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歯列矯正と私の5年間

生きていると、自分のバカさ加減に助けられることが度々ある。
例えば人の悪意やマウントに気づかなかった時なんかは、「あれ悪意だったの!?」と後になって気付いて、リアルタイムでもし悪意を受け取っていたらどれだけ辛かっただろうとゾッとする。

2019年から始めた歯列矯正が、2日前に終わった。
長かった。カウンセリング時に「3年半はかかる」と言われた時ですら「長っ!」と思ったのに、気付けば5年目に突入していた。
この長い長い歯列矯正の日々は、とにかく痛さと不便さ、そして恥ずかしさとの戦いで、「バカで良かった」と思うことが沢山あった。
私は顎の小ささに対して歯が治りきらなかったらしく、歯列矯正するにあたって親知らずを含め合計8本を抜糸した。
歯ってそんなに抜いていいものなのか、不安になって3軒ほどカウンセリングを受けたが、どの歯科医院でも8本抜歯は必須のようだった。
8本分の抜歯はかなり辛く、顔がパンパンに腫れ上がり、痛み止めも効かない。
夜中に口の中に溜まった血で咳き込んで起きてしまうこともあった。
抜歯後はあまりうがいをしてはいけない(ドライソケットになってしまう)ので、洗面所で溜まった血をペッと吐き出す。
痛くて不快なはずなのに、私は「ヤンキー漫画の乱闘シーンみたいだ…!」と嬉しくなった。

抜歯が終わり、いよいよ矯正器具をつけるフェーズへ。
歯に設置するワイヤーだけでなく、上顎に張り付くように金具が装着された。
舌にあたって口内炎ができたし、喋ると頬がワイヤーに挟まって激痛だった。
口の中に「こんなに?」というほど金具がついているのを見て、「改造人間みたいで格好いいやん…」と自分の中の厨二病がウズウズとくすぐられた。

歯列矯正というのは、最初はものすごく太いワイヤーから始まり、次第に細いワイヤーになっていく。
最初に付けられたワイヤーは、「こんな太いワイヤーそんな風に曲げたら絶対ばいーん!って跳ね返るやん」と思うくらいの硬さだった。
そして案の定、会社でお昼ご飯を食べている最中にワイヤーが外れて、「ばいーん!」と口からワイヤーが飛び出した。
パニックになり、付けていたマスクを外して上司に報告する。もちろん口からはワイヤーが飛び出したまま。
上司は「え!ばいーん!ってなってるやん!」と、仕事を中抜けして歯医者に行くように言ってくれた。
私が仕事を辞めるまで、上司は「あの時さあ、口からワイヤーがばいーんってなっててさ…」と思い出して笑ってくれたので、私は「めっちゃウケてラッキー」と思った。

取引先のお偉いさんが会社に来た時、なぜか社長から呼び出された。
「歯、何本抜いたんやっけ」と社長が言うので、「8本です」と答えると、「おお〜!!!負けた〜!」とお偉いさんが言い、どっと笑いが起こる。
どうやら、お偉いさんも最近歯列矯正を始めたらしく、6本も抜いたのだ!と社長に言うので、「うちの皿はもっとすごいですよ」と抜歯デュエルのために呼び出されたらしい。
「これだけ盛り上がるんなら8本抜いた甲斐があったな」と思った。

矯正をしている状態で誰かと食事をするのは辛かった。
噛み合わせを調整するために上の歯と下の歯に小さな輪ゴムのような矯正ゴムをかけていて、食事の度につけたり外したりをしなければならなかったし、ワイヤーの間に高確率で食べ物が挟まるので、気が気ではなかった。
けれど、この世の中には歯列矯正済みの人が想像以上にたくさんいて、「私も昔やってて…」と初対面の人との会話の糸口になることも少なくなかった。

元々綺麗な歯並びに生まれていたら、100万以上の大金を使わなくて済んだ。
私は、元々歯並びが綺麗な人に比べて100万円以上の損失を抱えて生まれてきたようなものだ。
痛いし、辛いし、恥ずかしいし、どうして、と悔しくて泣いたこともある。
それでも、この5年間、歯列矯正をしていて良かったと思うことがたくさんあった。
何をしてもダメダメで自己嫌悪になりそうな時も、「私がこうしている間も、私の歯は綺麗になっている…」と、昨日より今日の自分が確実に前に進んでいるんだと思えた。
この5年の間に私に起こった出来事を、矯正器具は全て見てきたのだ。

歯列矯正最後の日、歯医者で入れ歯の土台にワイヤーが付いたような器具を渡された。
「ベッグリテーナー」と呼ばれるもので、最初の数ヶ月は食事時間以外のほぼ24時間、その後も夜は永劫的につけなければならない。
リテーナーの存在を知った時、それはそれは落ち込んだ。
だって5年もの間ずっと口内が器具だらけで、ようやく解放されると思ったのに。
じゃあ歯列矯正に終わりなんてないじゃないか、と絶望した。
ベッグリテーナーは上顎にプラスチックの土台が張り付いて凄まじく不快だ。
鏡を見て、ニッと笑ってみる。
綺麗に並んだ歯の上を這う銀色の金具。
ラッパーのティースジュエリーみたいで、めちゃくちゃ渋い。



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