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境界の門 スロバキア・ブラチスラバ

ウィーン3泊4日の最終日、せっかくなので昼から半日隣の国にも行ってみることにした。
お隣スロバキアの首都ブラチスラバは、ウィーンからたったの1時間で行ける。しかもバスで直通。

フリックスバス(Flixbus)でチケットを取って、ウィーン中央駅から乗り込む。
(フリックスバスは最高だ。座席は広いし、車内にはトイレもあるし、比較的時間通りだし、観光地の目の前まで連れて行ってくれる。なんなら電車よりフリックスバスがいい。)

降りたバス停は旧市街のすぐそこだった。手前には立派な橋が架かっていて、その向こうには近代的なビルが立ち並んでいる。橋の上のばかでかい塔、まるでUFOみたいなモニュメントだなと思っていたら本当にUFOタワーというらしい。

ひと際高くそびえたつUFO


見上げると白くて端正なお城が丘の上に立っている。ブラチスラバ城(Bratislavský hrad)だ。滞在は3時間くらいしかないので、あのお城と、それからミハエル門(Michalská brána)だけは見ようと決めて、後は適当に歩くことにする。

おさまりのよいミニチュアのお城のよう


冬に行ったので、着いたのは14時半だがもう日が傾いていた。
まっすぐ伸びたからっぽの大通りには、裸の木々が並んでいる。立ち並ぶ建物に、傾いた太陽が斜めに影を落とす。時々、ニット帽と手袋で防寒した人が、道を急ぐように通り過ぎていく。この物寂しい感じがたまらない。

傾きかけの日差しが強い


旧市街にぽつぽつ開いている店を眺めながら、ミハエル門を目指す。観光の時期ではないのか、中心部に近づいても人はずっとまばらだ。開いている土産屋にふらりと入ると、小さな木彫りのふくろうが不思議な顔でこちらを見ていた。

人のまばらな旧市街


ミハエル門は、大通りの端っこにあった。門の真下には物乞いが座っている。建物の影になって、入口は薄暗い。見上げれば雲一つない真っ青な空に、夕暮れの白い塔。ぱきりとした影の境界。見慣れない異国の文字。すぐそこの路地から、知らない言葉で話す人の声が聞こえてくる。

どことなく非現実感


門の向こうにも道はつながっているのに、通ったらまったく違う世界に入ってしまいそうな気がする。どこからか、聞いたことがない静寂の音がする。今はそれを踏み越えない。

太陽がまたひとつ地面に近づき、路地は建物の影の中に落ちて行く。人の輪郭がうっすらと溶け始めて、ぽつぽつと軒先に明かりがつく。

見上げたブラチスラバ城は、白い肌が夕日を浴びて一層明るく光っていた。それを道しるべにしながら、入り組んだ道を丘の上まで登る。観光地なのに、ここにも誰もいない。

白い肌に夕日の照り返しが映える

城の周りにはベンチがあって、ぐるりと市内の景色が広がっていた。

赤屋根の旧市街と、灰銀の都市が並んでいる。工業地帯がドナウ川の向こうに煙って、空と地面の境界が不思議な紫色になっている。傾いた太陽の色は確かに建物を橙色に照らしているのに、空はずっと青いままだ。物寂しいような異国の景色。違う道から丘を降りて、どこかしらないところに紛れてしまったらどうしよう。

エモい

―――

帰りのバスは5時半、もう真っ暗だ。バス乗り場は高架道路の下で、空気も煙っている。

バスを待つ間、寒さに耐えかねて近くのお店でホットチョコレートを買った。
チョコレートをそのまま溶かしたみたいで、混ぜたスプーンに塊がついてくるくらいには濃厚だ。どろっとした塊が喉を通って体を温める。

少し定時を過ぎて、バスがようやくやって来る。寒さに震えながら乗り込んで、温かい車内にほっと息をつく。

UFOタワーとその周りの建物群を過ぎたら、バスはしばらく真っ暗な闇の中を走る。窓の外にはなにも見えない。

世界から切り離されたみたいな気持ちになっていたら、突然真っ赤な光の点が浮遊するようにバスの周りを取り囲んだ。得体のしれない獣のような、エイリアンのような、不気味だと思ったそれはおびただしい数の風力発電だった。

どこまでも広がる平原に、鉄の塊だけが何十本も立っている。
無機質で、この世の終わりみたいで、そんなところまで異界に迷いこんだみたいでぞくぞくした。


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