毎日のように走っていた時みたいに。