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私のために作られた服などない

サテンのスカートを買った。
マーメイドシルエットで、ヴィンテージのような光沢のあるグリーンが可愛い。
オンラインでスカートを購入する際、丈は90センチ以上と決めている。
95センチがベストだが、90センチでもギリギリ許容範囲だ。
だからサイズ選びは間違っていなかった。
間違っていなかったのだけれど、マーメイドシルエットは中間がくびれたシルエットなので歩いているとどんどん上にずり上がってきてしまう。
私は下半身の肉付きが豊か過ぎるのがコンプレックスで、脚は一切出さない。
それなのに、歩くたびに脚が見える。
椅子に座ろうものなら、ふくらはぎまで見えてしまう。
せっかく初めてそのスカートを履いて出かけた日だったのに、恥ずかしくて、早く家に帰りたくて仕方がなかった。

この可愛いスカートを、きっと私はもう履かないだろうと思った。
サイズ選びを間違えた。私はまた失敗してしまった。

お世話になっている、藤下さんというファッションデザイナーの方がいる。
大阪の北加賀屋にアトリエを構えるブランド「kitai」のデザイナーだ。
ある日、藤下さんが「サイズが合わないから着られない、って意味がわからないんですよね」と唐突に言ったので、先日のマーメイドスカートを思い出してドキッとした。

「店頭に並ぶ服の中に自分のために作られた服なんて1着もないから、って思うんですよ」

うわあ!と思った。
間抜けかもしれないが、本当にそのまま、うわあ!と思った。

高校生の時、国語の教科書に載っていた坂口安吾の「文学のふるさと」。
先生は、その中の「救いがないということ、それだけが唯一の救いなのであります」という一文を取り上げて、どういう意味だと思うか、我々に問いかけた。
私は、その時もうわあ!と思ったのだ。

先生が私を名指しして、「答えてみろ」と言うので、

「救いがあると言われたら、私たちはどこにあるかもわからない救いを探し求めて彷徨うことになります。でも、救いがないとわかっていたら、もう探さなくていい。救いがない中で、どう生きていくか、ただそれだけを考えればいい、ということだと思います」

と答えた。
先生は笑いながら「模範解答です」と言った。

思春期の私が、坂口安吾のこの言葉にどれだけ救われたかわからない。

そんなことを思い出しながら藤下さんを見つめていると、藤下さんが続けて「だから、自分のためには作られていないその服を、どうやって自分らしく着るか。それがファッションだと思うんですよね」と言った。

昨日、サイズの合わないマーメイドスカートを履いて出かけた。
ウエストのフックをあえて外して腰履きにして、オーバーサイズのTシャツを上からばさっと羽織ってウエスト部分は隠してしまう。
丈が伸びて、歩いても脚は見えなくなった。
そうそう、この夏はこんなスタイリングがしたかったんだ、と思った。


店頭に並ぶ服の中で、自分のために作られた服などこの世に1着もない。
私にとって、それこそが唯一の救いなのだ。




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