ばあちゃんとピンクのシャツ
私の実家から歩いて3分のところに母方の祖母が住んでいる。
実家に帰省すると必ず会いに行くのだが、私が目の前に現れると奇跡でも起きたみたいなオーバーリアクションで喜んでくれる祖母。
今回も「いやっ!モデルさんみたい!…モデルさんか?」と褒めちぎり、母に「この子、あんたが産んだんか?!本当に?嘘みたい!!」と謎の確認をしながら私を強く抱きしめた。
最近また太って丸みの出てきた私に1ミリでも『職業:モデル』の可能性を感じたのだとしたら、孫は目に入れても痛くないという通説は本当なのかもしれない。
祖母が「いやあ、びっくりした!どこの素敵なお姉さんなの!」と33歳を目前に控える孫に語りかけながら、何かをおもむろに取り出す。断ち切りバサミだ。
「このズボンは、こういうもんなんやって」と母が言うのを聞いて初めて、それが私のズタボロダメージデニムのほつれ部分を切るためのハサミであることに気付いた。
祖母は何度か無言でハサミを見せつけたが、私と母が無言で首を横に振ると「ほうかあ」と呟いてハサミを片付ける。
途中で大きく開いた穴から見える私の膝小僧を見つけ、まち針に手を伸ばそうとしたので、私は再び無言で首を横に振った。
ソファに座り、改めて私の顔をまじまじと見つめた祖母は、何やら恥ずかしそうに1枚のシャツをタンスから取り出し、私と母に見せてくれた。
「これ、メンズサイズなんや」と祖母。
レディースでない服を着ることに抵抗があるのかと思い、私が日頃からメンズサイズの服をよく着ること、そして今はそれがなんら珍しくないことを伝える。
祖母が「そーお?」と言いながら、袖を通す。
オーバーサイズどころかジャストサイズで、よく似合っている。
私と母で「良いやん!ピッタリやよ!」と褒めると、少し安心したような顔で、次は「これ、ピンクやろお」と言う。
見せてくれたシャツは、綺麗な桜色のメンズシャツ。
リネン素材で、少し透け感もあって、今の時期にピッタリだ。
そして何より、爽やかな桜色が祖母によく似合う。
「こんなピンクの服着てると、皆に笑われるでの。恥ずかしいで、家の中で着るんや。ほら見て、こんなにいっぱいピンクの服ばっかり。でもの、家の中だけ」
と祖母が言うので、「え!?」と思わず大きな声を出してしまった。
見渡すと、物干し竿にかけてあるシャツもピンク、畳んである服もピンク、おそらくタンスの中にもまだまだピンクの服があるのだろう。
こんなに素敵な色なのに、似合うのに、どうして恥ずかしいことがあろうか。
「なんで!?すごっく似合ってるよ!!家の中だけで着るなんて勿体無いよ!」
私が大きな声で言うと、祖母がまた「そーお?」と照れくさそうに言う。
それに重なるくらいの速さで、母が畳み掛けた。
「そんな鮮やかなピンク色着て行ったら、周りがパァッと明るくなるわ!みーんな嬉しい気持ちになるよ!!」
私と母で、いかにそのシャツが素敵か。祖母に似合っているかを力説する。
すると祖母がくふくふと、こそばゆいみたいに笑って、シャツを着た自分ごと抱きしめるみたいに袖を撫でた。
「そんなら、よおし、明日から、着るぞお!」と意気込む祖母。
その顔があまりに嬉しそうで、私と母もパァッと明るい気持ちになる。
私はシンプルな服よりデコラティブな服が好きで、アクセサリーだって大振りのものを盛り盛りつけたいし、スカートだって布量たっぷりのものが好き。
この秋からはジャケットの襟にたくさんブローチを付けて盛りたいし、シャツのボタンを派手なヴィンテージボタンに付け替えたら絶対可愛い!なんて妄想する日々。
でも、年齢を重ねれば重ねるほど、少し、ほんの少しだけ、「やりすぎかなあ」と不安になる瞬間が増えてきた。
今はまだ、自分の中に浮かぶネガティブな自分を捩じ伏せて大好きな服を着ているけれど、もし今後、袖を通すのが怖いと感じる日が来たら。
そしたら「よおし、明日から、着るぞお!」と意気込む祖母の顔を思い出す。
そうしてまた、大好きな服を着て生きていきたい。