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赤い髪の女
私には母が二人いる。
実際には紛れもなくたった一人の母なのだが、ある時を境に別人のようになったので、私の中には母が二人存在しているようなものなのだ。
小学校低学年まで、母はとても神経質な人だと思っていた。
それはあくまでイメージで、たくさん楽しい話をして、たくさん笑わせてくれていたはずなのだが、父に怒鳴られて俯く母の印象が強かった。
母は元々地元の小さな服屋さんでアルバイトをしていて、服を作るのが好きだったらしい。
私が幼い頃の母はギラギラとした赤髪だったので、洋裁が好きだったことを聞いて納得した。
父と結婚して父側の家業を継いだあとも、母は真っ赤な髪を硬めのジェルでかきあげて、自分で作った真っ赤なタータンチェックのポンチョに黒いレザーのパンツを履くような人だった。
キッと、強い顔をいつもしていた。
私が小学生の頃、母の友人が亡くなった。
私の同級生のお母さんでもあった。
その日から母は様々な資格を取得し、私が中学生になる頃には講師として講座をするまでに。
どうしてそんなに頑張るの、という私の問いに
「いつ死ぬかわからないのに、今を死んだように生きるなんて嫌だ。やりたいことは全部やる。ぜったい負けないって決めた」
と答えた母の顔は、怒るでもなく悲しむでもなく、やけに淡々としていて印象的だった。
ある日、父がまた母を怒鳴りつけた。
珍しくもない日常だが、この日は少し違う。
いつものように俯いていた母がパッと顔を上げたと思ったら、立ち上がり、階段を降りている父の背中目掛けて飛び蹴りをかましたのだ。
すごい音を立てて階段から転がり落ちていく父。
「いつまでもなめてんじゃねーぞ!!!」と叫ぶ母。
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その日の夜、父は珍しく私を抱きしめて
「怖い思いをさせてごめんな」と謝った。
怖かったのはきっと私ではないだろう。
あれから父は母のやることに対して「いいやん、やってみたら」と背中を押すようになった。
夜、寝る前に「温かいものでも飲もうか」と家族でお茶を飲んで談笑する時間も増えた。
母は、髪にふわふわとしたパーマをあて、カラフルで可愛らしい花柄のワンピースを着るようになった。
元々天然なところがあったので、ふわふわおっとりとしたキャラはすぐに定着した。
ドジをする母を見て、皆が笑う。
それが当たり前の日常になった。
あの日の迫真の啖呵を、忘れたような顔をして。
私は高校を卒業してすぐ、髪を染めた。
田舎から大都会・大阪に出るのだ。
友達も知り合いも1人もいない知らない街。
舐められるわけにはいかない。
色はとうの昔に決めていた。
燃えるような、赤だ。