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パニックとF本さん

今回で2回目の開催となるPOP UPという名のフリマを無事終えることができた。
「無事終えることができた」という表現が決して大袈裟でないくらい、準備の時点で心が折れかけていた。

昨年の初開催時は、お会計などを会場スタッフさんが担当してくれたのだが、今回は自分たちで行うシステム。
とにかく数字がてんでダメな私は、友人の「メモを見せながら『一番手数料が少ない方法で両替したいです』って言うんやで」という指示に従って銀行窓口を訪れた。32歳である。
もちろん最も混む時間帯は避けて、数字やお金関係に弱いことを伝えると、にこやかな女性が親身になって教えてくれた。

「それではまず、ATMで400円を12回下ろしましょう」

400円を12回。
カードを入れ、400円を入力し、小銭が出るまで待って、カードを受け取る。
これを12回。
2回目の400円を下ろしていると、それまでガラ空きだった背後に人の気配がした。
慌ててカードを受け取って、最後尾に並び直す。
自分の番がやってきて、カードを入れる。
背後に人の気配がする。
400円がジャラジャラと出てきて、ATMからカードが吐き出されるのを待っている間、カードを待ち受ける手が小刻みに震えていることに気づいた。
顎からポタ、ポタ、と汗が落ちる。
先ほどの女性が現れ、「大丈夫ですよ、あと1回引き落としたらまた最後尾に並びましょうか」と声をかけてきた。

400円を、12回。
今何回目だ?
背後で人が待っている。

女性が「私もね、フリマをやったことがあって〜」と私を落ち着かせるために優しく語りかける声がする。
手が震えて、カードが床に落ちてしまった。
「すみません、すみません、」と言いながら、視界が狭くなって、ATMに表示された「しばらくお待ちください」の文字だけが目に飛び込んでくる。

しばらくってどのくらい?
忙しいのに付きっきりにさせてしまって申し訳ない。
いいか、私は32歳だぞ。ありえるか?

はあ、はあ、と呼吸が乱れてきて、「大丈夫ですからね」と声をかけてくれる女性の手にまで汗が落ちる。
「ああ、すみません、すみません…」と言いながら、暗証番号を入力する。
女性は暗証番号を見ないように顔を背けながら、「あと何回残っていますか?」と言った。
心臓がバクバクして、耳の奥がドクドクして、自分の口からはハアハアと声がして、顎を伝う汗の気持ち悪さでもう何がなんだかわからない。
「すみません、わかりません、すみません…」と言って列から外れて汗を拭う。
「大丈夫ですからね、もうすぐ人がまた減りそうですから、ゆっくりやりましょう」と優しく背中をさすられて、私はほとんど泣きながら「すみません、心がもう、心がもう無理なので、もう帰ります…」と絞り出した。
「諦めないで!あと少しですから!」と励ます女性。
「いえ、もう…これ以上はもう…すみません、お忙しい中本当にありがとうございました…」と蚊の鳴くような声で呟くと、スッと目の前に何かを差し出された。

「NISAはお考えですか?」

「NISA、おすすめですよ。パンフレットだけでもお持ちくださいね!」

「わたくし、F本と申します!何かございましたら、F本までお申し付けください!」

たかが両替でパニックになって泣く32歳を突き放すことなく対応してくれる包容力。
そんなパニックで朦朧としている相手に容赦なく営業をかけてくる営業力。

NISAをやる時は必ずあなたを指名します。F本さん。

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