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『持ってる』

『持ってるね』と言われることが多々ある。
それは大概何かを『やらかした』際に用いられるため、これまで「持ってるね」と言われた回数イコール、私の人生の恥の多さだと思っていた。

前の会社の上司のHさんと商談に行った帰りのこと。
その日はとても暑い日で、「なんかこう、つるっと冷たい蕎麦とか食いたいわ」と言うHさん。
希望を叶えるべくすぐさまGoogle Mapで近くのお蕎麦屋さんを調べ、「良さげなところ、ありました!」と意気揚々と店まで案内する。
気づけば2駅ほど歩かせてしまっていた。
私は地図が読めないのだ。

「どんだけ歩くねん…」とうんざりしているHさんをなだめながら、ようやく店に到着。
よく見ると、『瓦そば専門店』と買いてある。

歩き疲れていたこともあり、とりあえず一番メインの瓦そばセットを注文。
瓦そばとはなんぞや?と思い調べると、どうやら山口県の郷土料理らしく、熱した瓦の上に茶そばと具を乗せて、温かいめんつゆで食べるらしい。

目の前に置かれた、熱々の瓦の上で、じゅうじゅうと音を立てる蕎麦。
数分前の「なんかこう、つるっと冷たい蕎麦とか食べたいわ」というHさんの言葉を反芻しながら、私はじっとりと背中が汗ばむのを感じていた。

Hさんは「お客さんとの食事で同じことやったらどつくからな」と低い声で言ったあと、「うわ!!!鱒寿司あるやん!!」と声を張った。

『7のつく日限定メニュー』という文字を見て、再び押し黙るHさん。

悔い気味に「今日は!!!!17日です!!!!!!!!」と携帯に表示された日付を見せると、「俺、鱒寿司がこの世でいっちゃん好きやねん」とHさんが言う。

自分のやらかしなどなかったかのように「やりましたね」と言うと、Hさんは熱々の瓦そばを啜りながら「お前持ってんなあ」と笑った。

そんなやらかしエピソード満載の思い出が詰まった会社を退職することになった。
仕事を転々としすぎて『プロ辞め師』とまで呼ばれた私が、8年も続いた奇跡のような会社だ。

私が担当していた仕事は、後任が決まるまでもう1人の上司Mさんに戻すことになった。
ただでさえ多忙なMさん。
何年もかけて私を育てあげ、ようやく手離した仕事がまた手元に戻ってくるのだ。
多少なりとも「ふざけんな」と言う気持ちがあるはずなのに、嫌な顔ひとつせず、「もっと一緒に働きたかったなあ」とだけ言ってくれた。
そんな優しいMさんに、これ以上迷惑はかけるまい!と、「私、最終出社日まで気合い入れて頑張りますから!体調管理も今まで以上に頑張りますから!」と意気込んで宣言した。
最終出社日まで1週間を切ったある日、私はコロナになった。しかも勤務中に。

半泣きで「最後の最後に本当にすみません…」と謝ると、「あの宣言何やったん!?前振り効きすぎてびっくりするわ!本当に持ってんな〜」と大爆笑のMさん。

『持ってる』ってなんだろう。やっぱりやらかしの数のことだろうか。
やらかしてもことなきを得る運を持っているということだろうか。

いや、違う。
ただのやらかしを『持っている』と言い換えることで、みんなが私を強運にしてくれたのだ。

私がもし何かを『持っている』のだとしたら、鱒寿司を大好物にすることでやらかしをチャラにしてくれたHさんや、私のせいで仕事が増える大変さを決して見せないでいてくれたMさんのような、底抜けに優しい人たちに出会うことができる運のことだろうと思う。

次の会社ではどんな出会いがあるだろう。
誰かが何かやらかした時、「持ってますねえ」と言える人間でありたい。

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